醤油
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日本における様々な醤油
主な種類
長い歴史があり、各地で独自の風味や味わいを持つものが開発されてきた。1963年に制定された日本農林規格(日本農林規格)では、本醸造、混合醸造、混合3つの製造方式による、製造方法、原料、特徴などから、「こいくち」「うすくち」「たまり」「さいしこみ」「しろ」の5種類に分類されている。そして醤油は「しようゆ」と表記されている。
- たまり(溜り)
- 上述の通り、江戸時代中期までは主流であり、この当時は醤油と言えばこの溜り醤油のことで、とろりとしており旨味、風味、色ともに濃厚である。刺身につけたり、照焼きのタレなどに向く。味噌を絞ってその液体部分だけを抽出したもの。原料は大豆が中心で、小麦は使わないか使っても少量。つまり豆味噌を絞ったものが中心である。しかしながら現在では、製法としては普通の醤油(濃口醤油)と同じで、単に小麦を使わないか少量しか使わないものをたまりと称することも多い。豆味噌と同様に東海3県が主産地である。
- こいくち(濃口)
- 現在、最も一般的なものであり、生産高の約8割を占め、通常「醤油」というとこれを指す。江戸時代中期の関東地方で発祥し、江戸料理の調味料として発達した。関東最古の醸造業であるヒゲタ醤油が、醤油(溜り醤油)の原料に小麦を配合するなどして改良し、現在のこいくち醤油の醸造法を確立したと云われている。特有の香りが高く、たまり醤油のように濃い色を持つ。全国的に最も一般的な醤油であり、食堂にある醤油は、まずこれと思ってよい。様々な料理の味付けに使われ、色付け・香り付けにも使われる。原料の大豆と小麦の比率は半々程度である。北海道から沖縄まで各地で生産されるが、関東地方における生産量が特に多い。特に有名な産地として、利根川の水運が利用できた千葉県の野田市や銚子市、最適な気候・風土の香川県小豆島がある。
- うすくち(淡口)
- 汁物、煮物、かけうどんつゆなどの料理用に、特に近畿地方で多用される。近畿の料理は昆布出汁を多用し、昆布の風味が失われないよう香りの薄いものが求められた。また濃口醤油を使うと料理の色が黒くなる(うどん汁が大阪では薄色で、東京は濃く黒っぽくなるのは醤油の色の違いである)ので、素材の彩りを生かす京料理などに透明なものが好まれた。塩分濃度は濃口より1割ほど高い。濃口よりも原料の麦を浅く炒り、酒を加える。仕込み時には、麹の量を少なく、仕込み塩水の比率を高くする。圧搾前に甘酒を加えることもある。酸化して黒みが出ると価値が低いとされているために濃口醤油より賞味期限が短い。
- さいしこみ(再仕込み)
- さしみ醤油・甘露醤油とも呼ばれる、風味、色ともに濃厚なもの。天明年間に周防国の柳井で考案されたと伝えられる。仕込工程にて、塩水のかわりに生醤油や醤油を用いて造る。一般的には淡口醤油の諸味が用いられる。刺身、寿司などに向く。
- しろ(白醤油)
- 色は薄く、醤油というよりナンプラーのような淡い琥珀色をしている。味は淡泊ながら甘味が強いのが特徴である。茶碗蒸しや吸い物、うどんのつゆ、煮物などに向く。原料は大豆が少なく、あるいは全く使わず、小麦が中心である。つまり上述のたまりと逆と思えばよい。うすくちより淡い色の淡さが特に重要なため、淡口よりさらに賞味期限が短くなる。愛知県碧南市原産で、現在でも愛知県を主産地とするが、関東など他地域でも生産されている。
- 減塩しょうゆ・うす塩しょうゆ
