財政ポピュリズム
財政ポピュリズム(ざいせいぽぴゅりずむ、英:Fiscal populism)は、とは、経済合理性や財政的持続可能性よりも、短期的利益・政権維持や政権獲得といった政治的利益を優先した放漫財政政策や政策案を指す用語である。具体的には、インフレ下においては金利の引き上げ(利上げ)や増税といった財政引き締めが経済学の常識であるのにも関わらず、それに反して減税や給付という実際にはインフレ促進政策を行うことで経済学を知らない有権者層の支持を得ようとする政策がこれに該当する[1][2][3][4][5][6][7][8][9][10][11]。
定義
アメリカのミネアポリス連邦準備銀行の論文 "On the Economics of Fiscal Populism in an Open Economy"によると、「財政ポピュリズム(fiscal populism)」という用語は、持続不可能な放漫財政運営と定義している[1]。経済学者ルイス・カルロス・ブレッーセール=ペレイラは、財政ポピュリズムを「短期的な経済成長や政治的利益を目的として、長期的な持続可能性を無視して政府支出を拡大し、財政赤字を増やす政策」と定義している[11]。
財政ポピュリズムの結末
経済学者ブレッーセールは、財政ポピュリズム政策は短期的には社会的支持や景気刺激をもたらすものの、最終的には公的債務の増加、インフレ、通貨の過大評価(currency overvaluation)、経常収支の悪化などを引き起こし、最終的にはマクロ経済の不安定化や危機を招くと指摘した。彼は、財政ポピュリズムが為替ポピュリズムと連動することが多いと説明している。為替ポピュリズムとは、インフレ抑制や輸入コスト削減のために通貨を意図的に過大評価に誘導する政策であり、これにより自国の輸出競争力が損なわれる状況を招く。この2つのポピュリズムが組み合わさると、「双子の赤字」(財政赤字と経常赤字)に繋がり、外的ショックや経済危機への脆弱性が高まる。こうしたリスクを回避するために、ブレッーセールは、財政規律の維持、過大評価されていない競争力ある為替レートの確保、短期的な社会的ニーズと長期的な経済的持続可能性を両立させる政策の必要性を強調している[11]。
財政ポピュリズムと慢性インフレの負のサイクル
2025年5月の日本経済新聞に掲載された「公明党・斉藤鉄夫代表、消費税『食料品5%が一案』恒久化を主張」記事において、政治学者の竹中治堅教授は日本の政治家らの動向を批判的に分析している。竹中は、野党が財政ポピュリズム政策を強く訴える中で、自民党の一部や公明党という与党側がそれに引きずられる構図が生まれていると指摘している。こうした財政ポピュリズム政策は、国内外の日本株式や日本国債の投資家に対し、日本の財政健全化への姿勢に疑念を抱かせ、通貨や国債の信認を損なうことで、円安加速と国債価格暴落を招き、輸入物価の上昇を通じてさらなるインフレを引き起こす。竹中は2025年5月18日に政治研究者としての立場から、南米諸国がなぜ恒久的に高インフレに苦しんでおり、インフレ制御に失敗し続けてきたのかについて、長年にわたり疑問を抱いてきたと述べている。しかし、長らく続いたデフレからようやく軽度のインフレ局面へと移行した2025年の日本において、「物価高騰に対する対応」として財政ポピュリズム的な政策が台頭する様子を目の当たりにし、「放漫財政 → 財政赤字 → 通貨安 → 物価高 → 財政出動政策による「物価対策」 →財政状況悪化 → 更なる通貨安 → インフレ → 更なる物価対策」といった悪循環を南米諸国が繰り返されてきたのだと理解したと述べている。日本の政治家たちが、「物価高対策」として、減税や給付といった物価高を悪化させるだけの財政出動を求める姿に接し、南米型の慢性インフレメカニズムと類似していることを指摘した[12]。
実例
日本
