アブストラクトの記載例
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/17 06:31 UTC 版)
「IMRAD」の記事における「アブストラクトの記載例」の解説
前節に引き続き、前節と継続した内容の記載例を以下に例示する。以下の例示は架空の設定による架空の研究に基づく記載である。尚、今回は初心者向けのために対訳と注釈を詳細につけるため表形式で記載し、解説上の便宜のため一文一文に番号を振ったが、現実の論文において本文が表形式になっていることはなく、まして一文一文に番号が振られることもないことに注意されたい。 表.アブストラクトの記載例(和文)及び英訳 #原文(Original text)英訳(English translation)備考(Notes)1 X細胞の培養のための、新しい無血清培地及び、無血清の培養手法について報告する。 A novel serum-free cell culture medium and methods for cultivating X cells are reported. この論文にはどのようなことが書かれているかを一言でまとめたような表現が、アブストラクトの冒頭に来ることが多い。“X細胞”というのは、架空の細胞である。 因みに、「細胞を培養するためには、シャーレ撒かれた細胞が、培地といわれる液体の中に浸った状態でなければならない。培地の成分として、ウシ胎児血清(FBS)等の血清がなんらかの処理をされた状態で添加されている。普通は血清を添加したほうが培養が簡単なのだが、血清は汚染されていることがあるなどデメリットもある。そこで血清を使わない培地に関心がもたれている。」といった背景知識を知っておくと、以下の文章の流れが頭に入ってきやすいであろう。 2 X細胞を無血清培地で培養する方法が徐々に開発されつつある。 Methods of Cultivating X cells in a serum-free medium are gradually being developed. 自分が研究している分野や対象(この場合は「X細胞に適した無血清培地を作ること」)の研究動向を簡単に述べている。「背景」に相当する。 3 しかしながら、これまでの無低血清培地では、10%血清含有培地と比較して、長期間に渡った培養ができなかった。 However, long-term cultivation has not been possible with the serum-free media to date in comparison with media containing 10% serum. 「背景」で述べた研究動向において、何が問題なのかを説明している。“to date”というのは「これまでの」という意味。[追加例文]“However, to date, lymphocytes engineered to express CARs have demonstrated minimal in vivo expansion and antitumor effects in clinical trials.(しかしながら、今日までのところ、CARを発現するように改変されたリンパ球は、臨床試験においては、最低限度のインビボでの増殖と、最低限度の抗腫瘍効果しか示せていない。)” 4 細胞を長期間に渡って安定した条件で培養出来ることは、細胞を増殖させ大量の細胞を得るうえで重要である。 Being able to perform long-term cultivation of cells under stable conditions is important in proliferating and gaining large numbers of cells. 上記の問題が、何故重要なのかを説明している。 5 本研究では、血清中のタンパク成分(血清タンパク)の影響を研究した。さらに、どの血清タンパクがX細胞の安定した培養に必要であるかを検討した。 In this study, we have investigated the affection of the proteins ingredients in serum (serum protein) and examines which serum protein is necessary in stable cultivation for X cells. 研究の目的(何を明らかにするのか)を説明している。"we have investigated"はよく使う言い廻し。 6 結果としてX細胞培養する際には、培地中に血清タンパクM,Nを加えることが好ましいと判明した。 As a result, we have determined that it is preferable to add serum proteins M and N into the medium when cultivating X cells. 研究の結果得られた知見を紹介している。血清タンパクM,Nは、架空の物質。 7 さらに、上記の血清タンパク成分に加えて、成長因子であるA,B,Cを加えることで、10%血清含有培地において培養した場合と同等又はそれ以上の速度で、X細胞をその特性を保持したまま増殖させることができることを見出した。 Furthermore, we found that we are able to proliferate X cells while maintaining their specific characteristics at the same or greater speed as when cultivating in a medium containing 10% serum by adding growth factors A, B, and C in addition to the aforementioned serum protein ingredients. 研究の結果得られた知見を紹介している。成長因子A,B,Cも、架空の物質。 8 意外にも、成長因子であるA,B,Cの好適な組成は、血清タンパクM,Nを加えない条件において好適とされていた組成とは大きく異なることが判った。 