生活賃金
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/09 05:54 UTC 版)
日本において、最低賃金に関する議論はあるものの、アメリカやイギリスのように生活賃金に関する議論は盛んではない。日本でも、労働組合や一部の研究者による生活賃金の試算が2000年代以降に行われている。以下の表にその試算額が、世帯構成別に算出されている。 代表的な生活賃金額のデータは、2003年以降に数年ごとにされている「連合リビングウェイジ」であり、日本労働組合総連合会がさいたま市に居住している場合を想定して、独自に推計したものである。この「連合リビングウェイジ」は春闘の交渉材料に使われているが、世間一般の認知度は低く、遵守する企業は、現時点で皆無に近い。アメリカでは、1990年代の生活賃金運動により、生活賃金に関する独自の条例を設ける自治体があるが、日本ではない。 生活賃金時給額(税・社会保険料含む)単身世帯夫婦世帯ひとり親世帯ふたり親世帯子ども1人子ども2人子ども3人子ども1人子ども2人子ども3人国民生活基礎調査 貧困線(2018) 800 1,131 1,131 1,386 1,600 1,386 1,600 1,789 人事院 生活標準費(2021) 888 1,489 1,489 1,594 1,698 1,594 1,698 1,802 <参考>最低賃金(2021年全国平均加重) 930 930(共働きは1,860) 930 930 930 930(共働きは1,860) 930(共働きは1,860) 930(共働きは1,860) <参考>生活保護(2020) 958 1,401 1,644 2,107 2,556 1,755 2,164 2,509 連合リビングウェッジ(2017) 995 1,437 1,287 1,639 - 1,705 1,972 - 周燕飛BNB(2013-2015) 1,158 2,321 1,584 - - 2,216 2,292 2,395 中澤秀一MB(2015-2017) 1,247 - 1,395(若年者の場合) 904(高齢者の場合) 1,707(高齢者の場合) 1,745 - - - 2,644 - 2,885(30代夫婦の場合)3,029 - 3,317(40代夫婦の場合)3,846 - 4,231(50代夫婦の場合) - 三鷹MIS(2010-2012) 1,578 - 2,411 - - 3,634 - - 注生活賃金受給額は、年間労働時間2080時間の場合である。 国民生活基礎調査、人事院、生活保護、三鷹MISの数値は、産労総合研究所(2020) を参考に、生計費に負担修正係数(0.342)を乗じたものである。 国民生活基礎調査は、2018年における貧困線(新基準)の値である。 人事院の標準生活費は、一般的な生活水準を求めるため、総務省の「家計調査」等で求めた2021年4月の値である。 最低賃金は、2021年10月改定の全国平均加重(時給額) 生活保護は、2020年10月に改定された生活扶助基準額であり、2020年にさいたま市で受給した場合を想定している。なお、家賃は住宅扶助基準額(最大額)で、小中学生の教育費は教育扶助費は基準額と学習支援費(最大額)、高校生は技能修得費(高等学校基本額)と学習支援費(最大額)で試算している。また、小中高生の教育費には教材代・学校給食費・通学交通費・高等学校授業料は含まれていない。 連合リビング・ウェッジは、さいたま市在住の場合を想定した2017年6月時点における生活費である。 周燕飛BNB(2013-2015)は、単身世帯は、ゆうちょ財団「くらしと生活設計に関する調査 2013、2014」 により、それ以外の世帯はゆうちょ財団「家計と貯蓄に関する調査 2013、2015」 より算出した生活費である。 中澤秀一MB(2015-2017)は、新潟県新潟市・愛知県名古屋市・静岡県静岡市(2015年度)、北海道札幌市・東北6県(いずれも県庁所在地)、埼玉県さいたま市(2016年度)、福岡県福岡市(2017年度)、長崎県大村市(2009年度調査に2016年にかけての消費者物価指数により補正)のそれぞれの地域で在住した場合を想定した生活費である。 三鷹MISは、三鷹市に在住している場合を想定し、単身者と子供は2010年10月 - 2011年2月の間、親は2011年8月 - 2012年3月に間における生活費である。 出典国民生活基礎調査 貧困線(2018) 人事院 生活標準費(2021) 最低賃金(2021年全国平均加重) 生活保護(2020) 連合リビングウェッジ(2017) 周燕飛BNB(2013-2015) 中澤秀一MB(2015-2017) 三鷹MIS(2010-2012) 上記の表にある試算額は、単身者だけでも、781 - 1,578円と約2倍の差が出ている。これは、主に試算する方式による違いである。「貧困線基準」では 781円、人事院「標準生計費基準」では923円となっている。