不信任決議
(不信任決議案 から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/03/29 02:14 UTC 版)
不信任決議(ふしんにんけつぎ)は、議会で不信任を決議することである。本項では、日本の地方自治体や国会における不信任決議について述べる。
日本の地方自治体での首長不信任決議
日本の地方自治体の議会には、地方自治法により普通地方公共団体の長に対する不信任決議が認められている。なお、日本の普通地方公共団体の長の不信任について地方自治法は「決議」ではなく「議決」の文言を用いている[1]。
要件
地方自治法第178条の規定により、議員数の3分の2以上が出席する都道府県または市町村の議会の本会議において、4分の3以上の賛成により成立する。地方自治法第281条以下に定められた東京都特別区においても、この規定が適用される。
不信任議決の要件は次の2つである(地方自治法第178条第3項)。
- 議員数の3分の2以上の者が出席
- 出席議員の4分の3以上の者が賛成
また、非常の災害による応急若しくは復旧の施設のために必要な経費又は感染症予防のために必要な経費を削除又は減額されたため長が再議に付した場合に、なお議会が削除又は減額すれば、首長はその議決を不信任の議決とみなすことができると規定されている(地方自治法第177条第3項)。
普通地方公共団体の議会において、当該普通地方公共団体の長の不信任の議決をしたときは、直ちに議長からその旨を当該普通地方公共団体の長に通知しなければならない(地方自治法第178条第1項前段)。
「不信任の議決」の解釈
地方自治法第178条に定義される「不信任の議決」の解釈については、議会が首長に対する辞職勧告決議や問責決議を議員数の3分の2以上の出席で4分の3以上の賛成により可決した場合、首長に対する信任決議案を議員数の3分の2以上の出席で4分の3以上の反対により否決した場合、首長が提案した重要議案を議員数の3分の2以上の出席で4分の3以上の反対により否決した場合、議会が首長を刑事告発する決議をした(この具体的事例については後述)場合、などが含まれるか否か、という点で疑義を生じている。
以下のような判例または裁判例がある。
- 「不信任の議決」とみなせるものを同法第177条第4項に該当するものに限定する(鹿児島地裁昭和25年11月21日判決)
- 辞職勧告決議案の可決・信任決議案の否決や客観的に首長に対する不信任の意思を表明すると認められる議決は「不信任の議決」に含まれるとする(和歌山地裁昭和27年3月31日判決)
- 首長が提案した重要議案を議会が4分の3以上の反対により否決した場合が含まれるとする(松江地裁昭和28年3月25日判決)
- 辞職勧告決議は「不信任の議決」に含まれるがそれ以外の議決は含まれないとする説(青森地裁昭和33年2月27日判決)
効果
不信任議決があったときは、議長は直ちに首長に通知する。不信任決議を受けた首長は、10日以内に議会を解散することができる(地方自治法第178条第1項後段)。解散しなければ10日が経過した時点で失職する(地方自治法第178条第2項)。また、議会を解散した場合において、選挙後に初めて招集された議会で再び不信任決議案が提出された場合は出席議員の過半数の賛成で成立し、首長は議長から通知があった日において失職する(地方自治法第178条第2項・第3項)。
首長に対する不信任決議は成立要件が非常に厳しく、議員にとっても首長からの解散による失職のリスクを伴う。そのため、政治情勢によっては代わりに拘束力のない辞職勧告決議が決議されることもある。
具体的実例
(肩書きは、いずれも当時のもの)
都道府県知事に対して
| 可決年月日 | 都道府県 | 不信任対象者 | 提出理由 | 選択 | その後 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1976年12月14日 | 岐阜県 | 平野三郎 | 汚職事件による書類送検 | 辞職 | 可決当日に辞職。 |
| 2002年7月5日 | 長野県 | 田中康夫 | 県政運営における議会との対立 | 失職 | 出直し選挙に立候補して当選。 |
| 2003年3月20日 | 徳島県 | 大田正 | 県政運営における議会との対立 | 失職 | 出直し選挙に立候補して落選。 |
| 2006年12月1日 | 宮崎県 | 安藤忠恕 | 宮崎県官製談合事件への関与の疑い | 辞職 | 当初は失職を選択し出直し選挙立候補への構えを見せていたものの、県政混乱の責任をとり12月3日に辞職表明(翌4日で議会が許可)。 |
| 2024年9月19日 | 兵庫県 | 齋藤元彦 | 兵庫県庁内部告発文書問題による県政の混乱 | 失職 | 出直し選挙に立候補して当選。 |
市町村長に対して
| 可決年月日 | 自治体名 | 不信任対象者 | 提出理由 | 選択 | その後 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1959年2月20日 | 山口県山口市 | 長井秋穂 | 公印不正使用や不渡手形の乱発による書類送検 | 解散 | 逮捕後に市議会解散を選択したが、 市長に対するリコール運動の盛り上がりから5月22日に辞職。 |
| 1964年9月10日 | 滋賀県能登川町 | 中村甚試 | 町議会多数派との対立 | 解散 | 改選後の町議会で再度不信任を受け失職。 同年12月11日に行われた出直し町長選に立候補して再度当選。 |
| 1967年4月1日 | 埼玉県加須市 | 中田重蔵 | 議会軽視 | 解散 | 改選後の市議会で再度不信任を受け失職。 出直し市長選に立候補したが落選。 |
| 1969年10月17日 | 佐賀県鳥栖市 | 安原謙市 | 水道汚職問題 | 解散 | 改選後の市議会で再度不信任を受け失職[2]。 |
| 1969年12月22日 | 長野県更埴市 | 坂口登 | 独善的な市政運営 | 解散 | 改選後の市議会で再度不信任を受け失職。 出直し市長選に立候補したが落選。 |
| 1972年10月7日 | 大阪府堺市 | 土師半六 | 浪速医科大学不正事件で逮捕 | 辞職 | |
| 1973年12月20日 | 茨城県岩井市 | 富山光男 | 収賄容疑で逮捕 | 解散 | 改選後の市議会で再度不信任を受け失職。 翌年4月28日に行われた出直し市長選に立候補したが落選。 |