- 戦後日本に影響を与えた財政ポピュリズムとして、受益者負担の低過ぎる高福祉政策がある。特に、経済合理性や財政の持続可能性に反し、赤字国債を拡大させ、世代間格差を大規模化させた「高齢者向け社会保障制度」が挙げられる。特に、シルバー民主主義と呼ばれるように人口比で政治的影響力が強くなった高齢者層に対し、年金・医療などの社会保障給付が過度に手厚い政策が展開されてきた。これらの政策開始期は、高齢者世代がまだ少数派かつ不健康な長寿も少なかった時代であり、現役世代の多くが高齢者医療費無償化反対派の唱えた「持続可能性」に無理解であったことから、広く支持を集めることになった。象徴的な事例が、1967年に東京都の美濃部亮吉都政および秋田県小畑勇二郎県政で始まった「高齢者医療費の無償化」である。この政策は、社共共闘派・革新自治体が「高齢者は医療費無償化」を掲げ、他の自治体にも急速に波及した。日本政府・自民党は財政的持続性の無さから反対派であったが、地方選挙を中心に選挙で苦戦を強いられることになった。そして、無償化未実施県はわずか2県まで追い込まれた1973年に、田中角栄内閣によって70歳以上を対象とした全国一律の高齢者医療費無償化制度が導入された。その後も政策の経済的持続性に対する懸念は強まったが、制度開始以降、高齢者が有権者全体に占める割合が年々上昇し、次第に選挙結果への影響力を強めたことで、政治家は大票田である高齢者層に逆らえなくなり、低負担高福祉制度の見直しや世代間格差の縮小は政治的に困難なものとなっていった。このように、当初は多数派を占めていた現役世代(当時)による同情的世論に支えられた高齢者優遇政策が、後には高齢者人口の増加で選挙における高齢者票の重要性が激増したことによって優遇構造が固定化され、将来世代(いわゆる0票世代)への財政的負担や少子高齢化促進を継続的に拡大させる結果となっている[13]。
- 公明党は、支持母体である創価学会の構成員を中心である低所得者や高齢者の現世的利益を優先し、消費税引き上げ時の軽減税率導入や、コロナ禍や物価高騰時の各種給付金支給などの財政ポピュリズム政策を連立政権を組む自民党に実現させてきた。大阪公立大学人権問題研究センター特別研究員の水野博達によると、公明党の財政ポピュリズム施策は「平和の党」という党是と矛盾する、自民党の安保政策転換や防衛費増額に対する黙認や容認と引き換えであったとされ、将来の財政よりも支持基盤の現世利益を優先する政治姿勢が批判されている[14]。
- 2009年に成立した民主党政権は、国民受けを狙った減税政策などを数多く盛り込んだマニフェストを作成し、政権を獲得した。しかし実際に政権を担当すると、「事業仕分けで埋蔵金を確保する」としていた財源では全く足りず、多くの政策は財源の確保ができずに撤回を余儀なくされた[15]当時の官房長官などを務めた枝野幸男は、後に財源の裏付けがないマニフェストを掲げたことを民主党]政権の反省点とし、これを教訓として政策への財源確保を重視する姿勢を示した[16]
- 日本経済新聞によると、日本で財政ポピュリズムの背景には、高齢者に偏っていて世代間格差のある社会保障制度への不満などがある[17]。 2025年1月時点の日本ではトラスショック (後述)の実例があるのにも関わらず、「減税すれば結果として税収増になるから新たな財源は必要ない」という言説が蔓延り、財源の裏付けなしに大規模な減税を求める「財政ポピュリズム」が吹き荒れ、無批判に受け入れられている向きがある[18]。2024年10月27日の第50回衆議院議員総選挙においては、赤字国債以外の財源を示さず消費税を5%に引き下げ、103万円の壁の178万円への引き上げを求める国民民主党[19][20][21][22][23]、消費税廃止を訴えるれいわ新選組の2つの財政ポピュリズム政党が躍進した[22]。国民民主党の財政政策は、短期的には個人の財布の中身が一時的に増えるものの、将来世代や現役世代的な間には生涯で得られる利益や恩恵より、損失の方が大きくなる施策である。れいわ新選組の財政政策については実現不可能な究極の「財政ポピュリズム」と指摘されている[14]。2025年5月に衆院会派「有志の会」の緒方林太郎議員が財政ポピュリズムを批判した質問に対して、石破茂総理大臣は「全く同様の認識だ」と述べた。経済対策の財源を赤字国債発行で賄うべきだとする主張する人々に対して「金利のある世界を甘く見ていないか。低金利やゼロ金利の時代が続いたので、感性が鈍くなってしまったのではないか」と述べた[23]。
