増税問題と減税問題
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/01 20:10 UTC 版)
「日本の財政問題」の記事における「増税問題と減税問題」の解説
元来、政府は、通貨の価値の保証をした上で通貨による税収を算定するものである。政府が税収の増加を図る際に、直接税と間接税をどのように組み合わせるかという点については、経済学者・財政学者の間で意見が分かれており、その対立は効率性と公平性の組み合わせをどのように考えるかの問題にもかかわっている。 累進課税に基づく所得税や企業収益に課税する法人税は、好景気の時には豊かな税収をもたらすもので、ビルト・イン・スタビライザーとして富の再分配の観点に立って社会福祉の向上を実現させる機能をもつ。しかし、経済学者の井手英策も日本では1990年代に景気対策の観点から所得税の累進性が弱められ、法人税も国際競争力強化を名目に税率は引き下げられた結果、景気回復局面では税収が伸びない租税構造となり、OECDの対日経済審査報告書でも指摘されたように課税を通じた所得格差の是正効果もきわめて乏しい税制となってしまったと述べている。 経済学者の田中秀臣も「消費税を上げるより、高額所得者の所得税率を60-70%に戻したほうがよい」と指摘している。 経済学者の栗林隆も「どの程度の所得再分配を行うべきかは累進税率構造によるため、価値判断の世界である。所得税そのものは公平な良税であるが、現行(2009年)の日本の所得税には多くの欠点がある。日本の所得税は非常に複雑な税制となっている」と指摘している。 1993年(平成5年)度当時の予算審議において、長期にわたった不況からの脱却の方途として、消費税の引き上げにより所得税減税を期待する向きが強くなった。社公民各党は共同修正案にて4兆円を超える所得税減税を赤字国債の発行によって行うことを主張し論戦が行われた。この結果、住宅減税や設備投資減税が補正予算として計上された。この一連の動きが所得税減税問題といわれる。 「財政再建#ドーマー条件」も参照 伝統的な経済学は、法人所得に課税するよりも、個人に対する所得・消費に課税する方が望ましいとされている。 経済学者の竹中平蔵もかつては、累進税は不公平であるとして、人頭税の導入を主張していた。竹中は「法人税は企業の国際競争力を削ぐため引き上げられず、所得税もフロンティアの時代であり引き上げられない、つまり消費税を上げるしかない」と指摘している。 経済学者の松原聡も「国民負担率が4割を超えると労働者は労働意欲を失うと言われている。現在(2000年)の日本の国民負担率は4割であり、法人税率・個人所得税率をこれ以上引き上げることは現実的ではない」と指摘している。 経済学者の原田泰も「所得の累進課税の強化は、労働意欲・起業意欲を衰えさせ、経済全体を委縮させるかもしれない。また、株式などの税を重くすれば、日本の富裕層は海外へ資産を移してしまう」と指摘している。 経済学者の伊藤元重は「多くの場合、税を課すことが資源配分に追加的な歪みを生じさせる(例:過度な累進課税)。政府に必要な税収を確保する制約の下、できる限り税による資源配分の歪みを小さくすることが求められる」と指摘している。 国際競争が厳しくなる中、日本の法人税の実効税率がアジア諸国に比較して高く国際競争力の上で不利だとの見方から、法人税率の引き下げを要望する声が経済界から強い。2007年11月の政府税制調査会答申において、法人課税の負担軽減と課税ベースの拡大、また法人の社会保障負担を検討すべきだとする一連の指摘等が法人税減税問題といわれる。 明治大学国際総合研究所フェローの岡部直明は「税の増収のためには、法人税率の引き下げを中心とした企業税制の改革と、社会保障を目的とした消費税率の引き上げを目指すべきである」と指摘している。 経済学者の大竹文雄は、「法人税減税を行うと同時に『中小企業者等の法人税率の特例』『試験研究を行った場合の法人税額の特別控除』などのような租税特別措置を廃止すれば、ある程度、法人税の減収分を補える可能性がある」「法人税の減税と所得税・消費税の増税という組み合わせが、日本人の生活の豊かさにつながる条件として整備されることが急務である」と指摘している。 その後、介護保険制度や支援費制度の開始もあって常に税収不足が指摘されていた中、2011年3月の東日本大震災を経て、2012年に当時の野田内閣が5%である消費税を増税させる法案を成立させた一連の動きが消費税増税問題といわれる。2014年11月、安倍首相は消費税率の10%への引き上げ時期を1年半延期することを決め、社会保障関連の支出や連動する税制の見直しが必要となり大きな影響を与えている。 経済学者のトマ・ピケティも、「国民の労働所得は停滞している一方で、不動産・資産の高度な資本化が進んでいる。労働所得に対し減税し、資本に対して増税するのが自然な解決策である」と指摘している。ピケティによれば「消費税率を上げても良い結果を生んでいない。日本の財政再建は、高所得層に重い税を課す、若者・中低所得層の所得税を減税したりする取り組みを優先するべきである」と指摘した。 伊藤は「消費税と法人税の問題はまったく別のものであり、消費税か法人税かという二項対立的な議論をするのは建設的ではない。『消費税率の引き上げは消費者に多くの負担を求めることであり、法人税率の引き下げは企業の税負担を軽減するものである』」というような単純な議論はするべきではない。消費税や法人税だけでなく、地方所得税、配当課税、固定資産税など、幅広い税制のあるべき姿についての議論が必要である。」と指摘している。 経済学者の高橋洋一は「税制はあるべき社会像に対する価値判断が根底となる。あくまで個人の価値観による。どちらが優れているという結論は、理論・実証はない」と指摘している。
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