240年代
240年代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/15 01:47 UTC 版)
詳細は「240年代」を参照 243年 - 倭王が魏に使者を送り、生ロ・倭錦などを献じる(魏の正始4年、『三国志』魏書・小帝紀、同東夷伝)。 244年ミシケの戦いで、サーサーン朝のシャープール1世がローマ皇帝ゴルディアヌス3世を敗死させる。 魏の毌丘倹が高句麗に遠征し丸都城を蹂躙する。 245年 - 魏の少帝、倭の大夫に黄幢を授け、帯方郡を通じて伝授させることとする(魏の正始六年、『三国志』魏書・東夷伝)。 247年倭の女王卑弥呼、倭の使者を帯方郡に遣わし、狗奴国との交戦を告げる。魏は、使者を倭に派遣し、詔書・黄幢を倭の大夫に与え、檄をつくって告喩する(魏の正始八年、『三国志』魏書・東夷伝)。 康居出身の康僧会が呉の建業に入り、孫権の支持を得て江南地方で最初の仏教寺院の建初寺を建立する。 248年ローマ皇帝ピリップス・アラブスによるローマ建国一千年祭が行われる。 呉の支配に対しベトナムで趙氏貞(趙嫗)の反乱が起こるが鎮圧される。 248年頃 - この頃、女王卑弥呼死す。その後、卑弥呼の宗女・壱与(または台与)が女王となる。 249年 - 魏の司馬懿がクーデターを起こし、曹爽らを誅殺(高平陵の変または正始の政変)。
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