核DNAに対するゲノムワイドな解析
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 23:01 UTC 版)
「日本人」の記事における「核DNAに対するゲノムワイドな解析」の解説
ヒトゲノムが解析されて以来、人類集団間の遺伝的関係を推定するために大量のSNPを解析する研究が進展している。日本列島の人類集団においても、このようなアプローチによる集団の歴史の解明、医療方面への応用が期待される。 遺伝子マーカーとしてのミトコンドリアDNA、Y染色体DNAとの違いは、①注目するDNA領域長、②遺伝的組み換えの有無、③遺伝様式などが挙げられる。 遺伝情報に基づいて系統関係を議論する場合、ハプロタイプ単位、あるいはマイクロサテライト、SNP単位での遺伝的多型に注目しているわけだが、遺伝的多型が必ずしも真の系統関係を示すとは限らない。なぜならば、遺伝的多型の実体である対立遺伝子頻度は、そのゲノム領域に依存した突然変異率、組換え率、さらに、遺伝的浮動、自然選択、集団間での個体の移住、個体群動態などの影響を受けるためである。この問題を避けるためには、互いに独立な関係にある座位を多数解析することが必要である。この点で、注目する領域が相対的に小さく、組換えのないミトコンドリア、Y染色体の遺伝子マーカーは得られる情報量が制限される。しかしながら、遺伝様式が常染色体とは異なることから、母系、父系の遺伝子系図を比較する議論ができるという長所もある。 ゲノム解析は中立進化をしている領域の他、転写されるコード領域も解析に含むため、適応進化の研究、個別化医療への応用も期待される。 上記詳細は太田(2007)、斉藤(2009)、斎藤(2017)などを参照。 以下、日本列島人類集団を含む研究例をあげる。 International HapMap Consortiumの研究では、東京由来の44名を含む人類集団サンプルを解析している。 Tian et al.(2008)では、東アジア地域をカバーした集団サンプルを用いて、その遺伝的構造を議論している。主成分分析の結果からは日本列島人が単独のクラスターを形成することが見て取れる。同様のクラスターとさらに詳細な遺伝的多様性に関する研究は、HUGO Pan-Asian SNP Consortiumによってなされている。 日本列島内部集団の遺伝的構造を解析した例として、7001人のサンプルを解析したYamaguchi-Kabata et al.(2008)では、日本列島の人類集団が琉球クラスターと本土クラスターに分かれることをゲノムレベルで示した。これはミトコンドリアやY染色体の解析からも予想されていた、日本列島人類集団の二重構造モデルを支持する結果であった。しかし本土クラスターと琉球クラスターの遺伝的分化の程度は非常に小さく、そのためSNPの頻度の違いは大部分についてはわずかであった。 しかしYamaguchi-Kabata et al.(2008)ではアイヌ人の集団サンプルを解析してはいなかった。その後、斎藤成也ら総合研究大学院大学により、ヒトゲノム中のSNP(単一塩基多型)を示す100万塩基サイトを一挙に調べることができるシステムを用いて、アイヌ人と琉球人を含む日本列島人の大規模なDNA分析が行われた。 その結果アイヌ人からみると琉球人が遺伝的にもっとも近縁であり、両者の中間に位置する本土人は、沖縄にすむ日本人に次いでアイヌ人に近いことが示された。また、アイヌ人は本土人との混血の度合いの差により個体間のばらつきがきわめて大きいが、遺伝的な多様性自体は本土人や沖縄人よりも低かった。また、主成分分析およびfrappe分析から、アイヌ人個体の3分の1以上に本土日本人との遺伝子交流が認められた。さらに、東アジアの他の30の人類集団のデータと日本列島人の比較調査が行われた。30集団のうちほとんどの集団が近縁のグループを形成したのに対し、本土日本人、沖縄人、アイヌ、韓国人、ウイグル人、ヤクート人のみが大きく乖離していた。このうち日本列島の三集団はアイヌ、沖縄人、本土人の順に同傾向の乖離を示し、縄文人の影響を受けていることが確かめられた形となった。このことは、現代日本列島には旧石器時代から日本列島に住む縄文人の系統と弥生系渡来人の系統が共存するという、二重構造説を強く支持する。 アイヌ人と琉球人は、東ユーラシア人の系統樹においてクラスターを形成しており、ブートストラップ確率(推定系統樹の信頼度)は100%であった。さらにこのクラスターは、系統樹上で、本土日本人とのクラスターを形成していた。 また、アイヌ人を縄文人に見立て、他の日本列島人と比較すると、本土日本人には14‐20%、沖縄人には27‐30%の縄文人の血が伝わっていると推定された。 また、日本を七地域に分けてその遺伝的距離を測った研究では、沖縄と他の本土日本人との距離はその他の地域同士の距離よりも大きく離れていた。沖縄人と個々の地域集団との関連でいえば、比較的地理的に近い九州だけではなく、東北の集団とも比較的共通性がみられることがわかった。さらに別の調査では、出雲地域の集団や南薩摩の集団が東北の集団と遺伝的に近いことが判明した。またこれら沖縄、東北、出雲、南薩摩の集団は、関東の集団と比べて大陸の集団との遺伝距離が遠いという結果になった。これは、北九州、畿内、中部、関東などの政治文化の中心地には弥生時代の渡来人やその後も断続的に続いた流入民が集まりやすく、逆に沖縄・東北・出雲・南薩摩などの周縁部は弥生以降の渡来人の影響が少なかったことが影響しているのではないかと推測されている。 また、斎藤はアイヌと本土日本人との遺伝的距離、そして本土日本人における遺伝的地域性を鑑みて、縄文人の後に大陸から渡来した人々は遺伝的に二つの集団に分かれると主張した。 国立遺伝学研究所によると、下記のミトコンドリアDNA(母系)やY染色体ハプログループ(父系)ではなく、核ゲノム配列に基づく調査を行った結果、福岡県三貫地貝塚から出土した縄文時代人に基づくものとして、縄文人は人類がアフリカから東ユーラシアに移り住んだ内でもっとも早く分岐した古い系統であること、現代の本土日本人に伝えられた縄文人ゲノムの割合は15%程であるとしている。 2019年、覚張隆史等のグループは愛知県伊川津貝塚から出土した特定の縄文人骨をIK002と名づけゲノム配列の解析を行った。その結果、アフリカ大陸からヒマラヤ山脈以南を通り、ユーラシア大陸東端に到達した最も古い系統の1つであるとしている。また、本州縄文人の個体の一つであるIK002であるが、アイヌのクラスターに含まれると同時に台湾原住民の中の一部や、8千年前のラオスの人骨との親和性が高いことから縄文人は南ルートを通った可能性を主張している。一方で、IK002という1個体の解析であり、他の地域、他の時代の縄文人も同様に南ルートを示唆できるかについては不明とし、今後調査する個体を増やすとしている。 Boer et al. (2020) による全ゲノム研究では、いくつかの縄文人の標本を分析し、それらが現代のアジア人と遺伝的に異なり、シベリアを通って日本に移動した可能性が高いことを発見し、南ルート仮説を支持しない結果となった。 2005年の疾病管理本部国立保健研究院のチョ・インホ博士研究チームは、韓国人、日本人、中国人の間に存在する遺伝的差異の中で、現在の韓国人と近隣諸国との遺伝的差異は中国人(10.4%)、日本人(5.9%)であり、韓国人と日本人の遺伝子が最も似ているとしている。
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