| 1974年6月21日 | 大阪府松原市 | 長谷川正彦 | 補正予算の専決処分 | 解散 | 改選後の市議会で再度不信任を受け失職。 |
| 1978年10月23日 | 長崎県西有家町 | 梶原菊千代 | 収賄罪で逮捕 | 解散 | 拘置中のまま解散を判断。 |
| 1981年2月17日 | 東京都小金井市 | 星野平壽 | 公務出張に私的に親しい女性を同伴させたため | 解散 | 改選後の市議会で不信任が確実になったことから4月15日に辞任を表明。 |
| 1985年8月8日 | 愛媛県大西町 | 神野晏至 | 収賄罪で逮捕 | 解散 | 神野は拘置中のまま解散を判断。 |
| 1991年4月2日 | 香川県観音寺市 | 今津礼二郎 | 市議会多数派との対立 | 解散 | 改選後の市議会でも反市長派が多数を占め再度不信任を受け失職。 7月1日に行われた出直し市長選で当選。 |
| 1996年8月4日 | 島根県益田市 | 田中八洲男 | 私立大学誘致を巡る対立 | 解散 | 市長就任翌日の不信任提出。 市議会議員の任期が25日までしかなかったことから、 市長と同時に改選された新しい市議の任期が13日からに繰り上げ。 |
| 2005年6月23日 | 奈良県奈良市 | 鍵田忠兵衛 | 公職選挙法違反容疑で書類送検 | 解散 | 自身も辞職の上、市長選挙に立候補したが落選。 |
| 2006年4月25日 | 愛知県大治町 | 伊藤義範 | 大雨洪水警報発表中に私用でのゴルフや議場での暴言 | 辞職 | |
| 2006年6月28日 | 静岡県新居町 | 古橋武司 | 市町村合併の路線対立 | 解散 | 自身も辞職の上、町長選挙に立候補したが落選。 |
| 2006年8月18日 | 宮城県七ヶ宿町 | 高橋国雄 | 町有林問題による混乱 | 解散 | 自身も辞職の上、町長選挙に立候補したが落選。 |
| 2007年1月9日 | 愛媛県松野町 | 岡武男 | 市町村合併の路線対立 | 解散 | 町議選の結果、町長派が多数派となった。 |
| 2007年3月29日 | 兵庫県加西市 | 中川暢三 | 職員採用及び市長公用車の使用に関する不正の疑い | 解散 | 市議選後の5月13日に不信任決議が再可決され失職。 出直し市長選挙に立候補し当選。 |
| 2007年9月3日 | 大阪府東大阪市 | 長尾淳三 | 市議会多数派との対立 | 失職 | 議会の任期満了が近かったためもあり、失職を選択。 出直し市長選挙で野田義和に敗れ落選。 |
| 2009年2月6日 | 鹿児島県阿久根市 | 竹原信一 | 市政運営を巡る混乱 | 解散 | 市議選後の4月17日に不信任決議が再可決し失職。 出直し市長選挙としてに立候補し当選。 |
| 2009年3月24日 | 愛知県西尾市 | 中村晃毅 | 受託収賄罪で逮捕 | 解散 | 拘置中のまま市議会解散を選択。 市議選後の5月20日に不信任決議を再可決され失職。 |
| 2009年4月20日 | 三重県尾鷲市 | 奥田尚佳 | 税理士法違反で罰金刑 | 解散 | 市議選では、不信任に賛成した議員は全員再選。 市議選後の6月19日に不信任決議が再可決し失職。 出直し市長選挙に立候補したが落選。 |
| 2009年8月7日 | 宮崎県えびの市 | 宮崎道公 | 競売入札妨害で逮捕 | 解散 | その後市長を辞職。 |
| 2009年10月9日 | 千葉県本埜村 | 小川利彦 | 市町村合併を巡る対応の混乱 | 解散 | 村議選後、議会召集を求めたが小川が拒否。 その後行われた住民投票により失職。 |
| 2010年9月2日 | 埼玉県草加市 | 木下博信 | 収賄罪で有罪判決を受けた元助役を公共の場を利用し擁護したため | 解散 | 市議選後の10月27日に不信任決議が再可決され失職。 出直し市長選挙に立候補したが落選。 |
| 2011年3月28日 | 千葉県白井市 | 横山久雅子 | 自身の政治団体への寄付 有権者への年賀状の発送の公職選挙法違反 市議会で否決された北総鉄道への補助金支出を専決処分で実施 |
失職 | 当初、市議会を解散する意向だったが実施せず。 出直し市長選挙に立候補したが落選。 |
| 2011年8月26日 | 青森県藤崎町 | 小田桐智高 | 町政運営の混乱 | 解散 | 町議選後の10月18日に不信任決議が再可決され失職。 出直し町長選挙に立候補したが落選。 |
| 2012年12月20日 | 福島県双葉町 | 井戸川克隆 | 東京電力福島第一原発事故で生じた汚染土壌を搬入する 放射性廃棄物中間貯蔵施設についての福島県と双葉郡8町村の会議に欠席 |
解散 | その後町長を辞職。 |
| 2013年1月9日 | 愛媛県西条市 | 青野勝 | 選挙公約に反し市役所新庁舎の工事を継続したため | 解散 | 選挙後も混乱は続いたが不信任決議の再可決は行わず。 |
| 2013年6月10日 | 兵庫県上郡町 | 工藤崇 | 町議会多数派との対立 | 解散 | 同日、体調不良を理由に辞職。 |
| 2015年3月16日 | 宮城県大衡村 | 跡部昌洋 | ハラスメント行為による損害賠償 | 解散 | 2日後に村長を辞職。 |
| 2015年8月3日 | 北海道福島町 | 佐藤卓也 | 事前収賄罪で逮捕 | 失職 | |
| 2017年10月27日 | 福岡県太宰府市 | 芦刈茂 | 選挙公約の撤回や副市長の解任など市政運営を巡る混乱 | 解散 | 市議選後の12月12日に不信任決議が再可決され失職[3]。 |
| 2018年7月27日 | 群馬県みなかみ町 | 前田善成 | セクハラ疑惑 | 解散 | 町議選で町長派の候補が大敗。 責任を取る形で9月10日に辞職願を提出したが、 9月18日の町議会で受理せず不信任決議を再可決し失職[4][5][6][7][8]。 |
| 2019年3月13日 | 静岡県松崎町 | 長嶋精一 | 道の駅への地元産品直売所の建設などを巡る議会との対立 | 解散 | 町議選は任期満了に伴い4月21日の投開票が決定していたため、予定通り実施[9]。 町議選で、定員8に対し町長派の候補者が6人当選[10]。 再度の不信任決議提出は見送られた。 |
| 2019年12月13日 | 滋賀県甲良町 | 野瀬喜久男 | 選挙はがきなどにおける虚偽記載 | 失職 | 出直し町長選挙に立候補し当選。 |
| 2020年3月24日 | 奈良県宇陀市 | 高見省次 | 保養施設指定管理者の専決処分対応などに関する議会との対立 | 解散 | 市議選後の5月15日に不信任決議が再可決され失職。 出直し市長選挙に立候補したが金剛一智に敗れ落選。 |
