炭疽菌の微生物学
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/21 01:54 UTC 版)
炭疽菌は炭疽の病原菌として1876年にコッホが分離した。この発見によりコッホの4原則が確立した。次いで1881年にパスツールが炭疽菌の弱毒性菌による家畜用炭疽ワクチンの実用化に成功した。コッホの4原則とワクチンの創製は細菌学の歴史においては非常にk重要である。皮膚炭疽の場合、病変部に炭のような痂皮ができる。これが炭疽とよばれる所以である。炭疽菌はその病原性、芽胞の耐久性と培養・運搬・散布の容易さなどから生物兵器として研究されてきた菌のひとつである。 生物兵器としては1950~1960年代にアメリカで兵器化され、イラクや旧ソビエト連邦で保有された。1979年旧ソビエト連邦のスベルドロフスクで陸上生物施設から炭疽菌の芽胞が漏洩し、96人の患者が発生し、少なくとも64人が肺炭疽で死亡した。2001年9月にはアメリカで炭疽菌の芽胞を混ぜた白色粉末郵送による生物テロ(バイオテロ)が起こった。このバイオテロによりアメリカでは10人の患者が発生しそのうち、2名が死亡した。 炭疽菌は主に草食動物(ヤギ、ヒツジ、ウシ、ウマなど)に感染する。肉食動物、雑食動物(イヌ、ネコ、ブタなど)の感染例は少なく、鳥類、爬虫類、魚類の感染は極めて稀である。実験動物ではマウスが最も感受性が高く、次いでウサギ、モルモット、ラットである。炭疽菌は典型的な土壌菌で、環境中で芽胞体として長期間生残し、動物に感染を繰り返す。芽胞体が感染サイクルの中心となっている。芽胞体が生体内に侵入すると、マクロファージ内にすみやかに取り込まれ発芽する。発芽と同時に炭疽菌は増殖し、同時に毒素によるマクロファージの融解が起き、菌体は血流へ放出される。その後、病原因子の盛んな発現を伴いながら炭疽菌は爆発的に増殖し、産出毒素によるサイトカイン産出が誘導され、最終的に生体はショックにより死に至る。感染した動物の血液、体液、死体などが土壌や体表を汚染し、空気に触れると栄養形は再び芽胞体となり、屋外に放出され地表を汚染する。炭疽菌はこのような感染サイクルを繰り返し、炭疽菌汚染地帯を作る。ヒトは炭疽症に罹患した家畜との接触や、炭疽菌の芽胞に汚染された家畜の肉・排泄物などから感染する。ヒトからヒトへの伝染はなく、患者の隔離は必要ない。ヒトでは3つの主な感染経路がある。すなわち、皮膚、呼吸器、消化器を経て感染し、それぞれ皮膚炭疽、肺炭疽(吸入炭疽)、腸炭疽を起こす。 皮膚炭疽 炭疽症例の95%以上は皮膚炭疽である。汚染されたウールや毛皮などの取り扱い中に、露出部の手、腕、頭などの創傷から菌または芽胞が侵入して、2~3日の潜伏期をおいて、かゆみのある皮膚丘疹、次いで水疱となる。その中心部は壊死し、乾燥して黒い痂皮ができ、その周囲には浮腫と皮下出血による赤紫色の水疱を伴う。無痛性であり悪性膿疱(eschar、エスカー)とよばれる。重症例では敗血症や髄膜炎を起こし死に至る。未治療の死亡率は20%である。 肺炭疽(吸入炭疽) 肺炭疽、または吸入炭疽は獣医師、牧畜業者、毛皮取り扱い者などが芽胞を含む塵肺を吸入して起こる。芽胞は肺胞に達し、肺胞のマクロファージに貪食され気管支粘膜下、および縦隔のリンパ節に運ばれ、リンパ節腫脹を起こす。菌はマクロファージの食胞体内で栄養型となって増殖し、莢膜を作り、少なくとも3種類の毒を産出して細胞を破壊し、栄養型の炭疽菌を周囲に広げる。1~6日の潜伏期をおいて、発熱、筋肉痛、頭痛、空咳、軽度の胸部不快感などのかぜ様症状で始まり、急速に進行して、高熱、呼吸困難、喘鳴、チアノーゼ、ショック、髄膜炎(50%)を引き起こす。急性呼吸切迫症状が24~36時間続くと、どのような治療によっても95~100%が死亡する。ワクチンが推奨されて西ヨーロッパでは職業病としての肺炭疽は激減している。肺に吸入された菌は速やかに縦隔リンパ節に移動して出血性縦隔炎を起こし、菌は肺にはほとんどとどまらない。そのため胸部X線像からは肺炎は認められない。縦隔炎による縦隔の拡大像が診断上重要で、主病変が肺ではないので吸入炭疽と呼んだほうが適切である。 腸炭疽 腸炭疽は罹患動物の肉に含まれている芽胞を摂取して起こる。悪心、食欲不振、嘔吐を初発症状として、次いで発熱、腹痛、血性嘔吐、重症の下痢を伴い、20~60%という高い致死率を示す。
※この「炭疽菌の微生物学」の解説は、「二成分毒素」の解説の一部です。
「炭疽菌の微生物学」を含む「二成分毒素」の記事については、「二成分毒素」の概要を参照ください。
- 炭疽菌の微生物学のページへのリンク