- 塩分の割合を通常品より減らしたもの。減塩しょうゆは高血圧や心臓病、腎臓病などの人を対象に、厚生労働省の「特別用途食品」(低ナトリウム食品)に指定され、塩分は9%で通常品の半分程度。うす塩しょうゆの塩分は13%で通常品の8割程度。製造方法は、イオン交換法で通常品から塩分を除去する方法と、濃厚に造ったものを希釈する方法の2通りがある。製品のラベルを見れば、醸造酢または酸味料が添加されている製品が多いことがわかる。
- 昆布しょうゆ、刺身しょうゆ、だししょうゆ、土佐しょうゆ等
- 醤油を原料に、昆布だしやカツオだし、液糖やステビア等の甘味料を添加し、うまみを強化した液体調味料。公的な基準はなく、メーカーごとに風合いは異なる。減塩醤油、昆布醤油などをひとくくりにし、これらはしょうゆ加工品と表記。法令上、醤油とは表記はできない。醤油としょうゆ加工品を区別するため、加工品はひらがな表記である。
- 新式醤油
- 醸造中醤油もろみにアミノ酸を加える方法や醤油粕に塩酸を加えソーダ灰で中和し麹を加え熟成させる方法や、タンパク質原料を塩酸で加水分解しソーダ灰で中和させ麹を入れて熟成させる方法などの製法がある[31]。
- 生醤油
- 読み方により全く違うものであるので注意が必要である[32]。
- 「きじょうゆ」と読む場合、だしやみりんなどで味付けしていない、純粋な醤油という意味で生(き)と称し、元々は料理業界の用語であった。JASの規定上は、この呼称を使用できるのは塩の添加までで、原材料名に大豆・小麦・食塩と表記のあるもの(いわゆる本醸造醤油)のみが使用できる。
- 「なましょうゆ、なまじょうゆ」と読む場合、製造工程の項に詳細は譲るが、もろみを搾ったのち、火入れをせず(この段階のものを特に「生揚醤油(きあげしょうゆ)」と呼ぶ)、ろ過により、もろみなどの微生物除去を行ったもの。香りや味も穏やか。加熱した際の香りの立ちが通常品より際立っているが、保管・流通に手間がかかるため、広く出回らなかった。
地域性
長い歴史の中で、地方ごとの食文化に適したものが好まれ、作られてきたため、地方ごとに物性面・官能面の傾向が異なる。このような地方性は、地方の食文化と密接に関連したものであり、歴史が関係している。
東北日本(愛知・岐阜・信越より東側)
関東や東北をはじめとする東北日本では、もっぱら濃口醤油を使うことが多い。そのため、濃口醤油の品質に対する要求が厳しくなった結果、中間的な澄んだ色調で香り高く、旨味に富んだ濃口醤油が発達した。濃口醤油をベースとした蕎麦つゆ[33] や割下が、鍋物やつけ汁としてよく使われる。今日日本料理の代表とされる蕎麦、天ぷら、鰻の蒲焼、握り寿司は、濃口醤油が作り上げた、東日本発祥の食文化である。ダシは濃口醤油に負けないように「削り節」を多く使用する。
江戸は参勤交代や地方からの出稼ぎの人により、人と共に食文化の交流が多彩となっており、料理や店によっては薄口しょうゆも使用される。地域によっては秋田のしょっつる、伊豆諸島のくさや汁のような、魚醤を利用する文化がある。1770年頃から、「地回り醤油」と呼ばれる関東産濃口醤油が上方からの下りものを凌駕し醤油の代表となった[34]。小麦の名産地が多く気候が良い事から常陸・下総・上総・相模で醸造が盛んとなり、銚子と野田[34] には江戸時代初期に遡る老舗ブランドが多い。今でも関東地方は日本における生産量が最も多く、キッコーマン、ヤマサ醤油、ヒゲタ醤油、正田醤油など全国的によく知られたメーカーがある。
- 東海地方