インド
2024年インド総選挙において、ナレンドラ・モディ首相率いる与党・インド人民党(BJP)が予想を下回る議席数にとどまったことを受け、インド政府が財政ポピュリズム的な財政政策へ変更してしまう懸念が市場で高まったと報じられた。Bloombergによると、モディ政権はこれまで10年間にわたり財政規律を重視してきた国家運営をしていきが、インド議会の単独過半数を失ったことにより、連立政権の維持のために財政支出の拡大させ、赤字削減や政府債務の抑制といった従来の財政規律を守る方針が後退する可能性があると債券投資家は懸念している。実際に、選挙結果の判明直後にはインド株式市場が4年ぶりの大幅下落となり、インド国債利回りの急上昇や通貨ルピーの下落など、金融市場が動揺が起きた。ICICIプルデンシャル資産運用会社は、選挙結果を受けて、将来的に財政ポピュリスト的な予算が組まれる可能性を理由に、「10年物インド国債」への投資ポジションを見直す判断を行った[24]。
アルゼンチン
ベネズエラ
ギリシャ
イギリス
冷戦期の過剰福祉時代
トラス・ショック
- 2022年に発足した保守党のリズ・トラス政権は歳出拡大や減税などの財源の裏付けがない大型減税を表明した。英国財政が一段と悪化し、歴史的な物価高に歯止めが利かなくなるとの懸念より、英国通貨(ポンド安)・英国株式(下落)、英国国債(金利上昇)が同時に売られる異例の「トリプル安」という急落を招いた。この事例はトラス・ショック と呼ばれる[25][26]。これによりトラス政権は僅か1か月で退陣に追い込まれ2025年現在、イギリスで最も早く辞職した首相でもある、保守党自体も辞任後初めて行われた総選挙で歴史的惨敗となり、10年ぶりに労働党に政権を明け渡すこととなった。
主な財政ポピュリスト
財政ポピュリズム政党
人物
関連項目
- 現代貨幣理論 (MMT)
- 財政錯覚 - 国債や公債の発行による将来の税負担(デメリット)を人々が認識せず、デメリットがないと錯覚すること
- ポピュリズムの一覧 - ポピュリズム- 左派ポピュリズム/右派ポピュリズム
- 政治イデオロギーの一覧
- 財政-積極財政/緊縮財政
- 財政民主主義 - 国の財政を運用する際に、国民の代表機関である議会の議決が不可欠であるという考え方
- 日本の財政 - 日本の財政問題
- 財政保守主義 - 財政規律
- 反緊縮運動
脚注
出典
- ^ a b On the Economics of Fiscal Populism in an Open Economy Federal Reserve Bank of Minneapolis Federal Reserve Bank of Minneapolis
- ^ “Fiscal 2025 Tax System Revision: The “¥1.03 Million Wall” and Fiscal Populism” (英語). nippon.com (2025年2月6日). 2025年5月14日閲覧。
- ^ “Fiscal Populism: a Shortcut to Nowhere | IE Insights” (英語) (2021年5月19日). 2025年5月14日閲覧。
- ^ Unda-Gutierrez, Monica (2024-12-27). “Electoral Democracy and Local Finances: Fiscal Populism in Mexico” (英語). Urban Affairs Review: 10780874241306423. doi:10.1177/10780874241306423. ISSN 1078-0874 .
