トリケラトプス同属同種説
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「トロサウルス」の記事における「トリケラトプス同属同種説」の解説
トロサウルス属(Torosaurus)がトリケラトプス属(Triceratops)のシノニムである可能性は、両者の発見当初から長年議論されてきた。両者とも同じ地層から発掘される上、フリルなどを除いて形態的な差異がほとんど見られないためである。またトロサウルスは完全に成長しきったと見られる不完全な標本が数個体分しか発掘されないにも係わらず、トリケラトプスは成長段階などをも含んだ50以上もの化石が次々と発掘されてきた。 こうした中、2010年モンタナ州立大のスキャネラとホーナーは、モンタナ州東部での発掘調査などにより、上述の通りトロサウルスとトリケラトプスにフリル以外の差異が認められないこと、トリケラトプスが幼体から成体までの幅広い個体の化石が確認されるのにトロサウルスとされるフリルを持つ個体は成体のみしか確認されない点を重視した。またトリケラトプスのフリルの一部(頭頂骨-鱗状骨の境界部分)は成長に従って薄くなり、開口に向かうこと。そしてそうした形態がトロサウルスに非常によく似ることを示し、トロサウルスとトリケラトプスは同一種であり、トロサウルスは成熟したトリケラトプスと結論付ける発表を行った。もっとも、2017年現在までの反論でこの仮説はほぼ否定され、スキャネラは自説を放棄している。 マーストリヒチアンにおけるララミディア大陸では、トロサウルスとトリケラトプス、2つの近縁なカスモサウルス亜科の属が同じ生息地を共有していた。2009年、モンタナのヘルクリーク累層の恐竜の個体発生を研究しているジョン・スキャネラは、両者間の唯一の違いは、フリルの形だけで、トロサウルスの幼体や亜成体は知られていないが、かなりの数のトリケラトプスのそれらが発見されていると思っていた。また、トリケラトプスは、成体になっても幼形形質を保持し、他のカスモサウルス亜科とは異なると述べた(短い鱗状骨がネオテニーの形質だと考えた)。そして両者が単一の属の成長段階であるという仮説によって最もよく説明でき、トロサウルスはトリケラトプスの新参異名であると結論づけた。 2010年、スキャネラとその指導者ジャック・ホーナーは、ヘルクリーク累層で見つかった38個体分の頭骨標本(トリケラトプス29頭、トロサウルス9頭)の成長パターンに関する研究を発表した。彼らは、トロサウルスが間違いなくトリケラトプスの成体を表していると結論した。ホーナーは、脊椎骨の表面が化生骨で構成されていることを強調した。化生骨の特徴は、成長するにつれて短くなり、最終的に吸収されることである。またトリケラトプスとしてすでに同定されていた頭骨でさえ、有意義な発達が見られるとした。ホーナーは、「上眼窩角の向きは、子供では後向きであり、成体では前向きである」と観察した。トリケラトプスの頭蓋骨の約50%はトロサウルスのフリルの開口部の配置に対応する2つの薄い領域がフリルにあり、同時に、成熟したトリケラトプスの個体はより長いフリルをもっていた。ホーナーは、一般の人が恐竜種と考えているほとんどの種が他の既知種の成長段階であり、トロサウルスの問題は氷山の一角にすぎないとしている。老齢のトリケラトプスの個体では、フリルはかなり長くなり始め、後縁で平らになり広がる。同時にフリル表面の窓が現れ、典型的なカスモサウルス亜科のフリルの形状になったと指摘した 。 その後、スキャネラとホーナーは、すべてが仮説によって容易に説明されたわけではないことを認識した。反論の余地に対して、彼らはさらなる仮説を立てた。 1つの問題は、トロサウルスがトリケラトプスの正常な最後の成熟段階であった場合(彼らが "toromorph"と呼んだ段階)にしても、トロサウルスの化石の産出量が少なすぎることだ。これは成体の死亡率が高いことと、老齢のトリケラトプスは高所に好んで住み、侵食が化石化を防ぐという可能性によって説明された。第2の問題は、トロサウルス亜成体の存在を示唆していると思われるトロサウルス標本のサイズ範囲であった。これらのうち、彼らは骨の構造が完全に成熟した年齢を示したものと主張し、大きさの違いは明らかな個体差であると主張した。第3の想定される異論は、開口部の有無にかかわらず、個体間の移行形態を表す標本が知られていないことであった。既知の全てのトロサウルスの開口部は完全な形態で、他のカスモサウルス亜科の亜成体に見られるような初期の穿孔(中途半端な穴)とは異なる。