マーケット・バスケット方式で試算した連合リビングウェッジは954円、中澤秀一MBの場合は1,247 - 1,395円、必需品予算(BNB)基準によって試算した周燕飛BNBは1,158円となり、MIS方式を取る三鷹MISの試算額がもっとも高く1,578円であった。それぞれの方式には、以下のような違いがある。 貧困線基準 「貧困線基準」は、シンプルで、恣意的な解釈の余地の少ない基準である。 国民生活基礎調査の場合、等価可処分所得(「実収入」から「非消費支出」を差し引いた額で、いわゆる手取り収入。賃金などの就労所得、資産運用や貯蓄利子などの財産所得、親族や知人などからの仕送り等。公的年金、生活保護、失業給付金、児童扶養手当てなどその他の現金給付を算入する。更に、世帯人員の平方根で割って調整している)の中央値の半分の値である。 人事院標準生活費の場合、算出のベースは、実態生計費である「家計調査」の最も多い階層の生活水準を基準としている。 そのため、両方の貧困線基準が、健康で文化的な生活水準であるか否かの検証は全く行われていない。 更に、「貧困線基準」で算出される生活賃金は、概ね控えめの金額となっており、標準的な消費水準を賄える保証がないので、生活賃金の運動家や研究者の間では、批判的な意見が多い。 必需品予算(BNB)基準 「貧困線基準」に対する上記の批判を意識して、Renwick and Bergmann(1993)が「必需品予算(BNB)基準」を提案している。「BNB 基準」の下では、一般家庭の標準的な消費額を調べた上で、生活賃金の水準が設定されている。 具体的にはアメリカの例であるが、まず、労働統計局の調査を元に、食費や住居費などの生活にかかる費用を集計する。次に、低所得世帯向けの公的福祉給付(住宅補助、フードスタンプ等)の評価額を調整した上、税金・社会保険料を含んだ生活賃金額を算出する。 マーケット・バスケット方式(自給自足基準) マーケット・バスケット方式には、「全ての生活費を、福祉や貯金、私的な不労所得で賄わず、労働によって得られた賃金のみで賄う」という前提が置かれている。 具体的には、一般家庭に最低限必要な物やサービスを、消費する量を仮定して、それぞれの市場価格を調べる。それらを個々に積み上げていき合計した生活費(月額または年額)を「生活賃金」の算定ベースとする。 この方式により算出された生活賃金額は、算定基準や費目の設定範囲に大きく左右される側面がある。そのため、「マーケット・バスケット方式」では、「貧困線基準」と「BNB基準」での推計値よりも高くなる傾向がある。 MIS(Minimum Income Standard:最低所得水準) 最低生活に必要なモノ・経費をひとつひとつ積み上げる方式は、基本的にはマーケット・バスケット方式同じであるが、最低生活の中身について、専門家ではなく(属性が近い)一般市民に決断を委ねる。 最低限必要な物・サービスを普及率など一般市民の行動を参照するのではなく、一般市民により議論して合意形成して決めていく。議論を複数回行うことにより一般市民の常識(common sense)に近づけることができる。 生活賃金の推計値は、決定方式の違いや考え方により大きな差が出来てしまい、もはや一種の「政治的判断」となっている。「連合リビングウェイジ 2017」では、最も低く、かつ現状の最低賃金額に最も近い単身世帯の推定最低生活費を用いて、都道府県別生活賃金額を提示している。もし単身世帯よりも高い推定最低生活費を提示してしまえば、最低賃金額と、世帯によっては2倍以上差のある推定生活賃金額の乖離が大きく、企業側は、その高さを理由に拒否される可能性が高いため、企業との賃金交渉に使いやすい単身世帯の推計値が用いられたと考えられる。なお、アメリカでは、共働きの4人世帯を前提とした生活賃金を用いて労働問題を提起する。 更に、上記の表では年間労働時間を2,080時間で想定した上で生活賃金時給額を算出しているが、静岡県立大学短期大学部の中澤秀一は、憲法25条の「健康で文化的な最低限度の生活」の観点から、ワーク・ライフ・バランスが保たれると考えられる年間労働時間1,800時間を想定した上で、生活賃金時給額を算出している。その場合、一人暮らしの若者の生活賃金時給額は1,441 - 1,613円となる。その為中澤秀一は、最低賃金は時給1,500円必要であり、現行の最低賃金額では低すぎているため、大幅な引き上げを主張している。 また、前述には、最低賃金は生活保護に係る施策との整合性に配慮するようになっているが、上記の生活保護の方が高くなっている。これは、住宅扶助が、上記の表では最大額であるのにたいして、厚生労働省の方では前年度の実績値で生活保護と最低賃金との差について試算していること、そして、税・社会保険料を考慮した可処分所得の総所得に対する比率が、産労総合研究所の値では、0.745に対して、厚生労働省の方では0.817として試算しているからである。そのため、住宅扶助の実績値と税・社会保険料を考慮した可処分所得の総所得に対する比率0.817で試算することで、どの都道府県も最低賃金よりも生活保護の方が下回るようになっている。
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