| 2022年6月17日 | 東京都あきる野市 | 村木英幸 | 介護老人福祉施設の誘致を巡る対応 | 解散 | 市議選後の7月28日に不信任決議が再可決され失職。 出直し市長選挙に立候補したが中嶋博行に敗れ落選[11][12][13]。 村木は不信任決議が違法であるとして東京地裁に決議取消しを求め提訴したが棄却された[14]。 |
| 2022年9月16日 | 富山県舟橋村 | 古越邦男 | 村役場内でのハラスメント問題 | 解散 | 村議選後の10月26日に不信任決議が再可決され失職[15][16]。 |
| 2022年9月26日 | 兵庫県太子町 | 服部千秋 | 町教育長のセクハラ問題の真相究明への対応が消極的だったため | 失職 | 出直し町長選挙で反町長派が支援した新人に敗れ落選[17][18][19]。 |
| 2024年12月20日 | 大阪府岸和田市 | 永野耕平 | 女性問題を巡る訴訟 | 解散 | 市議選後の2025年2月17日に不信任決議が再可決され失職。 出直し市長選挙に立候補したが落選[20][21][22][23][24]。 |
| 2025年1月30日 | 秋田県鹿角市 | 関厚 | 第三者委員会による市職員へのパワハラ行為の認定 | 解散 | 市議選は任期満了に伴い3月9日の投開票が決定していたため、予定通り実施[25]。 市議選後の3月21日、不信任決議案が再可決され失職[26]。 出直し市長選挙に立候補したが、笹本真司に敗れ落選[27]。 |
| 2025年6月18日 | 沖縄県石垣市 | 中山義隆 | 市が提出した国民健康保険事業の特別会計補正予算への日付改竄 | 失職 | 出直し市長選挙に立候補し当選[28][29][30]。 |
| 2025年9月1日 | 静岡県伊東市 | 田久保眞紀 | 学歴詐称問題による市政の混乱 | 解散 | 市議選後の10月31日に不信任決議が再可決され失職[31][32][33][34][35] 同年12月14日執行の出直し市長選挙に立候補したが、元市議の杉本憲也に敗れ落選[36]。 |
| 2025年9月26日 | 沖縄県南城市 | 古謝景春 | 第三者委員会による市職員へのセクハラ行為の認定 | 解散 | 市議選後の11月16日に市議会に辞職願を提出したが、 市議会は受理せず、翌17日に2度目の不信任決議が再可決され失職[37]。 出直し市長選挙には立候補しなかった。 |
| 2025年12月12日 | 熊本県球磨村 | 松谷浩一 | 村有施設の指定管理者による賃金未払いが1年以上解決できていない 議会の議決なしに村有地を無償貸与 |
辞職 | 村議会議員の任期満了が近いことから、 村長選・村議選を同日選挙にするために村長の辞職後に村議会を自主的に解散[38][39]。 松谷は出直し町長選挙に立候補したが落選[40]。 |
| 2026年3月18日 | 愛媛県西条市 | 高橋敏明 | 独善的な市政運営 第三者委員会による市職員へのパワハラ行為の認定 |
失職 | |
| 2026年3月19日 | 茨城県石岡市 | 谷島洋司 | 独善的な市政運営 不適切な発言や市職員の相次ぐ不祥事による市政の混乱 |
解散 |
特別区の区長に対して
(以下○○区とあるのはすべて東京都の特別区である(記載時点では東京都にのみ特別区が存在している))
| 可決年月日 | 特別区 | 不信任対象者 | 提出理由 | 選択 | その後 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1967年5月17日 | 練馬区 | 須田操[注 1] | 不明 | 解散 | 区議会を解散したものの、改選後の区議会では与党が過半数割れし6月2日に辞意を表明(21日付で区長退任)。 |
| 1993年9月21日 | 葛飾区 | 出口晴三 | 公職選挙法違反 | 解散 | 区議会を解散したものの、改選後の区議会で再度不信任案が可決されて失職。再可決前に逮捕。 |
| 1999年4月1日 | 足立区 | 吉田万三 | 区政運営を巡る対立 | 解散 | 5月28日に不信任決議が再可決され、失職。出直し区長選挙に立候補したが、落選。 |
地方自治法上の「不信任の議決」が成立しているか争いがある事例として、東京都千代田区の石川雅己区長が行った区議会の解散通知(2020年7月28日)の根拠が挙げられる。区議会は同月27日に、石川区長を地方自治法違反(偽証、証言拒否)の疑いで刑事告発する旨の決議を行ったところ、石川区長がこの決議は区議会の解散根拠となりうる「不信任決議」であるとして、前述の区議会の解散通知を行った。一方区議会の小林孝也議長は、前述の刑事告発決議は、区議会の解散根拠となりうる「不信任決議」にはあたらず、よって前述の区議会の解散通知は無効であるとして解散に応じないとしている[41]。25人の区議全員が解散の無効と執行停止を求め提訴し、 8月7日、東京地方裁判所は議会による刑事告発は不信任議決と同一とはいえないとして、解散通知の効力を停止する決定をした[42]。決定を受け石川は11日に解散通知を取り消し、謝罪した[43]。2021年8月29日、東京地裁は解散通知について「告発は捜査機関に処罰を求めるものにすぎず、不信任には当たらない。解散処分は要件を欠いており、違法」とした上で、石川が既に取り消したことを理由に処分の無効確認の訴えを却下した[44]。
国会での不信任決議
国会で不信任決議を行う場合、憲法上規定されている衆議院本会議における出席議員の過半数による内閣不信任決議(日本国憲法第56条第2項、第69条)とそれ以外の法的拘束力のない不信任決議がある。法的拘束力がない不信任決議の対象は衆参両院の役員(議長・副議長・委員長・事務総長等)及び個々の政治任用職にある者(国務大臣・副大臣等)に対して用いられる。衆参両院の役員に対しては、委員会で不信任決議を行う場合がある。慣例上、法的効果の有無に関わらず先決問題とされ、基本的には最優先で審議される。
政治任用職者への不信任決議
衆議院において内閣全体ではなく個々の閣僚に対して不信任決議がなされることもあるが、法的に辞職を強制するものではなく憲法第69条のような効果も生じない[45][46]。ただし、個々の閣僚に対する不信任決議であっても、内閣はこれを内閣全体の基本政策に対する不信任の意思表示であるとみて衆議院を解散しあるいは総辞職することは可能と解されている[47]。なお、参議院では政治任用職にある者(国務大臣・副大臣等)に対しては問責決議が行われている。