それに対抗するために、彼らは、そのような過渡的形態の例として、論争の深いネドケラトプス(トリケラトプスでもトロサウルスでもない)のホロタイプ USNM 2412がまさにそれであると述べた ネドケラトプスにおいて問題とされる形質(フリルに小さな開口部があり、鼻角が非常に低い隆起になっている)は、単に「toromorph」に変換する第一段階にその存在を反映するだけであるとした。最後の問題は、縁頭頂骨の数の違いである。トリケラトプスには、典型的には正中線の縁頭頂骨を含む5対のホーンレットがあり、トロサウルスには10ないし12のそれがあり、正中線のものは欠けている。また、フリルの側縁には、トリケラトプスが5対、トロサウルスが6または7対の縁鱗状骨をもっている。これは、成長中にその数が増加したと仮定して説明した。ホーンレットの数と位置はトリケラトプスとされている個体間でもバリエーションがあり、MOR2923に示されているように、トリケラトプスでも6つの縁頭頂骨を有するが、正中線のものが欠如しているものもあることが指摘されている。 スキャネラとホーナーの結論は満場一致では受け入れられていない。いくつかの専門家は、 "toromorph"仮説が正しいという可能性を認めているが、否定の余地が十分すぎるほど存在している。この仮説は、アンドリュー・ファルケの2011年の論文とニコラス・ロングリッチの2012年の論文によって直接対抗を受けた。ファルケは、トリケラトプスとの同定を主張していたスキャネラとホーナーに対して、ネドケラトプスという問題のある属をトリケラトプス属の成体または病気の個体として再記載した。ファルケは、ネドケラトプスのフリルの不規則な穴の様子は、薄い骨が穿孔されたという状態とはほど遠く、厚い骨の腫瘍に囲まれていると指摘した。ファルケはさらに、提唱されたようなトリケラトプスからトロサウルスへの移行といくつかの事実を調和させることは無理があると結論付けた。一般的に、ケラトプス科では、フリルが成長しきると縁頭頂骨の数は増減しない。縁鱗状骨の数は変動することもあるが、幼体の段階で最大数に至るため、サイズとは関係がない。明らかに、これは個体差ではなく種差あるいは属差である。同様に、ケラトプス科では一般に、フリルの穴の形成は年齢に関係なく、新生の個体でもその穴をもっている。ファルケは、トリケラトプスのフリル上の薄い骨の領域(初期の穴の位置が判明している)は筋肉の付着部として説明した。開口部とフリルの骨構造との間に一貫した関係はない。トリケラトプスの多くの標本にはフリル表面に深い静脈の跡があり、すでにかなりの高齢であることを示している。トリケラトプスのフリルに途中で穴が空くとすれば、彼らは若返らなければならず、その後、再びその穴を広げるために成長する必要がある。最終的に、ファルケは、その巨大なサイズにもかかわらず、トロサウルスの標本YPM 1831は、その癒合の進んでいない骨組織によって示されているように、まだ完全には成長しておらず、したがって真のトロサウルスの亜成体であると指摘した ロングリッチは2012年に、改竄の原則を適用して問題を調査した。スキャネラらの仮説の中から科学的に有効な試験が可能な3つを選び、調査を行った。ロングリッチは、 "toromorph"仮説は複数の点であり得ないと主張した。第一に、トロサウルスがトリケラトプスと同一種であった場合、両者の化石は同じロケーションで見つかるはずである。実際には、その地理的範囲は一部しか一致してしない。北部ではトリケラトプスのみが見つかり、トロサウルスの化石は見つかっていない。逆に南部からはトロサウルスだけが知られている。しかしこのような状況はトロサウルスの化石が比較的少なく、サンプリングが不完全であるという弊害によるものである可能性もある。したがって、ロングリッチはこの点による否定は完全にはできないが、証明することもできないと結論づけた。第二に、すべてのトロサウルス標本は成体であり、全てのトリケラトプス標本は非常に若いものであるという仮定に対して次のように反論した。ロングリッチによると、この最後の点はまだ確立されていない。確かに、2011年にホーナーは解剖学的研究を発表し、調査されたトリケラトプスのすべての標本が亜成体の骨構造を保有していたことを示していたが、標本が少なすぎてすべてのトリケラトプスの化石に有効な一般化ができていなかった。仮説をよりよく評価するために、ロングリッチは24個の頭骨外部形質のリストを提案し、頭骨要素の癒合および成熟のレベルに関して検体を検査した。これらの基準を適用して36点の標本を調査した。癒合は典型的には特定の順序で行われており、年齢に関する追加情報がわかった。実際これらの基準によって大半のトロサウルス標本は成体であるとわかった。