豊田スタジアム 豊田スタジアムの概要

豊田スタジアム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2015/04/09 14:55 UTC 版)

豊田スタジアム
"TOYOTA Stadium"
豊田スタジアム
豊田スタジアムの位置(愛知県内)
豊田スタジアム
施設情報
所在地 日本の旗愛知県豊田市千石町7-2[1]
位置 北緯35度5分4.28秒
東経137度10分15.41秒
座標: 北緯35度5分4.28秒 東経137度10分15.41秒
起工 1998年12月[1]
開場 2001年7月21日[1]
(竣工は2001年6月25日)[1][2]
所有者 豊田市
運用者 株式会社豊田スタジアム
グラウンド 141m × 88m[1]
ピッチサイズ 115m x 78m(天然芝)[1]
大型映像装置 可動式アストロビジョン1基
建設費 約340億円(公園整備費含)[2]
設計者 豊田市中央公園推進室[2]
黒川紀章建築都市設計事務所[2]
アラップジャパン[2]
建築設備設計研究所[2]
建設者 大成建設清水建設矢作建設工業・太啓建設・豊田総建・三栄工業JV[2]
使用チーム、大会
名古屋グランパスJリーグ
トヨタ自動車ヴェルブリッツラグビー・トップリーグ
豊田自動織機シャトルズ(ラグビー・トップリーグ)
FIFAクラブワールドカップ[3](2005〜2008年、2011年〜2012年)
収容能力
45,000席[1]
アクセス
#アクセスを参照。

概要

株式会社豊田スタジアム
Toyota Stadium Corporation
種類 株式会社
本社所在地 471-0016
愛知県豊田市千石町7-2
設立 2000年9月25日
業種 サービス業
事業内容 豊田スタジアムの運営他
資本金 1億円[1]
主要株主 豊田市[4]
トヨタ自動車[4]
デンソー[4]
中部電力[4]
外部リンク http://www.toyota-stadium.co.jp
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豊田市が市制50周年記念事業の一環として整備を進めたスタジアムで、設計は建築家黒川紀章が行った。なお、2015年完成予定のガスプロム・アリーナロシアサンクトペテルブルク)は黒川の設計であり、デザインは豊田スタジアムとほぼ同一である。[要出典]ジャパンラグビートップリーグトヨタ自動車ヴェルブリッツのホームスタジアムとなっている。また、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)の名古屋グランパスも、開場以来ホームゲームを開催しており、2012年シーズンよりホームタウンを「名古屋市」から「名古屋市・豊田市・みよし市を中心とした愛知県全県」へ変更したのと同時に、ホームスタジアムの一つに登録されている[5]。また毎年8月には豊田国際ユースサッカー大会が行なわれている。

2002 FIFAワールドカップの候補地となったが、落選。2019年ラグビーワールドカップの会場に選ばれた[6] 。また、トヨタ自動車がオフィシャルスポンサーを務めるFIFAクラブワールドカップでは、日本での大会において開催会場の1つとして選ばれている。

スタジアムの「10番ゲート」はグランパスのOBで、元監督のドラガン・ストイコビッチの功績を称え『ピクシー・ゲート』と名付けられている(ピクシーは、ストイコビッチの愛称、10番は代表でもグランパスでも彼の不動の背番号であった)。現在も彼のガッツポーズをモチーフにした装飾と、「PIXY GATE」と書かれたゲート看板が残されている。なお、ストイコビッチがこのスタジアムでプレーしたのは開場直後に行なわれた引退記念試合の1試合のみである。

名称については「豊田市に所在するスタジアム」という意味であり[要出典]トヨタ自動車及びグループ各社の命名権によるものではない。

なお、アウェー側サイドスタンドとバックスタンドの4階席部分に「TOYOTA」の文字が刻まれているほか、トヨタグループの企業によるスポンサー看板も多く設置されている。また、2005年9月にメインスタンド1階コンコースに「スタジアムギャラリー」がオープン。

球技専用スタジアムのため陸上競技用トラックは存在しないが、市民マラソン大会である豊田マラソン[7]や豊スタナイトリレーマラソンの会場となる等、市民を対象とした陸上競技イベントも年に数回開催されている。

2008年1月6日、スタジアム内のプール施設において、天井が落下する事故が発生。

2009年には本スタジアムで使用する天然芝の農地が豊田市内に作られた[8]競技場の芝を地産地消で賄うのは日本で初めての試みであるという。[要出典]