1992年のPKO国会では、PKO法案の採決引き伸ばしを狙う野党が、議事妨害の一環として、先決問題である閣僚不信任案を全員分一件ずつ提出してはその度に討論と記名投票を行わせる構えを見せた。これに対して与党は内閣信任決議案を提出し可決させた。その上で、内閣信任決議が行われた以上は、個別の閣僚に対する不信任案の審議は一事不再議の慣例に抵触するため不要であるとした。
| 本会議採決日 | 対象者 | 役職 | 採決 | 可 | 否 | 票差 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1948年(昭和23年)6月24日 | 西尾末広 | 国務大臣 | 否決 | 178 | 209 | 31 | 日本国憲法下初の閣僚不信任決議採決。いわゆる無任所大臣(副総理) |
| 1949年(昭和24年)11月25日 | 森幸太郎 | 農林大臣 | 否決 | 120 | 239 | 119 | 他に同種1案あり。一事不再議により採決せず。 |
| 1950年(昭和25年)3月4日 | 池田勇人 | 大蔵大臣 通商産業大臣 |
否決 | 99 | 178 | 79 | 他に同種1案あり。一事不再議により採決せず。 |
| 1951年(昭和26年)3月29日 | 吉田茂 | 外務大臣 | 否決 | 少数 | 多数 | 不明 | 起立採決。 |
| 1951年(昭和26年)3月31日 | 大橋武夫 | 国務大臣法務総裁 | 否決 | 少数 | 多数 | 不明 | 起立採決。 |
| 1951年(昭和26年)11月8日 | 池田勇人 | 大蔵大臣 | 否決 | 少数 | 多数 | 不明 | 起立採決。議事日程上1案。 (個別2案の一括採決ではない。) |
| 根本龍太郎 | 農林大臣 | ||||||
| 1952年(昭和27年)2月27日 | 岡崎勝男 | 国務大臣 | 否決 | 少数 | 多数 | 不明 | 起立採決。補職は賠償庁長官。 |
| 1952年(昭和27年)6月10日 | 木村篤太郎 | 法務総裁 | 否決 | 少数 | 多数 | 不明 | 起立採決。 |
| 1952年(昭和27年)11月28日 | 池田勇人 | 国務大臣 | 可決 | 208 | 201 | 7 | 翌日辞任。補職は通商産業大臣・経済審議庁長官。 |
| 1953年(昭和28年)8月3日 | 岡崎勝男 | 外務大臣 | 否決 | 133 | 193 | 60 | |
| 1954年(昭和29年)3月20日 | 大達茂雄 | 文部大臣 | 否決 | 134 | 268 | 134 | |
| 1954年(昭和29年)4月10日 | 犬養健 | 法務大臣 | 否決 | 123 | 236 | 113 | |
| 1955年(昭和30年)7月25日 | 杉原荒太 | 国務大臣 | 否決 | 132 | 228 | 96 | 補職は防衛庁長官。 |
| 1955年(昭和30年)12月16日 | 重光葵 | 外務大臣 | 否決 | 135 | 259 | 124 | |
| 1956年(昭和31年)3月20日 | 太田正孝 | 国務大臣 | 否決 | 141 | 237 | 96 | 補職は自治庁長官。 |
| 1956年(昭和31年)3月22日 | 重光葵 | 外務大臣 | 否決 | 139 | 249 | 110 | 副総理 |
| 1956年(昭和31年)4月19日 | 清瀬一郎 | 国務大臣 | 否決 | 146 | 234 | 112 | 補職は文部大臣。 |
| 1956年(昭和31年)4月29日 | 小林英三 | 国務大臣 | 否決 | 153 | 254 | 101 | 補職は厚生大臣。 |
| 1956年(昭和31年)5月23日 | 船田中 | 防衛庁長官 | 否決 | 137 | 208 | 71 | |
| 1956年(昭和31年)5月23日 | 一万田尚登 | 大蔵大臣 | 否決 | 137 | 227 | 90 | |
| 1956年(昭和31年)11月26日 | 倉石忠雄 | 労働大臣 | 否決 | 139 | 247 | 108 | |
| 1957年(昭和32年)5月14日 | 松浦周太郎 | 労働大臣 | 否決 | 141 | 216 | 75 | |
| 1958年(昭和33年)4月9日 | 一万田尚登 | 大蔵大臣 | 否決 | 116 | 219 | 103 | |
| 1958年(昭和33年)12月23日 | 灘尾弘吉 | 文部大臣 | 否決 | 145 | 227 | 82 | |
| 1959年(昭和34年)2月17日 | 永野護 | 運輸大臣 | 否決 | 135 | 239 | 104 | |
| 1959年(昭和34年)11月27日 | 藤山愛一郎 | 外務大臣 | 否決 | 133 | 198 | 65 | |
| 1961年(昭和36年)6月6日 | 周東英雄 | 農林大臣 | 否決 | 132 | 216 | 84 | |
| 1962年(昭和37年)4月5日 | 小坂善太郎 | 外務大臣 | 否決 | 148 | 236 | 88 | |
| 1962年(昭和37年)4月28日 | 安井謙 | 自治大臣 | 否決 | 99 | 180 | 81 | |
| 1963年(昭和38年)3月1日 | 大平正芳 | 外務大臣 | 否決 | 122 | 259 | 137 | |
| 1963年(昭和38年)6月22日 | 大橋武夫 | 労働大臣 | 否決 | 118 | 199 | 81 | |
| 1964年(昭和39年)4月28日 | 賀屋興宣 | 法務大臣 | 否決 | 107 | 229 | 122 | |
| 1965年(昭和40年)2月23日 | 椎名悦三郎 | 外務大臣 | 否決 | 148 | 248 | 100 | |
| 1965年(昭和40年)11月10日 | 椎名悦三郎 | 外務大臣 | 否決 | 134 | 159 | 25 | 否決例における最小の票差。 |
| 1965年(昭和40年)11月10日 | 坂田英一 | 農林大臣 | 否決 | 88 | 137 | 49 | |
| 1965年(昭和40年)11月10日 | 福田赳夫 | 大蔵大臣 | 否決 | 126 | 164 | 35 | |
| 1965年(昭和40年)11月10日 | 三木武夫 | 通商産業大臣 | 否決 | 90 | 148 | 58 | |
| 1967年(昭和42年)8月4日 | 坊秀男 | 厚生大臣 | 否決 | 143 | 202 | 59 | |
