770年代
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770年代(ななひゃくななじゅうねんだい)は、西暦(ユリウス暦)770年から779年までの10年間を指す十年紀。
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770年代
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詳細は「770年代」を参照 770年称徳天皇の命で法隆寺など有力寺院に百万塔陀羅尼が奉納される。称徳天皇が死去し、第49代光仁天皇が即位する。 道鏡を下野国薬師寺別当に左遷する。 光仁天皇の皇后井上内親王と皇太子他戸親王が廃される。 唐の皇帝代宗と宰相元載により宦官魚朝恩が誅殺される。 771年 - カールマンの死去によりカールがフランク単独の王となる。 772年 - フランク王カールによるザクセン戦争( - 804年)。 774年フランク王カールがランゴバルド王国を滅ぼす(ドイツ語版)。都パヴィアを制圧し、国王デシデリウスを追放。 カールは「ランゴバルド王」の称号を獲得し、「ランゴバルドの鉄王冠」を取得。 新羅の宰相金大城による慶州の石仏寺(現在の石窟庵)が完成する。 775年東ローマ皇帝コンスタンティノス5世コプロニュモスが死去し、レオーン4世ハザロスが皇帝に即位(在位775-780年)。 この年建てられた「リゴール碑文」によるとシャイレーンドラ王家がシュリーヴィジャヤを支配した記録が残る。 吐蕃王ティソン・デツェンがサムイェー寺を建設する。 776年 - ムカンナーの反乱( - 783年)。 776年頃 - ハワーリジュ派系イバード派によりアルジェリアにルスタム朝が成立する。 777年 - 唐の宰相元載が皇帝代宗の命で誅殺される。 778年スペイン遠征中のフランク王国軍がバスク人とのロンスヴォーの戦いで敗退する。この事件がもととなり後に『ローランの歌』が作られる。 インドネシアのジャワ島中部にあるカラサン寺院が創建され、近辺にカラサン碑文(英語版)が残される。 779年フランク王カールによるヘルスタル(英語版)勅令(The Capitulary of Herstal)。この法令によりフランク王国のキリスト教徒は教会に十分の一税を納めることが定められる。 回鶻(ウイグル)の牟羽可汗が殺害され、宰相の頓莫賀達干が合骨咄禄毘伽可汗として即位、マニ教は弾圧される。
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