- ^ Ban, Cornel (2024) (English), National-neoliberal Fiscal Populism in Romania, Routledge, pp. 214–232 2025年5月14日閲覧。
- ^ “fiscal populism | Economic and Political Weekly”. www.epw.in. 2025年5月14日閲覧。
- ^ Benhabib, Jess; Velasco, Andres (1994). “On the Economics of Fiscal Populism in an Open Economy” (英語). Working Papers .
- ^ https://www.criser.jp/files/2023/32_report_zaiseipopulism_2021.07.15.pdf
- ^ https://hosei.ecats-library.jp/da/repository/00030480/hougaku_120_2_p1.pdf
- ^ https://www.business-standard.com/markets/news/bond-investors-worried-as-weak-modi-victory-fans-fiscal-populism-fears-124060500145_1.html
- ^ a b c https://www.bresserpereira.org.br/papers/2007/07.08.PolEconomyGlobalEcDisgovernance.i.pdf
- ^ 公明党・斉藤鉄夫代表、消費税「食料品5%が一案」 恒久化を主張 日本経済新聞 2025年5月18日
- ^ 「老人支配国家 日本の危機」p42,エマニュエル・トッド,2021年
- ^ a b “「時代の転換を読む(上)」大阪公立大学人権問題研究センター特別研究員 水野 博達 | 特集/”. gendainoriron.jp. 2025年5月14日閲覧。
- ^ a b “民主党時代の経済・財政政策(3) ポピュリズムと財政赤字 | 公益社団法人 日本経済研究センター”. www.jcer.or.jp. 2025年2月23日閲覧。
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- ^ “「まるでギャンブル」の衆参ダブル選挙案…いまの自民党・石破政権に広がる“意外な空気感” 「大連立」の仕掛け人にあがった思わぬ名前 (3ページ目)”. PRESIDENT Online(プレジデントオンライン) (2025年1月10日). 2025年5月14日閲覧。
- ^ “2025年度税制改正:「103万円の壁」と財政ポピュリズム―大きなビジョンで議論を(nippon.com)”. Yahoo!ニュース. 2025年2月23日閲覧。
- ^ “令和7年度税制改正(103万円の壁問題)の評価 財政ポピュリズムをどう防ぐか—連載コラム「税の交差点」第125回 | 研究プログラム”. 東京財団政策研究所. 2025年2月23日閲覧。
- ^ “(時時刻刻)譲歩重ね、維新取り込み 合意文書案、社会保障費削減「4兆円念頭」:朝日新聞”. 朝日新聞 (2025年2月22日). 2025年2月23日閲覧。
- ^ a b c d “「103万円の壁」は給付付き税額控除で”. 日本経済新聞 (2024年11月8日). 2025年2月23日閲覧。
- ^ a b 共同通信 (2025年5月12日). “首相、赤字国債発行に苦言 「感性鈍っている」 | 共同通信”. 共同通信. 2025年5月14日閲覧。
- ^ https://www.business-standard.com/markets/news/bond-investors-worried-as-weak-modi-victory-fans-fiscal-populism-fears-124060500145_1.html
- ^ “財源置き去り、石破政権が次々譲歩 識者「財政ポピュリズムの様相」:朝日新聞”. 朝日新聞 (2025年2月21日). 2025年2月23日閲覧。
- ^ “岸田政権、英国の失敗から学べるか 借金大国、減税にリスク 「トラスショック」1年【けいざい百景】:時事ドットコム”. 時事ドットコム. 2025年2月23日閲覧。
- ^ “【書評】『検証 大阪維新の会』 その政策の本質は“公共の利益よりも個人の利益” 財政ポピュリズムが行き着く先”. NEWSポストセブン. 2025年5月18日閲覧。
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