玉(珠)
『紅楼夢』 大貴族賈家に誕生した若君は、母の胎内から生まれおちる時、五色の透き通った美玉を口に含んでいた。それゆえ若君は「宝玉」と名づけられた。賈宝玉はその玉を組紐で頸にかけ、親族や召使など大勢の美女に取り巻かれて暮らした。10代のある時、彼は玉を紛失して痴呆状態になった。しばらくして不思議な僧が訪れて賈宝玉に玉を返し、彼は正気に戻った〔*やがて賈家は没落し、宝玉は19歳で出家して行方知れずになった〕。
『南総里見八犬伝』 八犬士たちは、「仁」「義」「礼」「智」「忠」「信」「孝」「悌」の珠を、1つずつ身につけていた。誕生時から「仁」の珠を掌に握っていた(犬江親兵衛)、胞衣を埋めるために地を掘ると「義」の珠があった(犬川荘介)、誕生時に得た神社の小石が「礼」の珠だった(犬村大角)、流星のごとく「智」の珠が母の懐に入った(犬坂毛野)、などの経緯で、珠は犬士たちの所有となった。珠は犬士たちに危険を知らせ、傷や病気を治し、妖怪や悪人を打ち倒した。
『法華経』「五百弟子受記品」第8 酔って眠る貧窮な男の衣服の裏に、富裕な親友がひそかに高価な宝玉を縫いこんでおく。男は他国へ行き働くが、貧しいままであり、自分が宝玉を持っていることに気づかない〔*後に親友は男にめぐり会い、衣の裏に珠のあることを教える〕。
*握り飯の中に小判があることを知らない→〔金貨〕6の『山の神とほうき神』(昔話)。
★3.二つの玉(珠)。
『古事記』上巻 ホヲリ(=山幸彦)は海の神から、潮満つ珠・潮干る珠の2つの呪宝をもらった。兄ホデリ(=海幸彦)が戦いを挑んで来た時、ホヲリは潮満つ珠を用いてホデリをおぼれさせ、ホデリが苦しんで許しを請うと、潮干る珠を用いて命を助けた。ホデリは降参し、ホヲリの家来になった。
『太平記』巻39「神功皇后新羅を攻めたまふ事」 神功皇后は、龍宮城から干珠・満珠の2つの宝を借りて、高麗軍との海戦に臨んだ。皇后が、まず干珠を海中に投げ入れると、潮が退いて陸地となった。すると高麗の兵は船を降り、徒歩で戦おうとした。これを見た皇后が、次に満珠を投げると、潮が十方からみなぎり来て、高麗の兵数万人は1人も残らず浪におぼれてしまった。
『椿説弓張月』前篇巻之3第6回 鎮西八郎為朝は琉球を訪れて寧王女(ねいわんにょ)や廉夫人と出会い、琉球の宝である2つの珠の由来を聞いた。「昔、太平山の前の海にミズチがいて民を苦しめたので、先王がミズチを殺して埋めました。ミズチの顎から2つの珠が発見され、珠の1つを「琉」、もう1つを「球」と言います。それで国名を「琉球」と名づけ、代々の王がこの珠を継承するのです」。
★4.傷ついた動物が、治療してくれた人間に玉(珠)をもたらす。
『十訓抄』第1-4 漢の武帝が昆明池に遊び、釣り針を呑んで瀕死の鯉を救った。その夜、武帝の夢に鯉が現れて礼を述べた。翌日、鯉が明月の珠をくわえ、池の岸に置いて去った。以後、武帝は昆明池での釣りを禁じた。
『捜神記』巻20-5(通巻453話) 隋侯が、傷を負った大蛇に薬を塗り包帯をして救った。1年後、大蛇は礼として明るく光る珠をくわえて来た。珠は直径1寸で、月光のごとく部屋を照らした。
*シャチが何度も怪我をし、そのたびに真珠をくわえて来て、治療を請う→〔宝〕6の『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「シャチの詩」。
*鮫人が、恩人に多くの宝玉をもたらす→〔龍宮〕2の『鮫人(さめびと)の恩返し』。
★5.龍が守護する玉(珠)。
『海士(あま)』(能) 面向不背の玉は龍宮の高さ30丈の塔に納められ、八大龍王がこれを守護している。
★6.玉(珠)を得る夢。
『古今著聞集』巻1「神祇」第1・通巻26話 俊乗房重源が東大寺再建を祈願して、伊勢大神宮の内宮に7日間参籠した。7日目の満願の夜、宝珠をたまわる夢を見て、翌朝、袖から白珠が出てきた。外宮にも同様に7日間参籠して夢を見て、宝珠をたまわった。
『椿説弓張月』前篇巻之1第3回 鎮西八郎為朝と従者重季が、巨大なうわばみを刺し殺す(*→〔誤解による殺害〕1)。為朝は「数百年を経た蛇は、身の内に必ず珠がある」と言い、重季がうわばみの体を裂いて珠を探す。その時、龍も、うわばみの珠を取ろうとして雷公(いかづち)を送る。重季は、うわばみの腮(あぎと)の下から珠を取り出したが、雷に打たれて死んでしまった。
*大蛇(ヤマタノヲロチ)の尾の中にある太刀→〔尾〕8の『古事記』上巻。
『日本書紀』巻6垂仁天皇87年 昔、丹波国の桑田村に甕襲(みかそ)という人がいた。甕襲の家に犬がおり、名を足往(あゆき)といった。この犬が、山の獣である牟士那(むじな)を咋(く)い殺した。牟士那の腹に八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)があったので、朝廷に献上した。この玉は今、石上神宮にある。
『古事記』上巻 ホヲリ(山幸彦)が、トヨタマビメの侍女に水を請う。侍女が玉器(たまもひ)に水を入れてたてまつると、ホヲリは水を飲まず、自分の首飾りの玉を緒からはずして口に含み、玉器の中に唾(つは)き入れた。玉は器について離すことができないので、侍女はそのままトヨタマビメの所へ持って行く。トヨタマビメは玉を見て、「誰か門の外に来ているのか?」と問うた。
*『今昔物語集』巻4-25の、龍樹が箱に水を入れて与え、提婆が水に針を入れて返す場面に似ている→〔問答〕1a。
『小桜姫物語』(浅野和三郎)10 幽界では精神統一の修行をする。深い統一状態に入ると、「私(小桜姫)」どもの姿は、ただ1つの球になる。人間界では、いかに本人が心で「無」と観じても、側から見れば、その身体はチャーンとそこに見えている。しかるに幽界では、真実(ほんとう)の精神統一に入れば、人間らしい姿は消え失せて、側からのぞいても、たった1つの白っぽい球の形しか見えないのだ。
*人間界でも、水を観じて水になる、柏を観じて柏になる、「無」を観じて姿が見えなくなる、などの物語がある→〔観法〕1~3。
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