| 1967年(昭和42年)8月6日 | 藤枝泉介 | 自治大臣 国家公安委員会委員長 |
否決 | 150 | 221 | 71 | |
| 1967年(昭和42年)8月6日 | 水田三喜男 | 大蔵大臣 | 否決 | 124 | 210 | 94 | |
| 1967年(昭和42年)8月7日 | 木村俊夫 | 国務大臣 | 否決 | 112 | 216 | 104 | 補職は内閣官房長官。 |
| 1969年(昭和44年)7月12日 | 斎藤昇 | 厚生大臣 | 否決 | 121 | 180 | 59 | |
| 1969年(昭和44年)7月29日 | 坂田道太 | 文部大臣 | 否決 | 118 | 218 | 100 | |
| 1971年(昭和46年)10月27日 | 福田赳夫 | 外務大臣 | 否決 | 169 | 274 | 105 | |
| 1971年(昭和46年)10月27日 | 田中角栄 | 通商産業大臣 | 否決 | 171 | 280 | 109 | |
| 1973年(昭和48年)9月21日 | 山中貞則 | 防衛庁長官 | 否決 | 161 | 241 | 80 | |
| 1973年(昭和48年)9月21日 | 奥野誠亮 | 文部大臣 | 否決 | 161 | 230 | 69 | |
| 1975年(昭和50年)7月1日 | 福田一 | 自治大臣 | 否決 | 少数 | 多数 | 不明 | 起立採決。他の補職は国家公安委員会委員長・北海道開発庁長官。 |
| 1975年(昭和50年)7月1日 | 大平正芳 | 大蔵大臣 | 否決 | 少数 | 多数 | 不明 | 起立採決。 |
| 1975年(昭和50年)10月25日 | 村上勇 | 郵政大臣 | 否決 | 160 | 222 | 62 | |
| 1975年(昭和50年)10月25日 | 大平正芳 | 大蔵大臣 | 否決 | 160 | 217 | 57 | |
| 1977年(昭和52年)5月11日 | 三原朝雄 | 防衛庁長官 | 否決 | 147 | 232 | 85 | |
| 1977年(昭和52年)5月11日 | 藤田正明 | 総理府総務長官 沖繩開発庁長官 |
否決 | 167 | 228 | 61 | |
| 1987年(昭和62年)4月23日 | 宮澤喜一 | 大蔵大臣 | 否決 | 191 | 282 | 91 | |
| 1997年(平成9年)4月22日 | 近岡理一郎 | 科学技術庁長官 | 否決 | 少数 | 多数 | 不明 | 起立採決。 |
| 1997年(平成9年)11月25日 | 三塚博 | 大蔵大臣 | 否決 | 214 | 259 | 45 | |
| 2002年(平成14年)2月5日 | 武部勤 | 農林水産大臣 | 否決 | 186 | 276 | 90 | |
| 2004年(平成16年)8月5日 | 坂口力 | 厚生労働大臣 | 否決 | 185 | 279 | 92 | |
| 2007年(平成19年)5月31日 | 柳澤伯夫 | 厚生労働大臣 | 否決 | 131 | 333 | 202 | |
| 2010年(平成22年)5月31日 | 赤松広隆 | 農林水産大臣 | 否決 | 141 | 306 | 165 | |
| 2010年(平成22年)11月15日 | 仙谷由人 | 内閣官房長官 | 否決 | 152 | 314 | 162 | |
| 2010年(平成22年)11月15日 | 馬淵澄夫 | 国土交通大臣 | 否決 | 151 | 316 | 165 | |
| 2014年(平成26年)6月20日 | 石原伸晃 | 環境大臣 | 否決 | 142 | 326 | 184 | |
| 2016年(平成28年)11月10日 | 山本有二 | 農林水産大臣 | 否決 | 125 | 323 | 198 | |
| 2016年(平成28年)11月29日 | 塩崎恭久 | 厚生労働大臣 | 否決 | 122 | 338 | 216 | |
| 2017年(平成29年)5月18日 | 金田勝年 | 法務大臣 | 否決 | 125 | 334 | 209 | |
| 2018年(平成30年)5月22日 | 茂木敏充 | 国務大臣 | 否決 | 135 | 320 | 185 | 補職は経済再生担当大臣・経済財政政策担当大臣。 |
| 2018年(平成30年)5月25日 | 加藤勝信 | 厚生労働大臣 | 否決 | 130 | 300 | 170 | 他の補職は拉致問題担当大臣。 |
| 2018年(平成30年)6月15日 | 石井啓一 | 国土交通大臣 | 否決 | 131 | 322 | 191 | 他の補職は水循環政策担当大臣。 |
| 2018年(平成30年)11月27日 | 山下貴司 | 法務大臣 | 否決 | 139 | 309 | 170 | |
| 2019年(平成31年)3月1日 | 根本匠 | 厚生労働大臣 | 否決 | 132 | 317 | 185 | 他の補職は働き方改革担当大臣。 |
| 2019年(令和元年)6月21日 | 麻生太郎 | 財務大臣 | 否決 | 132 | 317 | 185 | 他の補職は金融担当大臣・デフレ脱却担当大臣。 |
| 2020年(令和2年)2月27日 | 森まさこ | 法務大臣 | 否決 | 136 | 319 | 183 | |
| 2021年(令和3年)4月1日 | 武田良太 | 総務大臣 | 否決 | 130 | 322 | 192 | |
| 2023年(令和5年)5月18日 | 鈴木俊一 | 財務大臣 | 否決 | 108 | 343 | 235 | 記名投票における最大の票差。他の補職は金融担当大臣・デフレ脱却担当大臣。 |
| 2023年(令和3年)12月12日 | 松野博一 | 内閣官房長官 | 否決 | 166 | 278 | 112 | 他の補職は拉致問題担当大臣・沖縄基地負担軽減担当大臣 |
- ※太字は不信任決議可決例
- ※役職欄に記載の職名は当該不信任決議案の題名に用いられた表記による(必ずしも法的に正式な表記ではない)。
- ※これらのほかにも、決議案提出後(撤回、会期終了等により)採決に至らなかったものが多数ある。
国会役職者への不信任決議
