室次
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/23 04:53 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動
![]() | |
種類 | 株式会社 |
---|---|
市場情報 | 非上場 |
本社所在地 |
![]() 〒910-0018 福井県福井市田原2-4-1 |
設立 | 1962年(昭和37年)7月4日 |
業種 | 食料品 |
法人番号 |
3210001004075 ![]() |
事業内容 | 醤油 |
代表者 | 代表取締役社長 白崎裕嗣 |
資本金 | 3800万円 |
従業員数 | 8人 |
外部リンク | http://www.muroji.com |
株式会社室次(むろじ)は、福井県福井市に本社を置く醤油醸造企業。創業は天正元年(1573年)。現存する日本最古の醤油醸造場。
主君の朝倉氏が滅亡し、残された女・子供で酒・糀・味噌など主に酒の醸造業を始めたのが同社の起源。創業者の室屋儀右衛門(内田十内)は創業当時、10歳に満たない子供であった。柴田勝家が作った北ノ庄城下、北陸街道と三国街道が合流する交通の要所に上水道(芝原上水)が流れており、醸造に最適な場所であった。四代目室屋次左衛門は、和歌山県紀州湯浅で確立された大量生産可能な最新醸造法を学び、元禄2年(1689年)に醤油専門醸造場とする。
江戸時代後期にはすでに、長崎の越前蔵屋敷からオランダ商館を通して「ソイ・ソース」として世界へ輸出されていた[1]。醤油と生糸の輸出で潤っていた福井藩に、坂本龍馬が5000両借りたのは有名な話。龍馬が宿泊していた莨屋旅館の隣に室次分店があり、旅館の食事には室次の醤油が使われていた。当時の製法で製造した醤油を「幕末のソイソース」として2011年に発売している[2]。
近年では、福井県立大学と産学連携し商品の開発を進めている。2013年には無臭魚醤入り減塩醤油「旨醤」[3]、2014年にはアルコール含有0%のハラール醤油「福むらさき」を発売している[4][5]。また、減塩・旨味・無添加をキーワードに保存の効く調味料として、粉末醤油の開発に注力、2016年には「黄金ソルト」、2017年には「天然醤油パウダー」をリリース。
歴史
- 天正元年(1573年) - 室屋儀右衛門が、越前の福井城下町で糀・酒・味噌・醤油の醸造業を始める
- 元禄2年(1689年) - 室屋次左衛門が本格的な醤油専門の醸造場とする
- 安政6年(1859年) - 長崎の越前蔵屋敷からオランダ商館を通して「ソイ・ソース」として輸出
- 昭和37年(1962年) - 株式会社室次を設立
事業所
- 醸造場 : 福井県福井市田原2-4-3
- 工場 : 福井市中央卸売市場関連団地内
- 研究所 : 福井県立大学バイオ棟無菌室A
主な商品
- 幕末のソイソース : 福井県産の原料にこだわった天然醸造醤油
- 旨醤 : 天然醸造醤油と無臭・無塩の天然さば魚醤から造った減塩醤油
- 福むらさき : 世界初のアルコール0%速醸無臭さば魚醤油(ハラル認定品)
- 黄金ソルト : 体を作る20種類のアミノ酸を全て含む無添加の粉末醤油
- 天然醤油パウダー : 天然醸造醤油を粉末化したベジタリアン対応の醤油パウダー
- 黒にんにくしょうゆ
- しょうゆ一夜干し
脚注
- ^ “(株)室次”. ふくいの逸品 知られざるストーリー. 福井商工会議所. 2021年3月12日閲覧。
- ^ “幕末の醤油「ソイソース」復活! 室次醸造場(福井)が発売”. 福井新聞. (2011年3月11日). オリジナルの2011年3月23日時点におけるアーカイブ。 2021年3月12日閲覧。
- ^ 白崎, 裕嗣「無臭の魚醤入り減塩しょうゆ (PDF) 」 『産学官連携ジャーナル』2012年10月号、科学技術振興機構、2012年10月15日、 20-21頁、2021年3月12日閲覧。
- ^ “アルコール分ゼロの魚醤油好調-福井の老舗、イスラム圏向けに”. 福井経済新聞. (2014年12月8日) 2021年3月12日閲覧。
- ^ 「アルコール分ゼロの魚醤油で海外市場狙う (PDF) 」 『F-ACT』第10巻、ふくい産業支援センター、2014年12月、 13-14頁。
- >> 「室次」を含む用語の索引
- 室次のページへのリンク