源三位頼政とは?

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げんざんみ よりまさ げんざんゐ- 【源三位頼政】 ○


源三位頼政―源平争覇の捨石

作者高橋直樹

収載図書亀田大隅最後戦国武将
出版社講談社
刊行年月1995.10


源三位頼政

読み方:ゲンザンミヨリマサ(genzanmiyorimasa)

初演 明治34.10(東京明治座)


源三位頼政

読み方:ゲンサンミヨリマサ(gensanmiyorimasa)

作者 松居松翁

初出 明治34年

ジャンル 戯曲


源頼政

(源三位頼政 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/08/10 15:26 UTC 版)

源 頼政(みなもと の よりまさ)は、平安時代末期の武将公卿歌人兵庫頭源仲政長男。朝廷で平家が専横を極める中、それまで正四位下を極位としていた清和源氏としては突出して従三位に叙せられ、後世においても、源三位(げんざんみ)の通称が伝わる(同時代的に「源三位」と称された人物は頼政に限らない。)。また、父と同じく「馬場」を号とし馬場頼政(ばば の よりまさ)ともいう。


  1. ^ 元木泰雄『保元・平治の乱を読み直す』
  2. ^ 『平家物語』「御輿振」は安元の強訴で頼政が縫殿の陣(朔平門)を守ったとするが、九条兼実は「神輿を射る事、武士の不覚なり。先年成親卿の事に依り、大衆参陣の時、左衛門の陣方、頼政これを禦ぐと雖も、大衆軍陣を敗る能はず、又濫吹を出さず、事の謂はれその人勢今度の万分の一に及ぶべからず」(『玉葉』4月19日条)と記している。これにより頼政が、嘉応元年(1169年)の嘉応の強訴で左衛門の陣(建春門の付近)を守っていたことが確認できる。一方、『玉葉』を見る限り頼政が安元の強訴に出動していたかは定かでなく、「御輿振」のエピソードは嘉応の強訴での活躍を元にした創作の可能性がある。
  3. ^ 関幸彦『合戦地図で見る源平争乱』青春出版社 p44。上杉和彦『戦争の日本史6 源平の争乱』吉川弘文館 p24-25
  4. ^ 河内祥輔『日本中世の朝廷・幕府体制』吉川弘文館 p189-198・204-207
  5. ^ 石川忠久『漢詩人 大正天皇 - その風雅の心』p.95
  6. ^ 源氏あやめ祭”. 伊豆の国市. 2012年2月22日閲覧。
  7. ^ 校区の概要・学校の沿革”. 東広島市立原小学校. 2012年2月22日閲覧。
  8. ^ 『公式観光ガイド 東広島ちょこっと旅』 (公益社団法人東広島市観光協会 2017年) 19頁、47頁


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