議会が自ら選任した役員を解任するには国会法など議会法上に特段の定めがある場合を除き許されない[48]。国会法は常任委員長についてのみ解任規定を置いている(国会法第30条の2)。しかし、議会運営を混乱させて責任を明らかにする必要がある場合や誠実に職務を執行せず議会運営が停滞しているとみられる場合には当該役員に対して自ら職を辞するよう不信任決議をなしうる[49](常任委員長に対しても解任が相当とまではいえない場合には不信任決議をなしうる)。不信任決議によって辞任が強制されたりすることはなく決議に拘束力はないが、当該役員は在任の根拠を失うため自らの進退を決する政治的・道義的責任を負うこととなる[48]。国会役職者に対する不信任決議については法的拘束力があるとみる学説も存在するが、1961年6月8日の「衆議院副議長久保田鶴松君不信任決議案」においてはその可決によっても当然に失職とされたわけではなく、同日午後に久保田副議長から清瀬一郎議長宛に辞職願が提出されたのを受け、国会法第30条に基づいて「副議長久保田鶴松君辞職の件」として記名投票による採決が行われた上で辞職が許可されている[50]。
衆議院規則は議員が議長・副議長・仮議長のいずれかの信任又は不信任に関する動議若しくは決議案を発議するときは、理由を附して50人以上の賛成者と連署して議長に提出しなければならないとする(衆議院規則第28条の2第1項・第3項)。発議要件について参議院規則には同旨の規定はないが、同様の重い発議要件を課すべきとされる[48]。
役員の不信任に関する議事は一般の議事に対しては優先して扱われる。議長の不信任決議案が発議された場合、国会法上の「議長に事故がある」ものとして扱われる(昭和53年衆議院先例集66)[51]。そして国会法の規定に従って副議長が議長の職務を行い決議案の採決が行われる(国会法第21条)。
なお、常任委員長に対する解任決議は本会議で「その院の決議をもって」行われ(国会法第30条の2)、常任委員会における不信任決議においてこの規定を援用して委員長を解任することはできない[51](法的拘束力のない不信任決議をなしうるにとどまる)。委員長の信任または不信任動議の議事は、慣例では委員長の指名する委員会理事が代行する[注 2]。
| 本会議採決日 | 議院 | 対象者 | 役職 | 採決 | 可 | 否 | 票差 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1949年(昭和24年)5月31日 | 参議院 | 松嶋喜作 | 副議長 | 否決 | 少数 | 多数 | 不明 | 起立採決。 |
| 1949年(昭和24年)11月30日 | 衆議院 | 岩本信行 | 副議長 | 否決 | 129 | 228 | 99 | |
| 1952年(昭和27年)6月27日 | 参議院 | 佐藤尚武 | 議長 | 否決 | 31 | 171 | 140 | |
| 1952年(昭和27年)7月1日 | 参議院 | 佐藤尚武 | 議長 | 否決 | 28 | 118 | 90 | |
| 1952年(昭和27年)7月31日 | 衆議院 | 岩本信行 | 副議長 | 否決 | 102 | 202 | 100 | |
| 1953年(昭和28年)8月1日 | 衆議院 | 堤康次郎 | 議長 | 否決 | 少数 | 多数 | 不明 | 起立採決。 |
| 1954年(昭和29年)6月5日 | 衆議院 | 堤康次郎 | 議長 | 否決 | 少数 | 多数 | 不明 | 起立採決。 |
| 1956年(昭和31年)5月30日 | 参議院 | 寺尾豊 | 副議長 | 否決 | 68 | 122 | 54 | |
| 1956年(昭和31年)6月2日 | 参議院 | 芥川治 | 事務総長 | 否決 | 49 | 128 | 79 | |
| 1959年(昭和34年)4月3日 | 参議院 | 松野鶴平 | 議長 | 否決 | 65 | 91 | 26 | 参議院における記名投票での最小の票差。 |
| 1959年(昭和34年)12月21日 | 衆議院 | 加藤鐐五郎 | 議長 | 否決 | 116 | 224 | 92 | |
| 1961年(昭和36年)6月8日 | 衆議院 | 清瀬一郎 | 議長 | 否決 | 134 | 223 | 89 | |
| 1961年(昭和36年)6月8日 | 衆議院 | 久保田鶴松 | 副議長 | 可決 | 207 | 150 | 57 | 即日辞任。 |
| 1962年(昭和37年)12月22日 | 参議院 | 重宗雄三 | 議長 | 否決 | 62 | 101 | 39 | |
| 1962年(昭和37年)12月22日 | 参議院 | 重政庸徳 | 副議長 | 否決 | 56 | 105 | 49 | |
| 1963年(昭和38年)6月22日 | 衆議院 | 清瀬一郎 | 議長 | 否決 | 129 | 215 | 86 | |
| 1963年(昭和38年)6月22日 | 衆議院 | 原健三郎 | 副議長 | 否決 | 113 | 178 | 65 | |
| 1963年(昭和38年)6月29日 | 参議院 | 重宗雄三 | 議長 | 否決 | 75 | 110 | 35 | |
| 1965年(昭和40年)5月27日 | 参議院 | 重政庸徳 | 副議長 | 否決 | 56 | 104 | 48 | |
| 1965年(昭和40年)5月27日 | 参議院 | 重宗雄三 | 議長 | 否決 | 56 | 105 | 49 | |
| 1965年(昭和40年)12月3日 | 衆議院 | 田中伊三次 | 議長 | 否決 | 101 | 173 | 72 | |
| 1965年(昭和40年)12月10日 | 参議院 | 重宗雄三 | 議長 | 否決 | 69 | 122 | 53 | |
| 1965年(昭和40年)12月10日 | 参議院 | 河野謙三 | 副議長 | 否決 | 87 | 120 | 33 | |
| 1969年(昭和44年)7月11日 | 衆議院 | 石井光次郎 | 議長 | 否決 | 130 | 187 | 57 | 衆議院における記名投票での否決の最小の票差。 |
| 1969年(昭和44年)7月11日 | 衆議院 | 小平久雄 | 副議長 | 否決 | 146 | 204 | 58 | |
| 1969年(昭和44年)7月26日 | 衆議院 | 松田竹千代 | 議長 | 否決 | 125 | 212 | 87 | |
| 1969年(昭和44年)7月27日 | 衆議院 | 藤枝泉介 | 副議長 | 否決 | 134 | 219 | 85 | |
| 1969年(昭和44年)8月3日 | 参議院 | 安井謙 | 副議長 | 未決 | - | - | - | 議長が大学管理法案の繰上げ採決を行ったため紛糾し未決。 |
