感応寺_(出水市)とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 感応寺_(出水市)の意味・解説 

感応寺 (出水市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/09 23:12 UTC 版)

感応寺 かんのうじ
所在地 鹿児島県出水市野田町下名5735番地
位置 北緯32度4分2.5秒 東経130度16分0.3秒 / 北緯32.067361度 東経130.266750度 / 32.067361; 130.266750座標: 北緯32度4分2.5秒 東経130度16分0.3秒 / 北緯32.067361度 東経130.266750度 / 32.067361; 130.266750
山号 鎮國山
宗旨 禅宗臨済宗
宗派 相国寺派
正式名 鎭國山感應禪寺
法人番号 2340005005306
テンプレートを表示

感応寺(かんのうじ)は、鹿児島県出水市野田町下名[1]にある臨済宗相国寺派寺院である。山号は「鎮国山」。

写真サイトCANON iMAGE GATEWAYの日本人なら一度は訪れたい寺「名刹巡礼 古寺 100選」に選ばれた。

沿革

1194年建久5年)、島津忠久の命により家臣の本田貞親が栄西を開山として創建した寺院とされる。最古の禅宗寺院の1つ。

その後、島津氏の菩提寺となり大変に栄えたが、明治2年の廃仏毀釈のおり廃寺となった。のち明治13年(1888年)に難を逃れた寺宝を元に再興された。

西側には「五廟社」とよばれる墓地があり、ここに島津忠久島津忠時島津久経島津忠宗島津貞久の島津氏初代から5代までの墓がある。

所蔵文化財

  • 十一面千手観音像 脇侍四天王像(鹿児島県指定文化財)
    文安2年(1444年)仏師、院隆より作られた最晩期の院派仏像。
  • 絹本着色 雲山和尚像(鹿児島県指定文化財) 毎年4月8日のみ公開

脚注

[脚注の使い方]

関連項目

外部リンク




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「感応寺_(出水市)」の関連用語

感応寺_(出水市)のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



感応寺_(出水市)のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの感応寺 (出水市) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS