遺伝学と生理的反応
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/04 05:43 UTC 版)
「近親交配」、「近交弱勢」、「異系交配弱勢」、「ウェスターマーク効果」、および「ジェネティック・セクシュアル・アトラクション」も参照 近親交配の度合いを近交係数(F)を用いて表す場合があり、例えば兄弟姉妹の間に生まれた子の場合F=0.25となる。もっとも、近親交配を繰り返せばFは高くなるわけであり、ゴンサーロ・アルバレス及びスペイン人遺伝学者のチームはカルロス2世のFを16世代遡って3000人以上のデータから算出したが、その結果はF=0.254であった。また、2015年12月に行われていたイギリスの「1000人ゲノムプロジェクト」では、本来そのことを調べるつもりではなかったのだが、26の国の2500人分の塩基配列の情報を調査しているうちに、3人が叔姪間、1人が半血の兄弟姉妹間、3人が兄弟姉妹間、そして8人が親子間というように近親度が算出されてしまった。 近親相姦によって子供が生まれると、遺伝的リスクが高まるという話がある。遺伝学の知識があったかは不明だが、古くはソクラテスが近親相姦によって子供をもうけた場合は子供の成長に悪影響があると論じており、田中克己は「遺伝学からみたインセスト・タブー」において、全身性のアルビノの発生率が、他人交配の場合は1/40,000の発生率になるところが、親子や兄妹の交配では1/780の発生率になると推定した。 Robin L. Bennett et al. (2002) によれば、遺伝的リスクは第一度近親者同士による交配で元々の遺伝的リスクに加え全体比で6.8%から11.2%の増加が推測されている。実際に単純に調査した結果においては近親相姦の遺伝的影響以外からも子供に障害が発生する可能性があることを差し引く必要はあるが、チェコスロバキアにおいて、親子兄弟姉妹間の交配で生まれた161人のうち、13人が1歳未満で死亡し、30人に先天的に身体的な異状が見られ、40人に精神障害が見られ、3人が聾唖者となり、3人がてんかんを患っていたという1971年の調査もある。 人間など生物における雌雄の生殖においては両親から遺伝子を受け継ぐが、近親婚で生まれた子供でない場合は、ある劣性遺伝子がもし有害であったとしても片方の親からそれをもらっただけでは本人に異常が出ることはないのだが、近親婚で生まれた子供の場合は、先祖を共有していることから同一の種類の劣性遺伝子を両親が保有している可能性が高いため、その遺伝子が一対となり異常が発生する可能性が高くなると説明されていた。 生存に不利な遺伝子はそうでない遺伝子に比べて圧倒的少数であり、劣性遺伝子の中に隠蔽されていることが多いとされた。なぜなら、そのような遺伝子が顕在化した個体は子孫を残すまで生存することは困難で、したがって多くの生存に不利な優性遺伝子は子孫に継承されにくく、結果として淘汰されてきたからであるとされたためである。そのため、近親交配によって子供が生まれた場合は遺伝的リスクが高まるとして、これを近交弱勢と言う。アルバレスらは、カルロス2世の患っていた病気は遠位尿細管性アシドーシス及び、PROP1がホモになることによる複合下垂体ホルモン欠損症という2つの劣性遺伝病ではないかと推測した。また、アダム・ラザフォードは、眼皮膚白皮症(OCA)は劣性遺伝するわけなのだが、スペインのロマ族のOCA1の保因者は3.4%と比較的高いため、同族結婚で金髪の子供が生まれるのは当然と述べていた。 しかし、劣性遺伝子という言葉を用いてはいるが、劣性であることがすなわち有害というわけではないため、理屈上は有益な劣性遺伝子が近親交配で発現する場合も考えられうるという指摘もなされていた。結局、2017年に日本遺伝学会は、優性や劣性という言葉が差別を生む恐れがあるとして、「顕性」及び「潜性」という言葉に変更することを表明した。豐田文一と倉本政雄の1943年(昭和18年)の論文「富山縣下ニ於ケル血族結婚ノ頻度ニ就テ:農村衞生ニ關スル調査報告 第5報」では、自分達とは別の研究で血族結婚を繰り返してきた1786人在住の部落を調査した結果を引用し、この報告では部落の子供達は劣等生だらけではあったのだが、逆に優等生は「全て」血族結婚によって生まれた子供であったとされており、有害な劣性遺伝子が家系に存在しない場合は近親交配によって有害な影響がもたらされるとは考えられないという論も存在しているとはしながらも、有益な遺伝子を特定しこういった側面を利用する技術がない以上は、なお優生学的な意味で血族結婚を避けることの理由となりうるとしていた。 自然界でもボトルネック効果が発生した際に、選択的な遺伝的浮動が起こった場合には、有害な劣性遺伝子が除去され近親交配の負の効果が顕在化しない可能性はある。だが、通常は人間以外の動物の場合、近親交配の有害な影響を避けるために人為的な選択管理が必要となる。エルヴィン・シュレーディンガー (1944) は、人間の場合は自然淘汰の機能が損なわれているどころか、優れた人間のほうが殺害されることが多いため、近親交配の弊害にはより一層の注意が必要となると主張している。 実際には人間を含む有性生殖を行う動物の多くは近親交配を避けることが多く、人間の場合はウェスターマーク効果といって近親相姦の嫌悪は一般的にありうるという研究結果も示されている。生物学的なインセスト・タブーの理論では、人間やその他の動物の近親交配回避機能が人間の意識に影響を与えていると捉えるのだが、この学説は遺伝学との相性が良いとされる。一方で、この親族認識の手段に関してはなお議論があり、ジェネティック・セクシュアル・アトラクションといって、近親者であっても生き別れの親族などでは普通に恋愛感情が湧くことが多いという指摘もある。また、ハンガリー国立ペーチ大学が行った研究では、男性は母親に似た女性、女性は父親に似た男性に惹かれる傾向があるという研究結果が存在する。 これに対して、NHKの教養バラエティ番組「ためしてガッテン!」では、20歳前後の女性に男性の使用済下着の臭いをランダムに嗅がせて、従兄弟まで(4親等以内)の男性血族の体臭は不快と感じるも血縁関係のない(と認識される)男性の体臭はむしろ香しいと感じるという実験を示し、これが近親交配を防ぎ遺伝子の多様性を維持するための遺伝上のメカニズムであるとしたが、この実験は非常に少ない被験者が対象であり、真偽は不明である。 2013年9月13日の『日本経済新聞』によれば、アメリカ合衆国では精子バンクの普及により多くの子供が一人の男性の精子から生まれるという事態が発生したが、このままでは子供達が知らないうちに近親相姦関係になってしまい、やがては子孫に先天的に有害な影響がもたらされるのではないかと危惧されているという。
※この「遺伝学と生理的反応」の解説は、「近親相姦」の解説の一部です。
「遺伝学と生理的反応」を含む「近親相姦」の記事については、「近親相姦」の概要を参照ください。
- 遺伝学と生理的反応のページへのリンク