開閉屋根について

同スタジアムには可動席屋根を備えている。この屋根は天幕(テント)式のものであるが、国土交通省の規定により、毎秒10m以上の風速が記録された場合は天井からの落下物が発生する恐れがあるため、屋根を動かすことができないとして、実際2014年8月9日の名古屋グランパス対鹿島アントラーズの試合では屋根を開けた状態で施行[9]した事例がある。

また2007年11月、屋根の開閉部分に故障が見つかり、修理に10ヶ月の期間を要すると発表された。これにより修理が完了するまで天候の状況に関わらず屋根が開かれた状況でイベントが行われた事もあった。

2015年度以降は、原則として屋根を開けたままとすることとなった[10]。これは屋根の修繕費や維持費が、2032年度までに約109億円がかかるとしており、2015年度からは経費削減の一環として屋根を原則開けるとしており、開閉屋根の撤去も検討しているとされている[11]

建設経緯

サッカーW杯開催地へ立候補

愛知県では、1989年戦前から県内ではサッカーどころで知られる刈谷市[要出典]が5万人収容で国際規格のサッカースタジアムの建設を計画していた[12]。また、同時期に2002年に開催予定のFIFAワールドカップ(W杯)を日本に誘致する計画が浮上し、愛知県でも開催地を誘致する動きが活発化した。愛知県内では、1992年7月13日に刈谷市が正式に誘致を表明した[13]

名古屋市でも誘致の検討がはじまり、1993年1月14日に立候補を表明した[14]。立候補時は瑞穂公園陸上競技場の増築によって賄う計画で、同年7月25日にはスタンドを2層構造とするなどの具体案が発表されたが[15]

  1. 増築に伴う近隣住宅の立退き費用が多額であること。
  2. 増築そのものが消防法に抵触する可能性がある。

という2点の問題や狭い敷地のために周辺が人であふれかえることなどに日本サッカー協会が難色を示したため、計画の実現性が低いと判断され、1994年5月9日に瑞穂案の断念が発表された[16]

続いて、名古屋市南部の大高緑地公園に10万人収容のサッカー専用スタジアム構想を立ち上げ、「決勝戦も可能」と謳うが、環境保護団体と地域住民の猛烈な反発にあい、計画段階で断念。

さらにナゴヤドーム[17]内に天然芝を敷き詰めて開催する案を提出するものの、組織委員会から一蹴され[要出典]、打つ手をなくした名古屋市としては条件を満たすスタジアムの設置が不可能と判断し、立候補を取り消す事態に発展した。

一方、豊田市では1993年12月の市議会で加藤正一市長がW杯誘致に意欲を見せた。1994年10月24日には、豊田市体育協会・連合愛知豊田地域協議会・豊田商工会議所の代表が、同年8月から10月にかけて集めたサッカー場を建設を求める254,899人の署名を豊田市長・市議長に手渡した[18]

W杯誘致では、名古屋市の撤退が発表された後、日本サッカー協会から「日本有数の大都市圏で試合が無いのは問題である。」との意見が入り、1995年1月25日、愛知県が立候補を発表。同年2月9日に日本サッカー協会理事会で承認された[19]。名古屋市の立候補により表立った活動をしてこなかった刈谷市と豊田市の2市が立候補に名乗りを上げ、熾烈な誘致合戦を行った。

1995年4月12日、愛知県サッカー協会の審査の結果、交通の便や市民の熱意は刈谷市が上回るものの、

  1. 市の財政力が高い
  2. すでにスタジアム構想が立ち上がっていることで、土地収用等の時間が短縮できスタジアムの建設が容易

との理由で「愛知県」枠は豊田市となった。

1995年夏に豊田市の新聞『矢作新報』が市民千人にスタジアム建設の是非を問うたアンケートでは、賛成20%、反対40%、どちらでもない37%との意見であった[20][21]

W杯選考落選と規模縮小

本来であれば、これで豊田市は開催地に決定するが[要出典]、その後、同大会は日韓共催となることが国際サッカー連盟理事会によって決定する。これにより、日本側の割り当てである10会場に会場を絞り込むことになった。

