醤油 概要

醤油

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/14 06:00 UTC 版)

概要

独自の発展を経て明治時代の中期に完成を見た。大豆小麦トウモロコシ砂糖グルコースを原料とする。麹菌乳酸菌出芽酵母による複雑な発酵過程を経て生成される。その過程でアルコールバニリン等の香気成分による香り、大豆由来のアミノ酸によるうまみ、同じく大豆由来のメチオノールによる消臭作用と、乳酸酢酸などの酸味、小麦由来の糖による甘みを生じる。なお、赤褐色の色調は、主にメイラード反応によるものである。

鉄分コウジカビの生育に悪影響を与えるので鉄分の少ない水を使用する[1]。鉄分が少ない方が色が薄く仕上がり、軟水の方が適する[2]

日本料理の調理において、煮物の味付けや汁物やタレのベースとなる。天ぷら江戸前寿司蕎麦などにも利用される、日本の食文化の基本となっている調味料である。また、ほとんどの場合は濃口醤油が用いられる。一般家庭および飲食店でも醤油差しに入れられて食卓に出される。料理にかけたり少量を小皿に注ぎ・浸す、「つけ・かけ」用途に用いられる。主要な産地は千葉県・兵庫県である。

名称

日本における初出には諸説あるが、15世紀ごろから用例が現れる。文明6年(1474年)成立の古辞書『文明本節用集』(ぶんめいぼんせつようしゅう)に、「漿醤」に「シヤウユ」と読み仮名が振られている。上記「漿醤」から約100年後の『多聞院日記永禄11年(1568年)10月25日の条に登場する[3]。しかし『鹿苑日録』天文5年(1536年)6月27日条には「漿油」と表記されており、「シヤウユ」の漢字表記はこちらの方が古い可能性が高い。また、初期には「醤油」の「油」を漢音読みして「シヤウユウ」と発音されることもあった[4]

当て字を用いて正油と書く事がある[5]

調味料を料理に用いる順番を表す語呂合わせの「さしすせそ」では、「せ」にあたり、「せうゆ」と表記されるが、歴史的仮名遣では「しやうゆ」と書くのが正しい。ただし「せうゆ」という仮名遣も、いわゆる許容仮名遣として広く行われていた。

したじという別名もあり、これは吸い物の下地の意から[6]で、むらさきという別名の語源は諸説ある。高価な調味料だった醤油が、高貴なものの象徴である紫色に近かったことから[6]とも、江戸時代筑波山麓で多産され、筑波山の雅称峰(しほう)であったことから[7][8][9][10]とも言われる。

歴史

起源

ルーツは諸説ある。

古代中国の(ひしお・ジャン)をルーツとする説[11] で、「醤」は広義に「食品の塩漬け」のことを指す[5][注釈 1]

一方、日本における最古の歴史は弥生時代とされている[12]。肉醤、魚醤、草醤であり、中国から伝わったものは唐醤と呼んだ[13][14]。文献上で日本の「醤」の歴史をたどると、701年(大宝元年)の『大宝律令』には、醤を扱う「主醤」という官職名が見える。また923年(延長元年)公布の『延喜式』には大豆3石から醤1石5斗が得られることが記されており、この時代、京都には醤を製造・販売する者がいたことが分かっている。また『和名類聚抄』では、「醢」の項目にて「肉比志保」「之々比之保」(ししひしほ)についてふれており、「醤」の項目では豆を使って作る「豆醢」についても解説している。

多聞院日記」の1576年の記事では固形分と液汁分が未分離な唐味噌から液を搾り出し唐味噌汁としていたとあり、これが現代で言う醤油に相当すると考えられている。[15]

たまり

文献上に「たまり」が初出したのは1603年(慶長8年)に刊行された『日葡辞書』で、同書には「Tamari. Miso(味噌)から取る、非常においしい液体で、食物の調理に用いられるもの」との記述がある。また「醤油」の別名とされている「スタテ(簀立)」の記述が同書に存在し、1548年(天文17年)成立の古辞書『運歩色葉集』にも「簀立 スタテ 味噌汁立簀取之也」と記されている。