Surprisingly, we learned that the ideal composition of growth factors A, B, and C are markedly different from the compositions thought to be ideal when serum proteins M and N are not included. 研究の結果得られた知見を紹介している。 9 また、本方法にて培養したX細胞を軟骨に分化させることにも成功した。 Additionally, we succeeded in differentiating X cells cultivated by this method into cartilage. 研究の結果得られた知見を紹介している。 注:本記載は、飽く迄「学術論文におけるアブストラクトの書き方」を例示するために記載されたものである。原文英訳共、架空の設定に基づく架空の結果である。(Abovementioned are solely intended to a illustrate how to write abstract in academic paper. All descriptions of both Original text(column 1) and English translation (column 1) are based on hypothetical data.) さて、さらに例解するため、上記のアブストラクトの記載例及び、後述のイントロダクションの記載例から、本記事“論文の読み方とIMRAD”の章に記載されたワークシートに掲げられた情報を分析してみよう。以下の分析自体も飽く迄例示であり、人によって答えが若干異なることも予測される。 ワークシート1:論文で取り上げる問題の問題設定とその答え 解説 (1)どのような問題をどのように取り組もうとするのか ⇒X細胞の培養のための、新しい無血清培地及び、無血清の培養手法を開発すること。(アブストラクト#1から) 特になし。 (2)これから報告する問題がなぜ重要なのか(≒その問題への先行研究で未解決であったところ等の指摘) ⇒ 2-1X細胞を無血清培地で培養する方法が徐々に開発されつつあるものの(アブストラクト#2)、 2-2従来の無血清培地では、血清含有培地と比較すると性能が劣る(アブストラクト#3)。 2-3特に従来の無血清培地で長期間に渡った培養が困難(アブストラクト#3)。 2-4細胞を長期間に渡って安定した条件で培養出来ないと、自家移植治療(後述のイントロダクション#3)移植に使えるだけの大量の細胞を得ることが困難である。 ⇒[論文には書かれていない点] 2-5血清含有培地でX細胞は充分培養出来ているにも拘らず、何故敢えて無血清培地を使わなければならないのか? 論文には書かれていない点については、予備知識で補うよりほかにない。 * (3)これから報告する問題はどのような問題の一部なのか(≒関連した先行研究の流れの上での位置付け)⇒ 3-1:X細胞の培地中の必須の成分を同定する。 ⇒本論文の成果:血清中のタンパク質のうちM,N+(0)標準的な手法:[条件]培地=(10%ウシ胎児血清(FBS)+DMEM培地) ⇒ [結果]充分な量もとれ分化誘導もかかる。 (0')基礎培地のみ:[条件]培地=(DMEM 他) ⇒さっぱり育たない。 (1)戸松の研究:[条件]培地=(DMEM培地に対し+増殖因子A,B,C) ⇒ [結果]3継代目までは、上記(0)と同程度の効果。それ以降はさっぱり。 (2)小倉らの研究:[条件]培地=(ウシ胎児血清(FBS)を60℃で10分間処理したもの(濃度10%)+DMEM培地)⇒[結果]上記(0')と同じぐらい成績が悪い。 (3)水瀬の研究:[条件]培地=(ウシ胎児血清(FBS)を60℃で10分間処理したもの(濃度10%)+DMEM培地+)⇒[結果]上記(0')と同じぐらい成績が悪い。⇒[結果] 3-2:X細胞を軟骨や神経に分化させ、自家移植治療に用いる⇒論文中に先行研究が具体的に紹介されていない。リザルトには分化させたまでの結果については詳細な記載がありそう。 3-3:画像処理を用いた細胞の研究⇒竹達らの研究を使った程度の情報しかない。 文脈性の解釈が入るため、人によってはどこを大事だと思うかが変わってくる可能性がある。尚、全体として、イントロダクションまでの情報では、先行研究の結果の説明は大雑把で「うまくいった、うまくいかない」ぐらいの情報しか読み取れないというのが相場である。但しリザルト、ディスカッションあるいはメソッドの項目で、自身の成果(これから本論文で述べようとされる結果)との比較ができる程度に詳述されることもある。今回、"3-1"に書かれた先行研究については、全て[条件]⇒[結果]の形で書かれているため、イントロダクションを見れば大筋の流れが判る。培地の組成に関して、「戸松+小倉=水瀬」という文脈がきれいに形成されていて、これがこの論文のコンテクストと理解されよう。 "3-1"の背景にあるよる深い問題意識が"3-2"という文脈については、イントロダクションまでいかないとわからないというのは若干不親切(だがよくある話)。 "3-3"がどのくらいこの論文の結果の成立に重要なのかはイントロダクションまででは読み取れない。(単にいい装置が手に入ったからやってみたら結構うまくいったみたいな話かもしれないと疑われる。)但し、著者名まで見てみると(“書誌的情報及びタイトルの記載例”#2参照)著者のうち一名に「竹達」の名前があることから、共著者の「竹達」さんとこの画像処理システムを開発した「竹達」なる人物が同一人物との推定をすると、著者らのグループはこの画像処理システムにそれなりに関与している可能性が推定される (4)筆者らはその問題にどのような答えを与えたのか(どのように解決したのか) ⇒「X細胞培養する際には、培地中に血清タンパクM,Nと成長因子A,B,Cを添加した培地を用いると、無血清と同程度の効果培地性能が得られる。」("#6-#8"の記載より、) 特になし。
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