れき‐てい【歴程】
れきてい【歴程】
歴程
歴程
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/02/08 01:10 UTC 版)
2012年7月13日:Mixed Media LabsはApp.netを広告無しのソーシャル・ネットワーキングプラットフォームにリニューアルすることを発表した。サービス創設時には、そのために必要な50万ドルを集めるためクラウドファンディングを始め、更に1万人の賛同者を集めることを第一の目標としていた。その後App.netは自身のウェブクライアントを公開し、それが功を奏してか以後賛同者増加のペースは速まり2012年8月13日にはMixed Media Labsは少なくとも75万ドルと1万1千人以上の後援者を集めることに成功し目標を達成した。 2012年9月1日:アノテーションの実装。これはクライアントアプリケーションが投稿に任意のメタデータを添付できるようにするもので、App.netの基盤を構築するための複雑な機能の実装を可能にすることを目的としている。 2012年10月1日:サードパーティーアプリケーション開発奨励プログラム(インセンティブプログラム)を開始。計2万ドルを毎月の共同出資としてアプリケーション使用率やユーザーからのフィードバックに基づき参加開発者へ分配している。 2012年11月29日:ユーザーがApp.netに友人を招待することができる招待プログラムを開始。ユーザーはApp.netを友人に試用させるために招待することができ、被招待者が招待を受諾してクレジットカード番号を登録すれば1ヶ月間サービスを無料で利用することができた。 2012年12月13日:プライベートメッセージAPIの実装。これよってTwitterのダイレクトメッセージに相当する機能の使用が可能になった。 2012年12月18日:App.net公式ウェブクライアント「Alpha」でストリームマーカー機能を実装及び関連APIの発表。これによって、「Alpha」や他のサードパーティーアプリケーションでの“My Stream”閲覧時に、前回までの既読位置から未読の投稿を順番に閲覧することができるようになった。また、ストリームマーカー(既読位置)はクライアントアプリケーションによって各アカウントに随時記録されるため、全てのクライアントアプリケーションで常に最終既読位置から閲覧することが可能である。 2012年12月19日:招待状を受け取った者はクレジットカード番号を登録することなく無料トライアルアカウントを作成することができるようになった。 2013年1月28日:ファイルAPIの実装。これによってユーザーは独自のストレージを持つことができるようになった。 2013年2月25日:フリーミアムプログラムの発表。これまで試用ユーザーとしていたものをフリーミアムユーザーとして再定義。 2013年3月13日:App.netアカウントの認証プロセス(ログイン)に二段階認証機能を実装。 2013年4月29日:App.netアカウントに個人及び法人が所有するドメインを認証・関連付けることができるようになった。 2013年5月8日:App.netスターターアプリケーション「Passport for iOS」が発表・公開された。 2013年5月17日:優良写真をApp.net Blogで紹介するサービスを開始。 2013年9月4日:App.netスターターアプリケーション「Passport for Android」が発表・公開された。 2014年5月6日:メンテナンスモードに入る。 2017年1月12日:2017年3月14日を持ってサービスを終了するという告知。 2017年3月14日:サービス終了予定
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歴程
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三兄弟の地下墓の入口左: 1920年の堆積物に塞がれた入口右: 1988年当時の地下入口 三兄弟の地下墓は、1895年にムンタル山 (Jebel Muntar 〈Ra's al Muntar〉) の麓より発見された。周辺からはおよそ10基の地下墓が認められている。独立後、三兄弟の地下墓は1947年にシリア考古局によって修復されたが、古くからすでに盗掘されており、彫像の頭部などが奪われていた。その後、1980年に世界遺産として登録された「パルミラの遺跡」の構成要素の1つとされた。 2004-2009年には、壁画の状態を評価するための分析調査が、シリア文化財博物館総局(英語版) (DGAM) によってなされている。しかし、2015-2016年にパルミラを占拠したISIL (IS) の軍事基地として使用された際、墓室内には兵士が居留可能なようにキッチンや寝床が作られ、ブロック壁が仕切りに増築されて、さらにパルミラの地下墓唯一である壁画も、塗料のような白い物質によって塗り潰されていた。
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歴程
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エラベールの塔墓(1920-1933年)左: 1階墓室内 右: 塔墓の正面 1933年からフランス調査隊により墓の谷(英語版)墓地の発掘調査が5年にわたってなされ、多くはすでに盗掘されていたが、塔墓からの遺物として織物類も出土し、エラベールの塔墓を含む3基の大型塔墓からは、漢代の中国製絹織物の断片が発見された。絹織物は遺体の外側を包んで装飾するために、ほかの毛織物とともに使用されたものであった。これらの調査・分析の報告として、フランスの専門家R・ファステル (Rudolf Pfister) が、1934年、1937年、1940年の『パルミラの織物』の刊行により発表した。 エラベールの塔墓は、墓の谷の北側斜面の麓に位置していたが、2015年8月末頃、パルミラを占拠していたISIL (IS) が、エラベールの塔墓を含む保存状態の良い3基の塔墓を爆破したと報じられた。衛星画像により、8月27日から9月2日までの間に、エラベールの塔墓のほか3基の塔墓が破壊されたことが確認され、それ以前の塔墓の破壊も複数認められた。爆破された塔墓の修復は非常に困難であるとされ、残された塔墓に保存状態の良いものもあることから、事態を未来に伝えるために爆破された塔墓はその状態のまま保存すべきであるとも唱えられる。
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