当初、スタジアムの収容人数や市の経済力・世界的知名度で、豊田市は優位と言われていた[要出典]。しかし、1996年12月の開催地を決定する投票で、同じ中部圏の新潟県が推す新潟スタジアム(現・デンカビッグスワンスタジアム)との決選投票となり、結果落選した。

理由としては、

  1. 新潟県は立候補地の中で唯一の『日本海沿岸』であり、地域性の均衡が図れる。また、空路・海路で朝鮮半島やロシアからの受け入れが容易である。
  2. 同様の理由で、「愛知県」の隣には「静岡県」(エコパスタジアム)があるので、開催地域が集中してしまう。

の2点が挙げられる。[要出典]

落選後、設計の見直しが行われ、1997年9月25日に収容人数を4万3千人に減らすなどの設計が公表された[22]。一方、スタジアム建設反対派住民らによって結成された「巨大サッカー場問題を考える会」は、1998年7月3日に市に対して31,817人の署名とともに住民投票条例制定を求める直接請求を行ったが[23]、同月17日の市議会臨時会で否決された[24]

2001年7月21日、開場記念セレモニーが開かれ、2,001人によるテープカットや、KiroroゴスペラーズTHE BOOMによるオープニングコンサートが行われた。

その後、FIFA関連のイベントでは、FIFAクラブワールドカップの日本開催時の会場の一つとして使用されている(使用年については下記年表を参照)。

2014年のJリーグアウォーズにて、Jリーグベストピッチ賞を受賞した。




  1. ^ a b c d e f g h 会社概要”. 豊田スタジアム. 2013年9月1日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g 「豊田スタジアム」、『日経アーキテクチュア2001年8月
  3. ^ 2005年は「FIFAクラブ世界選手権」の名称で開催。
  4. ^ a b c d 出資者”. 豊田スタジアム. 2013年9月1日閲覧。
  5. ^ “ホームタウンの広域化について” (プレスリリース), 名古屋グランパス, (2011年12月20日), http://nagoya-grampus.jp/information/pressrelease/2011/1220post-528.php 2013年9月1日閲覧。 
  6. ^ “釜石市など12都市で開催 仙台と京都、長崎は落選”. 産経新聞. (2015年3月2日). http://www.sankei.com/sports/news/150302/spo1503020032-n1.html 2015年4月4日閲覧。 
  7. ^ 従来は豊田市運動公園陸上競技場が会場となっていたが、参加者の増加に伴い2012年より豊田スタジアムに変更された。
  8. ^ 「中部経済新聞」 2009年5月18日
  9. ^ a b 台風11号の接近に伴う、8/9(土)鹿島アントラーズ戦開催に関するお知らせ名古屋グランパス 2014年8月8日
  10. ^ 豊田スタジアム開閉式屋根の原則運用停止についてのお知らせ - 豊田市HP
  11. ^ 愛知)豊スタの屋根、開けっ放しに 赤字でコスト削減(朝日新聞2015年2月26日 3月2日閲覧)
  12. ^ 「中日新聞」 1989年5月21日 朝刊、東海社会面 29頁
  13. ^ 「中日新聞」 1992年7月14日 朝刊、県内版
  14. ^ 「中日新聞」 1993年1月15日 朝刊、1面
  15. ^ 「中日新聞」 1993年7月26日 朝刊、第2社会面 12頁
  16. ^ 「中日新聞」 1994年5月10日 朝刊、第2社会面 24頁
  17. ^ 1994 FIFAワールドカップ屋内競技場に一時的に天然芝を敷いて会場とした例や、Jリーグプレシーズンマッチで東京ドームに天然芝を敷いて開催した例があった。
  18. ^ 「朝日新聞」 1994年10月25日 朝刊、愛知面
  19. ^ 「朝日新聞」 1995年2月10日 朝刊、第2社会面 28頁
  20. ^ 「朝日新聞」 1995年10月19日 朝刊、第2社会面 34頁
  21. ^ 「朝日新聞」 1996年4月10日 朝刊、愛知面
  22. ^ 「朝日新聞」 1997年9月26日 朝刊、第3社会面 27頁
  23. ^ 「朝日新聞」 1998年7月4日 朝刊、第2社会面 30頁
  24. ^ 「朝日新聞」 1998年7月18日 朝刊、第3社会面 29頁
  25. ^ a b c スタジアム(豊田スタジアム)”. 日本プロサッカーリーグ. 2013年9月1日閲覧。


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