第六期・廃墟ブームと産業遺産期とは? わかりやすく解説

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第六期・廃墟ブームと産業遺産期(1974年 - )

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/19 19:43 UTC 版)

端島 (長崎県)」の記事における「第六期・廃墟ブームと産業遺産期(1974年 - )」の解説

ドルフィン桟橋から端島上陸する観光客上陸解禁2日目2009年4月23日閉山前より西山夘三や、片寄俊秀はじめとする西山研究室人々によって、主に「住まい」の方面からの調査が行われていたが、島全体三菱私有地であり部外者に対しては「外勤」と呼ばれる監視が付くのはともかく、調査を行う西山研究室人々の後を総務課N氏密かに付けているなど、会社に常に監視されており、調査限定的にならざるを得なかった。 また、住人らは戦時中「闇」部分語ろうとはしなかった。長崎造船大学教授として京大西山夘三に代わって1970年5月から1974年閉山までにかけて端島の生活を詳細に調べ上げた片寄は、軍艦島充足した生活と言う「光」の部分だけでなく、戦時中の「圧制ヤマ」と呼ばれる奴隷労働や、中国人朝鮮人強制労働の実態といった「闇」部分明らかにし、論文軍艦島生活環境』(1974年)としてまとめ上げ雑誌住宅』(日本住宅協会1974年5月号-7月号)に掲載された(この論文西山研究室研究一環みなされ西山撮影した閉山前の写真西山論文とともに軍艦島の生活<1952/1970>:住宅学者西山夘三端島住宅調査レポート』としてまとめられている)。しかし、「これ以上暗い時代のことをほじくり出さない欲しい」と言う住民まなざし板挟みとなり、片寄研究中断するに至る。 閉山後より阿久井喜孝の調査によって、建築方面からも光が当てられた(端島建築には鉱山技術使われていることが明らかにされた)。また、高浜村端島支所跡地から戦時中日本人中国人朝鮮人死亡者記された『火葬認可証付申請書』が発見され林えいだい調査によって、端島炭坑「闇」部分にも光が当てられるようになった戦時中端島朝鮮人坑夫足取りに関しては、1992年に『死者の手紙―海底炭鉱朝鮮人坑夫たち』としてまとめられた。奴隷労働があったとする片寄は、この調査に対して「その努力決し無駄にてはならないと思う」としている。 2000年代より、近代化遺産として、また大正から昭和に至る集合住宅遺構としても注目されている廃墟ブーム一環でもしばしば話題上る無人化以来建物崩壊進んでいる。ただし外壁崩壊箇所については、一部コンクリート修復が行われている。 島は三菱マテリアル所有していたが、2001年平成13年)、高島町当時)に無償譲渡された。所有権は、2005年平成17年)に高島町長崎市編入されたことに伴い長崎市継承された。建物老朽化廃墟化のため危険な箇所多く島内への立ち入り長らく禁止されていた。2005年平成17年8月23日報道関係限定特別に上陸許可され荒廃が進む島内各所様子が各メディアで紹介された。島内の建築物はまだ整備されていない所が多いものの、ある程度安全面での問題解決され2008年長崎市で「長崎市端島見学施設条例」と「端島への立ち入り制限に関する条例」が成立したことで、島の南部整備され見学通路限り2009年平成21年4月22日から観光客上陸見学できるようになった条例により、見学施設以外は島内全域立入禁止)。解禁後1か月で4,601人が端島上陸したその後も、半年間で34,445人、1年間59,000人、3年間で275,000人と好調である。なお、上陸のためには風や波などの安全基準満たしていることが条件になっており、長崎市上陸できる日数年間100日程度と見込んでいる。軍艦島上陸ツアーによる経済波及効果65億円に上る一部世界遺産への登録運動が行われ、2006年8月には経済産業省端島含めた明治期産業施設地域観光資源としていかしてもらおうと、世界遺産への登録支援することを決定した2008年9月に「九州・山口の近代化産業遺産群」の一部として、世界遺産暫定リスト追加記載されることが決まり2009年平成21年1月記載された。軍艦島国の文化財指定する動きは、2013年11月5日参議院内閣委員会にて秋野公造参議院議員未だ国の文化財ではなかった軍艦島に国の財政支援求め質疑行い、国が必要な予算確保努め意向示したことで、2014年1月長崎市文化財指定向けて意見具申行い2014年6月20日文化審議会軍艦島(=端島炭鉱跡)を含む三つ炭坑跡で構成される高島炭鉱跡」を史跡指定するよう文部科学大臣答申して、2014年10月6日軍艦島国史跡として文化財指定された。これで軍艦島世界遺産登録向けて、非稼働遺産必要な要件である国の文化的価値づけが明確になった。しかし、2015年3月31日韓国政府端島世界遺産登録反対表明し朴槿恵大統領尹炳世外交部長官陣頭指揮執りユネスコ国際記念物遺跡会議世界遺産委員国などに端島世界遺産登録として認めないように外交活動行っており、日韓外交問題となっている。 長崎市協力のもと、立入禁止区域屋内を含む島内全域撮影した端島Google ストリートビューが、2013年6月28日公開された。 長崎大学インフラ長寿命化センター2009年度より軍艦島3Dによる記録・保存管理取り組んでおり、2014年には長崎市委託受けて3Dレーザースキャナ全方位カメラ無人航空機 (ドローン)、水中ソナーなどを用いて全島3次元データでの記録化を行った

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