しかし2つの例外があった。小さい個体であるANSP 15192は、成体ではあるが、鼻骨の癒合が進んでいない事によって示されるように、比較的若い。最も若い標本はYPM 1831で、鼻骨、頬骨、上眼窩角の癒合が進んでいなかった。さらに、フリルの縁は成長している若い骨の外見を持っていたにもかかわらず、そのホーンレットをすべて失ってしまっていた。一方、ロングリッチは、調査されたトリケラトプスの頭骨のうち10点が、最も高齢のトロサウルス標本と同じレベルの成熟に至っていることを突き止めた。ロングリッチは、この分析はスキャネラらの仮説を完全に否定したと結論付けた。3番目の仮定は、トロサウルスとトリケラトプスの間に移行型が見いだされる可能性があるというものだった。ロングリッチは、「トリケラトプスのフリルの薄い領域が、移行期の最も強力な証拠として、開口部の前駆体であった」というスキャネラらの主張を検討した。しかし、これらの構造は位置が完全に異なっていた。トリケラトプスの窪みはフリルの下の方に位置し、トロサウルスの穴は壁面に完全に囲まれている。さらに、窪みははるかに厚い骨に接し、トロサウルスの穴は細い骨で囲まれており、それとは別にトリケラトプスに見られる窪みも有している。ロングリッチは、仮説が第3の予測に関しても破綻していることを突き止めた。 3つの仮説のうち、1つでも破綻するところ、2つで反証されているので、この仮説は否定されるべきである。 ロングリッチはまた、「toromorph」仮説にいくつかの追加の反対を示唆した。縁頭頂骨の数に関して、既知の遷移形は存在しない。また縁頭頂骨は完全にフリルの縁を占めていたので、その数が増加する余地はなく、通常の成長プロセスではフリル本体と一緒に大きくなるだけである。スキャネラらの提案した縁頭頂骨の侵食による分裂は、縁鱗状骨でのみ起こることであり、縁頭頂骨では決して確認されていない。トロサウルスの鱗状骨は内側が肥厚し、外側が凹面であり、トリケラトプスのそれは、内側が窪んでおり、外側が平坦である。中間型は知られていない。トロサウルスの鱗状骨はまた、絶対サイズとは無関係に、より細長い。ロングリッチは、トロサウルス標本とトリケラトプス標本を組み合わせて1つの成長シーケンスを作成すると、ANSP 15192とYPM 1831は回帰直線と比べて完全な異常値を示すと指摘した。 ロングリッチは、ホーナーが解剖学的研究でトリケラトプスが幼弱形質であるという事実を示唆したことには肯定的であったが、トリケラトプスは他のカスモサウルス亜科と異なりネオテニー(成熟しても幼形形質を保つ)であるという代替的な説を提示した。ロングリッチは、再び個体差を根拠としてスキャネラとホーナーが反論してくるだろうと予想していた。しかしロングリッチによれば、個体差というのは説得力が弱い。トロサウルスのANSP 15192とYPM 1831のサイズの違いは、性的二形によって説明された方がまだよく、前者は若いメス成体、後者はオス幼体である可能性がある。 2013年、ファルケとマイオリーノは、トロサウルス、トリケラトプス・ホリドゥス、トリケラトプス・プロルスス、およびネドケラトプスの成長に伴う頭骨の変化を記録した形態空間(形状空間)の統計解析結果である形態計測研究を発表した。成長期において、トロサウルスの頭蓋骨は、T. ホリドゥスおよびT. プロルススとは異なる形態を保持していると結論付けた。2種のトリケラトプスは、その割合が重複している。フリルの形を無視しても、これは当てはまる。ネドケラトプスは、サイズ以外はトロサウルスとトリケラトプス・ホリドゥスの間の妥当な移行型ではないことが証明された。ファルケとマイオリーノは、トロサウルス標本の少なさはこの結果の信頼性を低下させているが、トロサウルスとトリケラトプスは別個の分類群であると考えざるを得ないと結論付けた。 これらの反論以降しばらく自説に触れてこなかったスキャネラであったが、2015年のトリケラトプスの属内進化に関する論文中で、以下のように述べている。トリケラトプスとトロサウルスが、異なるが近縁の分類群だった場合、古い時代のトリケラトプス・ホリドゥスは成長途中でより原始的な頭頂骨の特徴(フリルの開口部)を発現するかもしれない。同時に、癒合していない縁鼻角をもつトロサウルス(MOR 3005)を記載している。縁鼻角の癒合は角竜の成長において重要な要素のひとつで、亜成体の時期に癒合すると考えられる。これは toromorph仮説を自ら否定したようなものであるが、明言は避けられている。
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