日本におけるエンフィールド銃とは? わかりやすく解説

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日本におけるエンフィールド銃

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/04 07:04 UTC 版)

エンフィールド銃」の記事における「日本におけるエンフィールド銃」の解説

日本で最も初期エンフィールド銃導入したのは薩摩藩とされ、薩英戦争後の軍制改革で4,300挺を購入した伝えられており、輸入され当初はその弾丸見た目構造からミニエー銃Minié rifle)の一種誤解され、イギリス・ミニエーと呼ばれていた。 1865年アメリカで双方300もの兵士戦った南北戦争終結すると、南北両軍使用していた大量軍需品民間業者払い下げられた。これらの払い下げ品には、90近く米国輸出されていたエンフィールド銃含まれており、その多く市場求めて太平天国の乱続いていた中国上海香港)へ集まった幕末の日本にも1864年文久3 - 4年)頃から外国商人らによって輸入され戊辰戦争では最も広く使用された。 この頃から、フランス製のミニエー銃区別するために“エンピール銃”・“鳥羽ミニエー”いった呼び名付けられ、後に発足した大日本帝国陸軍(以下、この節では陸軍と略)ではエンピール銃呼称継承された。 当初エンフィールド銃は1挺あたり15程度購入されたが、後装式銃器普及急速に旧式化したエンフィールド銃価格は、戊辰戦争の頃から暴落した同時にスナイドル式銃尾装置によりエンフィールド銃後装式改造する方法欧米か伝えられ国内での改造諸藩鉄砲鍛冶の間で流行した。 ただし、こうした改造受けたエンフィールド銃多くは、側方設けられヒンジにより機関部右方向に開くために、タバコ入れ見立てられ嚢式(ろくのうしき)の方式名が与えられスナイドル銃とは異なり同時期にベルギーより輸入されていたアルビニー銃(英語版)などと同様に前方設けられヒンジにより機関部前方向に開く方式使用された。これは前方開放型のアルビニー式がスナイドル式の側面開放型よりも改造が容易であったからに他ならないスナイドル銃区別する意味で前開き型には活罨式(かつあんしき)の方式名が与えられ、より正確に前方枢軸型活罨式と呼ばれた新生陸軍発足すると、その歩兵操典後装式用いる版が採用された事から、陸軍主力小銃全て後装式統一されスナイドル銃金属薬莢式)が主力小銃となり、ドライゼ銃紙製薬莢式)が後方装備とされた。 廃藩置県後新政府管理移管されたエンフィールド銃は、1874年明治7年)頃から徐々にスナイドル銃への改造作業始められていたが、1879年明治10年)に西郷隆盛首魁とする私学校徒が鹿児島火薬庫残されていたエンフィールド銃強奪して決起して西南戦争勃発する我が国では、エンフィールド弾とプリチェット弾の両方存在確認されており、西南戦争戦跡多数出土されているが、他にも弾丸長が極端に短い拳銃弾思われるものが出土している。そして、プリチェット弾の中には弾丸後端部の裾が著しく薄いものがあり、これは、新政府軍のものと推定されている。 弾丸は、素材の鉛が手に入りにくくなると、錫も使用する様になり、他にも、青銅製や、鉄製銃弾存在したエンフィールド弾薬包とエンフィールド弾は、東京造兵司製造され西南戦争の際には使用されている。エンフィールド弾は、木製プラグ挿入されており、直径.56インチ(14.5mm)、長さ1.1インチ(27.9mm)、重量463グレイン(30.06グラム)であり、これは、南北戦争南部製造していたエンフィールド弾の基準となる.562インチ弾丸や、.568口径エンフィールド弾などと寸法酷似している。 弾薬包は、1859年エンフィールド弾薬包とは違って長方形の紙が無く3枚の紙から構成されており、寸法は、長さ2.64インチ(67cm)、直径.57インチ(14.5mm)、火薬量は73グレイン(4.75グラム)で、弾薬下部剤に漬けられている。弾丸底部空洞のないエンフィールド弾を使用している為、弾薬下部は紐で絞められている。この事から、この弾薬包の形状1857年エンフィールド弾薬包のそれと酷似しているが、弾薬上部一枚の紙でしか捻られていない為、構造自体は、クリミア戦争使用され初期エンフィールド弾薬包のそれと同じである。 エンフィールド銃武装した私学校徒らに対して政府軍スナイドル銃主力とする鎮台兵派遣して戦い連射速度違いから西郷軍は緒戦から多く損害出して圧倒され日本最後内戦前装式銃の時代とともに終焉した。 前装式エンフィールド銃戦った西郷軍の鎮圧莫大な戦費犠牲費やした政府は、各地退蔵されていたエンフィールド銃不平士族当時隆盛だった自由民権運動激派に強奪され同様の反乱発生する事を恐れ西南戦争後1878年明治11年)から全国各地残されていたエンフィールド銃集めてスナイドル銃改造する作業行い老朽化激しく改造されずに残された物は軍の射撃訓練用として使用されつつ寿命迎えて廃棄処分となり、民間払下げられる運命辿った民間払い下げられエンフィールド銃は、雄熊猟使える強力な猟銃として長く親しまれ現代でも地方整理中などにエンフィールド銃残骸が見つかる事が多々ある。 [脚注使い方]

※この「日本におけるエンフィールド銃」の解説は、「エンフィールド銃」の解説の一部です。
「日本におけるエンフィールド銃」を含む「エンフィールド銃」の記事については、「エンフィールド銃」の概要を参照ください。

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