発祥・起源については諸説あり、定かとはなっていない。

鎌倉時代の僧によって偶然できた説
メーカーのヤマサ醤油によれば、たまりの元となるものを作ったのは、鎌倉時代、紀州由良(現在の和歌山県日高郡)の興国寺の僧であった心地覚心(法燈円明国師)であり、覚心が中国で覚えた径山寺味噌(金山寺味噌)の製法を紀州湯浅の村民に教えている時に、仕込みを間違えて偶然出来上がったものが、今の「たまり醤油」に似た醤油の原型だとしている[16]
金山寺味噌を由来とする説
伝承によれば13世紀頃、南宋鎮江(現中国江蘇省鎮江市)の金山寺で作られていた、刻んだ野菜味噌につけ込む金山寺味噌の製法を、紀州(和歌山県)の由良興国寺の開祖・法燈円明国師(ほっとうえんみょうこくし)が日本に伝え、湯浅周辺で金山寺味噌作りが広まった。この味噌の溜(たまり)を調味料としたものが、現代につながるたまり醤油の原型とされる[17]。ただし、この伝承を裏付ける史料は見つかっていない。
斉民要術発祥説
たまり醤油の歴史は中国大陸においては後漢代にまで遡る。特に500年代に記された『斉民要術』には現代の日本の味噌に似た豆醤の製造法と、その上澄み液から作る黒くて美味い液体「清醤」の製造法が詳細に記述されており、その製造法や用途から清醤が現代のたまり醤油の原型であると理解されている。たまり醤油が中国で普及していった過程において、その製造法が日本にも伝来したとする説である。

たまり醤油から本格醤油へ

文献に登場しはじめた時代のたまり醤油は、原料となる豆を水に浸してその後蒸煮し、味噌玉原料に麹が自然着生(自然種付)してできる食用味噌の製造過程で出る上澄み液(たまり)を汲み上げて液体調味料としたもの。発酵はアルコール発酵を伴わない。また納豆菌など他の菌の影響を受けやすく、澄んだ液体を採取することは難しかった。この製法によるたまり醤油は16世紀を描いた国内の文献に多く現れ、17世紀に江戸幕府が開かれると、人口の増加に伴い上方のたまり醤油が、清酒や油などとともに次々と江戸へ輸送されていく[18]

木桶で職人がつくる、現代につながる本格醤油は、酒蔵の装備を利用し酒造りとともに発展したため、麹はこうじカビを蒸した原料に職人が付着させ、原料の表面に麹菌を増殖させる散麹(ばらこうじ)手法をとる。麹は採取し、保存しておいて次の麹の種にする友種(ともだね)という採取法も取られている。発酵はアルコール発酵を伴う。こうじカビを用いたこのタイプは、17世紀末に竜野醤油の草分けの円尾家の帳簿に製法とともに「すみ醤油」という名前で現れている。18世紀になると、大量生産の時代に入っていく[18] [19]

17世紀の日本国外輸出

安土桃山時代から江戸時代になると、泉州産の物が名産として、全国に流通するようになる[20]。日本国外への輸出は1647年(正保4年)にオランダ東インド会社によって開始された。この当時は樽詰めされた物が一般的だった。最初は東アジアへ、18世紀には欧州へ輸出された。伝承によればルイ14世の宮廷料理でも使われたという。当時の記録によると腐敗防止のために、一旦沸騰させて陶器に詰めて歴青で密封したという。用いられたビンは「コンプラ瓶」と呼ばれた陶器の瓶であり、多数が現存する。なお、「コンプラ瓶」が使用され始めたのは、1790年(寛政2年)からである[21]

日本産醤油の存在はヨーロッパに流入する以前から、ケンペルの『珍奇な楽しみ』やダンピアの『続世界一周旅行』などの旅行記によって知識として紹介されていた[22]。醤油が流入しはじめた18世紀中葉以降にはディドロの『百科全書』などの辞書や事典に醤油の項目が登場するが、当時の多くの書籍で醤油はローストビーフの肉汁から作られると解説されており、その誤解は20世紀に至るまで残り続けた[22]

濃口醤油・淡口醤油の登場

うすくち醤油(左)、こいくち醤油(右)

「濃口醤油」と「淡口醤油」の違いは、色や香りの違いである[23]

江戸時代初期までは、日本での主流は色の濃いたまり醤油であり、主な産地は上記の湯浅に代表される近畿讃岐引田小豆島)であった。しかし、たまり醤油は生産量が需要に追いつかなかった。