| 1970年(昭和45年)1月14日 | 参議院 | 重宗雄三 | 議長 | 否決 | 98 | 128 | 30 | |
| 1971年(昭和46年)11月26日 | 衆議院 | 船田中 | 議長 | 否決 | 101 | 263 | 162 | |
| 1971年(昭和46年)11月26日 | 衆議院 | 荒舩清十郎 | 副議長 | 否決 | 94 | 254 | 160 | |
| 1975年(昭和50年)6月30日 | 参議院 | 河野謙三 | 議長 | 否決 | 少数 | 多数 | 不明 | 起立採決。 |
| 1975年(昭和50年)7月3日 | 参議院 | 前田佳都男 | 副議長 | 否決 | 少数 | 多数 | 不明 | 起立採決。 |
| 1975年(昭和50年)12月12日 | 参議院 | 河野謙三 | 議長 | 否決 | 少数 | 多数 | 不明 | 起立採決。 |
| 1978年(昭和53年)6月14日 | 参議院 | 安井謙 | 議長 | 否決 | 少数 | 多数 | 不明 | 起立採決。 |
| 1982年(昭和57年)7月30日 | 参議院 | 徳永正利 | 議長 | 否決 | 少数 | 多数 | 不明 | 起立採決。 |
| 1983年(昭和58年)11月28日 | 参議院 | 木村睦男 | 議長 | 否決 | 少数 | 多数 | 不明 | 起立採決。 |
| 1992年(平成4年)6月7日 | 参議院 | 長田裕二 | 議長 | 否決 | 少数 | 多数 | 不明 | 起立採決。 |
| 1992年(平成4年)6月13日 | 衆議院 | 櫻内義雄 | 議長 | 否決 | 157 | 326 | 169 | PKO国会。 |
| 1995年(平成7年)6月13日 | 衆議院 | 土井たか子 | 議長 | 否決 | 186 | 298 | 112 | 終戦50年決議の取扱について。 |
| 1995年(平成7年)6月13日 | 衆議院 | 鯨岡兵輔 | 副議長 | 否決 | 184 | 299 | 115 | 終戦50年決議の取扱について。 |
| 1997年(平成9年)12月12日 | 参議院 | 斎藤十朗 | 議長 | 否決 | 96 | 143 | 47 | |
| 1999年(平成11年)8月12日 | 参議院 | 斎藤十朗 | 議長 | 否決 | 92 | 139 | 48 | |
| 2000年(平成12年)10月19日 | 参議院 | 井上裕 | 議長 | 否決 | 96 | 126 | 30 | |
| 2000年(平成12年)11月21日 | 衆議院 | 綿貫民輔 | 議長 | 否決 | 少数 | 多数 | 不明 | 起立採決。 |
| 2002年(平成14年)7月31日 | 参議院 | 倉田寛之 | 議長 | 否決 | 97 | 135 | 38 | |
| 2004年(平成16年)6月5日 | 参議院 | 倉田寛之 | 議長 | 否決 | 20 | 128 | 108 | 参議院における記名投票での最大の票差。 |
| 2004年(平成16年)6月5日 | 参議院 | 川村良典 | 事務総長 | 否決 | 少数[注 3] | 多数 | 不明 | 起立採決。[注 4] |
| 2007年(平成19年)6月20日 | 衆議院 | 河野洋平 | 議長 | 否決 | 118 | 319 | 201 | |
| 2010年(平成22年)2月25日 | 衆議院 | 横路孝弘 | 議長 | 否決 | 115 | 326 | 211 | 衆議院における記名投票での最大の票差。 |
| 2012年(平成24年)8月10日 | 参議院 | 平田健二 | 議長 | 否決 | 42 | 194 | 152 | 参議院における押しボタン式投票での最大の票差。 |
| 2013年(平成25年)6月26日 | 参議院 | 平田健二 | 議長 | 否決 | 100 | 128 | 28 | |
| 2015年(平成27年)9月18日 | 参議院 | 山崎正昭 | 議長 | 否決 | 76 | 148 | 72 | 平和安全法案の取扱について。 |
| 2016年(平成28年)12月14日 | 参議院 | 伊達忠一 | 議長 | 否決 | 72 | 167 | 95 | |
| 2018年(平成30年)7月19日 | 参議院 | 伊達忠一 | 議長 | 否決 | 69 | 154 | 85 | |
| 2022年(令和4年)6月9日 | 衆議院 | 細田博之 | 議長 | 否決 | 105 | 288 | 183 |
- ※太字は不信任決議可決例
| 委員会採決日 | 議院 | 委員会 | 不信任対象者 | 役職 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1948年(昭和23年)12月22日 | 衆議院 | 予算委員会 | 上林山栄吉 | 委員長 | 辞任拒否。 |
| 1994年(平成6年)1月12日 | 参議院 | 政治改革に関する特別委員会 | 本岡昭次 | 委員長 | 即日辞任。 |
| 2007年(平成19年)6月18日 | 衆議院 | 懲罰委員会 | 横光克彦 | 委員長 | 辞任拒否。 |
脚注
注釈
出典
- ^ 『法令用語事典 第八次改定版』 学陽書房、2001年、204頁
- ^ 昭和45年1月10日発行 とす市報177号
- ^ “福岡・太宰府市長を不信任 市議会、全会一致で可決”. アサヒ・コム. 朝日新聞社. (2017年10月27日) 2017年10月27日閲覧。
- ^ 「町長のセクハラ問題、不信任案を可決 群馬・みなかみ」『アサヒ・コム』(朝日新聞社)2018年7月27日。2018年7月27日閲覧。
- ^ セクハラ疑惑の町長が辞職願提出 町議選大敗の責任取る 群馬県みなかみ - 産経ニュース 2018年9月10日
- ^ 【みなかみ町長セクハラ問題】前田善成町長、不信任に対抗し町議会を解散 - 産経ニュース 2018年8月6日
- ^ 「みなかみ町長 自動失職 議会、不信任決議案を可決」『毎日新聞デジタル』(毎日新聞社)2018年9月18日。2018年9月18日閲覧。
- ^ “みなかみ町長 再度不信任で失職”. NHK NEWS WEB 群馬. NHK ONLINE. (2018年9月18日). オリジナルの2018年9月18日時点におけるアーカイブ。 2018年9月18日閲覧。