- 愛知県や岐阜県までは、一般家庭で醤油を使い分ける地域の東限と言われる。この地方を特徴付けるのは濃厚な味わいを持つ「たまり醤油」(たまり)であり、豆味噌文化と深い関係がある。他方、前述の碧南市のように白醤油の生産が多い地域もある。このことから、煮物・吸い物用を含む一般的用途に、関東風の濃口醤油を用い、刺身などのかけ・つけ醤油としてたまり醤油を用いる家庭と、煮物・吸い物用には特に白醤油を用い、その他の用途には広くたまり醤油を用いる家庭がある。濃厚な味わいを好むところから、一般向けには、みりんが添加されていることもある。ヤマシン醤油、イチビキ、サンビシ、盛田、サンジルシ醸造、日東醸造、ヤマミ醸造、七福醸造などのメーカーがある。
西南日本(北陸・近畿より西側)
淡口醤油だけではなく、濃口醤油も多く使用する。煮物や吸い物の味付けには淡口醤油を用い、色を付けずまたコクが少ない醤油を使用して調味する事がある。
- 近畿地方および中国・四国地方
- 近畿地方は、煮物や吸い物用には淡口醤油または白醤油を用いて、食材の色と出汁の風合いを壊さないように調理することが良いとされる一方、刺身用をはじめとするつけ・かけ醤油については、濃口醤油(またはたまり醤油)が使われる。とりわけ煮物・吸い物用の淡口醤油の需要が高い。西日本に知られた淡口醤油中心の有名なメーカーとして、ヒガシマル醤油がある。一方で、和歌山県では古くから濃口醤油が主流となっている。
- 北陸地方
- 北陸も、東北日本と比べれば旨みの強い濃厚な味わいを、近畿以西と比べると塩分の強い濃い味を好む傾向がある。この要求を満たすために混合醸造方式の比率が高く、九州ほどではないが甘みの強いものが多く出回っている。例えば、直源醤油、ヤマト醤油味噌など複数の醤油会社が集まる金沢市海岸部の大野醤油(大野紫)は、「甘口」と書いて「うまくち」を読む味わいを売り物にしており[35]、醤油蔵に観光客も誘致している。他方、濃口醤油の色は必ずしも濃くない(関東の濃口と近畿の淡口の中間といえる)。他方、上方の影響から淡口醤油も使用される。上記以外では山元醸造、中六醸造元、トナミ醤油、飯田醤油、富士菊醤油、室次といったメーカーがある。
九州以南
この地域では、他の地域と異なる利用文化が見られる。
- 九州地方(山口県を含む)
- 九州では、長崎貿易で砂糖が比較的豊富に手に入った伝統から[要出典]甘味を求める傾向が強い[信頼性要検証]。このため北陸と同様に混合醸造方式の比率が高いが、糖分やうまみ成分などは北陸のものに比べ多めに添加されており、甘みが一層引き立っている。なお、九州ではこれらの製法で作られた醤油を「うまくち」と称している[要検証 ]。また濃口醤油でも、九州では色や香りに濃厚な風合いが好まれる傾向にあることから関東のものに比べて色が黒く、香りも関東の濃口と比較して「鼻にツンと来ない」と評されるほど弱いのが特徴である[信頼性要検証]。さらに甘みやうまみを多く添加したどろっとした風合いの「さしみ醤油」も使用される(特に脂が多い刺身への「のり」が良い)。フンドーキン醤油やニビシ醤油、富士甚醤油、フンドーダイ、チョーコー醤油、ホシサンなどのメーカーがある。
- 沖縄地方
- 沖縄では、古来、うま味を得るためには昆布と魚や豚の出汁を利用することが多く、調味料は味噌や塩が主流で、醤油はかつて高級品扱いであり[36]、戦後の食文化の変化に伴い、一般的に用いられるようになった[36]。
- 沖縄で販売されているものはキッコーマンやヤマサ醤油等、他県産のものが多いが、県内にも赤マルソウなど、小規模メーカーはある。材料にシークヮーサーを用いた醤油も、沖縄では知られた調味料の一つとなっている[37]。
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