1640年代頃、寛永年間、巨大な人口を抱えて一大消費地となっていた 江戸近辺において、上方(関西の大阪近辺)から輸送される薄口の下り醤油は高級品として扱われていたため、関東で作る安価な「関東地廻り醤油」(現在の濃口醤油)が考案された。江戸は、材料となる行徳の塩、関東平野の穀物生産地、それを運ぶための水運など立地が恵まれており、特に下総国の野田が生産地として大きく発展し、今日に至る。

「うすくち醤油」は、1666年(寛文6年)に揖保郡龍野(現在の兵庫県たつの市)で円尾孫兵衛が醤油もろみに米を糖化させたものを混ぜることにより色の薄い醤油を創り出したのが最初と言われている。元々は龍野でのみ消費されていたが、18世紀半ばに京都への出荷が本格化した。

1781年(天明元年)には、玖珂郡柳井津(現在の山口県柳井市)の高田伝兵衛によって「甘露醤油」(「再仕込み醤油」「さしみ醤油」)が開発されている。

明治以降の醤油

幕末の1864年(元治元年)、物価高に悩んだ幕府が市場に値下げ令を発した際、商品の品質保持を理由に銚子野田の7銘柄は「最上醤油」の名称で従来価格で販売する許可を得た[要出典]

明治時代初期には醤油産業自体、手工業的要素が強かったが、1882年(明治15年)以降、科学的な手法の研究が進み、醸造技術や企業形態の近代化が徐々に進んでいった[24]

生活必需品である事に目をつけた明治政府は「醤油税」を創設し、大正時代になるまで続いた[要出典]

明治時代の市販品は、まだまだ贅沢な調味料であり、一般家庭では依然として味噌由来のたまりなどが使われていた。富山県の農村(上市町)の例では、庶民は正月や祭礼時に1合 - 2合買う程度であり、村の店では醸造元から仕入れた3升の醤油を何か月もかけねば売れなかった。使用量の増加は大正時代に入ってから、一般家庭が一升買いをするようになったのは、昭和時代初期になってからだという[25]

ヨーロッパでの販売は貴族の没落と安価な中国産・東南アジア産に押され、さらに二度の世界大戦で販路を失い衰退した[要出典]

第一次世界大戦による好況の影響で、1918年(大正7年)頃には設備の近代化に拍車をかけ、企業の合同も行われたことなどから、近代的な大量生産体制に移行していった[24]。最盛期である大正初期には、約12000の工場が存在した。

第二次世界大戦前後には、深刻化した食糧難に伴い、主原料の大豆が確保出来ずに製造自体が危機的状況に陥り、質の向上より量の確保が先決であったため、本醸造製法の醤油は僅かな量しか作られず、代用品である「代用醤油」が主流になった[24]。1940年(昭和15年)に統制物資の対象となり、1942年(昭和17年)には配給規制を受けた。終戦後、大豆を酸で加水分解した液を利用する方法が導入されたが、これは、醤油の重要性を理解しなかった連合国軍最高司令官総司令部が、効率良く製造できるとして指導を行ったためとされる[要出典]

苦肉の策として戦後しばらくの間はこうした醤油造りが続いたが、1950年(昭和25年)、配給公団の廃止と価格統制の撤廃により、自由販売が認められたことで食糧事情の回復進展とともに、再び質の向上を目指した本醸造造りが復活し[24]、以降アミノ分解法等の製法が用いられることはほとんどなくなった。

なお、価格については1950年以降もしばらくの間、最上品の四社(ヤマサ醤油キッコーマンヒゲタ醤油丸金醤油)の製品は、一律旧公定価格の1割7分高(一斗樽中身640円)とする自粛価格の設定が行われた[26]

20世紀後半以降

1963年(昭和38年)の日本農林規格(JAS)制定後、1968年(昭和43年)に1リットルパックが登場。1973年(昭和48年)以降、企業による日本国外の生産も盛んになった。

