740年代
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740年代(ななひゃくよんじゅうねんだい)は、西暦(ユリウス暦)740年から749年までの10年間を指す十年紀。
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740年代
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詳細は「740年代」を参照 740年藤原広嗣の乱。聖武天皇の東国行幸(「彷徨五年」の始まり - 745年)。 アクロイノンの戦いで東ローマ帝国がウマイヤ朝に勝利し、小アジアの確保に成功。 740年 - クーファのシーア派(ザイド派)によるザイド・ブン・アリーの乱。 741年東ローマ皇帝レオーン3世により「ローマ法大全」を改訂した「エクロゲー(ギリシア語法選集)」が出される(726年説もある)。 聖武天皇の国分寺・国分尼寺建立の詔。 742年突騎施の莫賀達干が十姓可汗(阿史那昕)を殺害し西突厥を滅ぼす。 中国最古のモスクである長安大清真寺が建てられる。 743年 - 墾田永年私財法を施行。大仏建立の詔が出される。 744年ザクセン人への宣教のためフルダ修道院が設立される。 ウマイヤ朝のマルワーン2世がダマスクスからハッラーンに遷都。 745年唐の玄宗が楊太真を貴妃とする(楊貴妃)。 大秦国(東ローマ帝国)からネストリウス派聖職者の佶和(ゲワルギス)が長安に来訪し玄宗に謁見する。 回鶻(ウイグル)の懐仁可汗が白眉可汗(鶻隴匐)を殺害し東突厥を滅ぼす。 746年 - カンスタットの血の宮廷(英語版)。 747年 - アッバース家の宣伝員(ダーイー)アブー・ムスリムがホラサン地方のメルブで反乱を起こす。 748年 - 鑑真が日本への渡海の途上で暴風雨に巻き込まれ、海南島に流される( - 751年)。 749年陸奥国司百済王敬福が朝廷に黄金を献上(日本での産金の最古の記録)。 東大寺大仏造営にあたり宇佐八幡宮より八幡神が勧請され手向山八幡宮が創建される。 聖武天皇が譲位し、第46代孝謙天皇即位する。光明皇太后の家政機関として紫微中台が設置される。 アブー・アル=アッバース(サッファーフ)がイラクのクーファでアッバース朝を建てる。
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