軍事研究での八木・宇田アンテナとは? わかりやすく解説

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軍事研究での八木・宇田アンテナ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/13 01:47 UTC 版)

八木・宇田アンテナ」の記事における「軍事研究での八木・宇田アンテナ」の解説

欧米学会軍部では八木・宇田アンテナ指向性注目し、これを使用してレーダー性能飛躍的に向上させ、陸上施設艦船さらには航空機にもレーダー八木・宇田アンテナ装備された。例えば、アメリカ軍レーダー八木アンテナ技術改良発展させながら戦争活用して日本軍大損害を与えた。さらに後には、アメリカ軍広島市長崎市原子爆弾日本投下した際にも、最も爆発領域広がる場所・爆撃機から投下した原子爆弾核爆発高度を特定するために、八木アンテナ技術用いた受信レーダー機能使われた。現在も両原爆のレプリカ金属棒の突起などで、八木・宇田アンテナ利用確認できる。 ところで、八木アンテナ開発当時1920年代には、大日本帝国学界[要出典]や日本軍では、敵を前にして電波を出すなど「暗闇にちょうちんを灯して、自分位置知らせるも同然」だと考えられ重要な発明見做されていなかった。このことをあらわす逸話として、1942年日本軍シンガポールの戦いイギリスの植民地であったシンガポール占領しイギリス軍対空射撃レーダーに関する書類押収した際、日本軍技術将校ニューマン(Newmann)というレーダー手所持していた技術書の中に頻出するYAGI” という単語の意味解することができなかったというものがある。後に「ニューマン文書」(「ニューマン・ノート」)と称されるこの技術書には「送信アンテナYAGI 空中線列よりなり、受信アンテナ4つYAGIよりなる」と言った具合に “YAGI” という単語用いられていたが、その意味はおろか読み方が「ヤギ」なのか「ヤジ」なのかさえわからなかった。ついには捕虜となっていたイギリス軍ニューマン伍長質問したところ「あなたは本当にその言葉知らないのか。YAGIとは、このアンテナ発明した日本人の名前だ」と教えられ驚嘆したと言われている。 なお、上記書かれている日本軍での八木・宇田アンテナ対す認識開発の遅れに関する逸話」は、大日本帝国レーダー技術導入経路と、八木・宇田アンテナ自体特性にも注視しなければより正確な認識が行えない事にも留意されたい日本レーダー開発1930年代後半入って大日本帝国陸軍防空最大目的開始しているが、シンガポール戦の前年1941年開発され哨戒パルスレーダーである「超短波警戒機 乙」は、ナチス・ドイツからの技術導入開発されたものであり、アンテナには無指向性テレフンケン型(箱型)と呼ばれるものや、ダイポールアンテナ利用されていた。 八木・宇田アンテナ強力な指向性を持つ半面反射器設計未熟な場合アンテナ後方にも強力な電波発射される問題(バックローブ)があり、万一バックローブ側の電波航空機友軍機も含まれる)を探知してしまうと、測定結果が180度入れ替わって表示されるので正確な捕捉が行えない。また、平方向を監視する哨戒レーダーとりわけ艦船設置する場合など、指向性同時に電波発射元の秘匿重視しなければならない用途では、英米でも戦後にならなければ八木・宇田アンテナ用いる事が出来なかった。前述英軍対空射撃管制レーダーGL Mk.IIレーダー英語版))のような攻撃目的とした射撃管制装置場合地上設置ではアンテナ仰角を必ず取る事になり、大地がバックローブを吸収拡散するまた、航空機での固定航空機銃照準レーダー場合は、バックローブでの誤探知問題は、敵機真後取られ状況くらいでしか発生しない為、哨戒レーダーほど問題大きくならないこの為八木・宇田アンテナ導入しやすかったのである日本軍での八木・宇田アンテナ導入の遅れで一番問題となったのは、反射器設計技術であった日本軍シンガポール戦の後、直ち八木アンテナ研究開発取り組んだものの、ただ闇雲に素子並べてもバックローブの問題解決できないので、妥協案として八木・宇田アンテナ後方金網設置して反射器代わりとした。しかし、これでも送受信機利得出力見合った性能得られなかったので、鹵獲した英米対空射撃レーダー模倣して対処したが、英米製品比べ相当な性能低下生じた金網反射器艦船搭載するものの場合風圧艦砲射撃爆圧含まれる)で破損変形おこしやす問題もあり、アンテナ自体小型化進まない要因ともなったまた、第二次世界大戦後期には連合国側とりわけイギリスでは八木・宇田アンテナ万能ではなく用途によっては軍事利用には不向きである事にも気付いていた。八木・宇田アンテナ航空機搭載する場合素子突起物となって空気抵抗増大し機体性能低下を招く欠点があり、機体最高速度増せば増すほどそれに見合った大型頑丈な八木・宇田アンテナ必要になる矛盾生じる為、イギリスではより小型パラボラアンテナ開発注力大戦後期には空気抵抗低下最小限抑えるレドーム技術開発にも成功し重爆撃機による夜間の戦略爆撃大きな成果挙げている。一方マグネトロンによるマイクロ波レーダー技術乏しかった枢軸国側夜間戦闘機は、八木・宇田アンテナ機首搭載して運動性能低下した夜間戦闘機で、連合国機とは不利な戦闘強いられる事となった。

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