食事の欧米化と減塩志向に伴い、1980年代以降日本人1人当たりの消費量は減少傾向にある[27]。一方、日本において醤油を原材料とした調味料、めんつゆたれの需要・消費量が伸びていることから、出荷量の割合において1980年代に業務・加工用が家庭用を上回っており、世帯当たり支出金額では1990年代にめんつゆ・たれの購買額が醤油の購買額を上回っている[27]2000年代では、家事の負担軽減化を求める傾向や食に対して簡便性の高さを求める傾向からめんつゆやたれの普及が進み[27]、料理の味付けにおいて醤油よりもめんつゆやたれを中心に使用する家庭が増加している[28][29]

輸出量は、日本人海外渡航者数の増加や日本国外における健康食としての日本食の流行などにより増加していった。こうした状況を受け、キッコーマンは1957年(昭和32年)にアメリカ合衆国に進出、製造工場を建設するなど、国際的な調味料として愛好されている。

千葉県はメーカーも多く、生産量は日本全体の約3分の1を占める。兵庫県がそれに次ぎ、上位2県で過半数を占めるが、中小のメーカーは日本各地に存在する[30]


注釈

  1. ^ 紀元前8世紀頃の『周礼』で、「醤」という漢字が初めて使われた。

出典

  1. ^ 日本酒の「水」を理解する:灘の男酒と伏見の女酒
  2. ^ 龍野の醤油について
  3. ^ 多聞院日記 巻12-巻23 (三教書院 1939)近代デジタルライブラリー
  4. ^ 山科言継言継卿記』永禄2年(1559年)条や1638年成立の『毛吹草』等。
  5. ^ a b ヤマサしょうゆ博士 - しょうゆの歴史 - しょうゆのルーツは「醤(ひしお)」
  6. ^ a b 日本醤油協会 2005, pp. 188-189.
  7. ^ 土浦市史編さん委員会 編 1985, p. 734.
  8. ^ 本堂 1989, pp. 346-347.
  9. ^ 枻出版社 2010, p. 65.
  10. ^ つくば書店レポート部 編 2011, p. 45.
  11. ^ 万能調味料しょうゆの歴史| しょうゆ情報センター
  12. ^ 味噌の醸造技術 中野政弘編著
  13. ^ 豊浜水産物加工業協同組合
  14. ^ 河野酢味噌製造工場
  15. ^ 『日本の味 醤油の歴史』吉川弘文館
  16. ^ ヤマサしょうゆ博士 - しょうゆの歴史 - しょうゆの誕生
  17. ^ 万能調味料 しょうゆの歴史 しょうゆ情報センター(醤油PR協議会)、『味噌・醤油入門』海老根英雄・千葉秀雄
  18. ^ a b 川田正夫『日本の醤油』三水社、1991年。ISBN 978-4915607530
  19. ^ ―醤から醤油へ―しょうゆ発達小史”. 2015年1月25日閲覧。
  20. ^ 松江重頼の『毛吹草』、巻4の諸国の名産「和泉」の項に「酒、醤油溜…」と記載。
  21. ^ 植物学者ツンベルクの『日本紀行』の中に記載。
  22. ^ a b A-G・オードリクール『作ること使うこと:生活技術の歴史・民俗学的研究』 山田慶兒訳 藤原書店 2019年、ISBN 978-4-86578-212-7 pp.36-39.
  23. ^ キッコーマン 『種類による分類』「淡口しょうゆ:塩分は濃く、淡めの色合いとおとなしい香りが特長」
  24. ^ a b c d ヤマサしょうゆ博士 - しょうゆの歴史 - しょうゆの発達
  25. ^ (富山県)上市町史編纂委員会『上市町史』上市町、1970年、p566。
  26. ^ 「しょうゆ四印一本値」『日本経済新聞』昭和25年7月12日3面
  27. ^ a b c しょうゆ業界におけるめんつゆ・たれ類の動向等 独立行政法人農畜産業振興機構 砂糖類情報 2008年10月
  28. ^ “「濃縮めんつゆ」は「めんつゆ」を超えた!?いまや、キッチンの定番アイテムに!〜キッコーマン「濃縮めんつゆ」の使用実態調査より〜” (プレスリリース), キッコーマン, (2005年), http://www.kikkoman.co.jp/news/05028.html 2021年8月7日閲覧。 
  29. ^ 便利に使う市販つゆ類、原材料は?開栓後の消費期限は? (PDF) 社団法人 全国消費生活相談員協会 2007年(平成19年)12月7日
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  61. ^ ヨネビシ醤油 会社沿革






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