- ^ Inc, Nikkei (2019年3月19日). “静岡・松崎町長、町議会を解散”. 日本経済新聞. 2025年9月11日閲覧。
- ^ “松崎町議選 町長派が圧勝:静岡:統一地方選2019:中日新聞(CHUNICHI Web)”. 中日新聞 CHUNICHI Web. 2025年9月11日閲覧。
- ^ 「あきる野市長の不信任決議が可決 介護施設の誘致めぐり「議会軽視」」『朝日新聞デジタル』(朝日新聞社)2022年6月17日。2022年6月17日閲覧。
- ^ 「不信任の市長、議会を解散 東京・あきる野」『産経ニュース』(産経デジタル)2021年6月23日。2021年6月23日閲覧。
- ^ “東京・あきる野市長が失職 議会と対立、再び不信任”. 産経新聞. (2022年7月28日) 2022年7月28日閲覧。
- ^ “前あきる野市長の請求棄却 不信任決議巡り東京地裁”. 産経新聞. (2022年5月26日) 2023年5月26日閲覧。
- ^ 「〈詳報〉村議会を解散、村議選へ 村長の不信任 全会一致で可決 日本一小さな村のパワハラ問題 富山・舟橋村」『北國新聞Digital』(北國新聞社)2022年9月16日。2022年9月16日閲覧。
- ^ 舟橋村議会で古越村長の不信任決議案再び可決 失職し選挙へ - NHK NEWS WEB 2022年10月26日
- ^ 「太子町長の不信任決議案、賛成多数で可決町議会解散か失職か、選択へ」『神戸新聞NEXT』(神戸新聞社)2022年9月26日。2022年9月29日閲覧。
- ^ “議会で不信任決議可決の太子町長 失職を選択、出直し町長選に立候補へ”. 神戸新聞. (2022年10月5日) 2022年10月10日閲覧。
- ^ 【更新】出直し太子町長選、前職敗れる 新人の元教育長、沖汐氏が当選 - 神戸新聞NEXT 2022年11月13日
- ^ “大阪府岸和田市議会で不信任決議成立 永野耕平市長はダブル選に含み”. 朝日新聞. (2024年12月21日) 2024年12月21日閲覧。
- ^ “大阪・ 岸和田市長の不信任決議案が可決 性的関係巡る問題”. 毎日新聞. (2024年12月20日) 2024年12月21日閲覧。
- ^ 岸和田市長が市議会を解散 性的関係巡る問題 40日以内に市議選 - 毎日新聞 2024年12月24日
- ^ 自動失職が決まった永野耕平氏 出直し岸和田市長選の出馬に意欲 - 毎日新聞 2025年2月17日
- ^ 岸和田市長選、新顔の佐野氏が初当選 不信任決議受けた前市長ら破る - 朝日新聞 2025年4月6日
- ^ “秋田・鹿角市長が議会を解散、パワハラ発言理由に不信任決議”. 産経新聞. (2025年2月5日) 2025年2月5日閲覧。
- ^ 「お前の退職金をなくしてやる」パワハラ問題の関厚・秋田県鹿角市長が失職…2回目の不信任可決 - 読売新聞 2025年3月21日
- ^ 市長失職に伴う鹿角市長選、笹本氏が初当選 - 秋田魁新報電子版 2025年4月27日
- ^ “沖縄・石垣市長の不信任決議案可決 議会への「虚偽説明」に反発”. 朝日新聞. (2025年6月18日) 2025年6月19日閲覧。
- ^ “沖縄県石垣市の中山市長が自動失職 出直し選出馬「7月2日に最終決定」”. 産経新聞. (2025年6月29日) 2025年6月29日閲覧。
- ^ “沖縄県石垣市長選挙、自民党・公明党推薦の前市長・中山義隆氏が5選…オール沖縄系の「市長ゼロ」続く”. 読売新聞. (2025年8月18日) 2025年8月18日閲覧。
- ^ 静岡 伊東 田久保真紀市長への不信任決議案を全会一致で可決 伊東市議会 - NHK NEWS WEB 2025年9月1日
- ^ 静岡・伊東市長の不信任決議、議会が全会一致で可決…田久保市長は議会解散か失職か選択へ - 読売新聞 2025年9月1日
- ^ 伊東市長不信任決議案、全会一致で可決 「責任は重大で言語道断」 - 毎日新聞 2025年9月1日
- ^ 。学歴詐称問題の田久保真紀・静岡県伊東市長が市議会解散 40日以内に市議選実施へ - 産経ニュース 2025年9月10日
- ^ 失職確定した伊東市の田久保真紀市長、涙で声を詰まらせる場面も…次期市長選は「自身と向き合って決めたい」 - 読売新聞オンライン 2025年10月31日
- ^ 静岡・伊東市長選、元市議の杉本憲也氏が初当選 国民推薦43歳、接戦制す 田久保氏敗北 - 産経ニュース 2025年12月14日
- ^ “【速報】古謝南城市長が失職決定 2度目の不信任決議可決 セクハラ問題発覚から2年”. 琉球新報. (2025年11月17日) 2025年11月17日閲覧。
- ^ “不信任決議受けた熊本・球磨村長が辞職届 村長・村議同日選を検討”. 朝日新聞. (2025年12月16日) 2025年12月16日閲覧。
- ^ “村長も村議も全員不在、熊本・球磨村で異例の事態 「どっちもどっちで村民不在だ」住民ため息”. 西日本新聞. (2025年12月18日) 2025年12月22日閲覧。
- ^ “「出直し」熊本・球磨村長選、大岩氏初当選 不信任受けた前職ら破る”. 朝日新聞. (2026年1月25日) 2026年3月29日閲覧。
- ^ [1]
- ^ “千代田区長の議会解散、地裁が執行停止 区議側は歓迎”. 朝日新聞. (2020年8月8日) 2022年7月28日閲覧。
- ^ “千代田区長が議会解散通知を取り消し 地裁決定受け 「区政停滞させおわび」”. 毎日新聞. (2020年8月11日) 2022年7月28日閲覧。
{{cite news}}: CS1メンテナンス: 先頭の0を省略したymd形式の日付 (カテゴリ) - ^ “前区長の議会解散「違法」 東京地裁、無効確認は却下”. 日本経済新聞. (2021年6月29日) 2022年7月28日閲覧。
- ^ 伊藤正己著 『憲法 第三版』 弘文堂、1995年、523頁
- ^ 松澤浩一著 『議会法』 ぎょうせい、1987年、121頁
- ^ 佐藤功著 『新版 憲法(下)』 有斐閣、1984年、844頁
- ^ a b c 松澤浩一著 『議会法』 ぎょうせい、1987年、265頁
- ^ 松澤浩一著 『議会法』 ぎょうせい、1987年、264-265頁
- ^ 第38回国会 衆議院 本会議 第54号 昭和36年(1961年)6月8日(議事録)
- ^ a b 松澤浩一著 『議会法』 ぎょうせい、1987年、266頁
関連項目
外部リンク
「不信任決議案」の例文・使い方・用例・文例
- 不信任決議案のページへのリンク
