強誘電体
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/19 06:03 UTC 版)
強誘電体(きょうゆうでんたい、英: Ferroelectric)とは誘電体の一種で、外部に電場がなくても電気双極子が整列しており、かつ双極子の方向が電場によって変化できる物質を指す。また、このように電気双極子モーメントが自発的に整列した状態を強誘電状態、この性質を強誘電性と呼ぶ。
代表的な物質としてチタン酸バリウム BaTiO3 やチタン酸ジルコン酸鉛 Pb(Zr,Ti)O3 があり、FeRAM(強誘電体メモリ)などに使用されている。また強誘電体は全て圧電効果を有するため、アクチュエータなどとして使用されるものも多い。
電場に対する応答

強誘電体の表面に存在する単位体積当たりの電気双極子は、自然に正と負の電荷の重心が分かれることから「自発分極」と呼ばれる。外部から電場を加えると自発分極の向きは反転する。これを表したのが右のグラフで、外部電場を0にした時に表面に残っている分極の値は「残留分極」、分極の符号が反転する(すなわち分極の向きが逆転する)時の電場の強さは「抗電界」、とそれぞれ呼ばれる。
グラフの右端ないし左端にあたる十分に強い電場を印加すると、移動可能な電荷がすべて表面に移り、それ以上の電場をかけても分極はある上限(または下限)値で一定となる。これを飽和した状態、この時の分極の値を「飽和分極値」と呼ぶ。
グラフの形状は物質本来の性質だけでなく、単結晶か多結晶かといった構造の違いにも依存する。その他、微小な分極領域の境界に当たる分極壁の移動が、電場の変化にどの程度追随できるかなどによっても傾きなどが変化する。
分類
機構の違いから、強誘電体は「変位型」と「秩序-無秩序型」の2つに分類される。
変位型
チタン酸バリウム BaTiO3 をはじめ、強誘電体の多くは変位型強誘電体に分類される。このタイプでは、高温相(=常誘電体)では自発的に整列する永久双極子を持たないが、キュリー温度(Tc、相転移温度)以下の温度では結晶が少し縦長になって正負のイオンが相対的に変位するため自発分極が発生する。この時の結晶構造(=イオンの配置)や誘電率の変化は下図のようになっている。
秩序‐無秩序型
電気双極子が高温ではランダムに配置し、温度の低下とともに整列する強誘電体を秩序‐無秩序型強誘電体と呼ぶ。亜硝酸ナトリウムNaNO2などが代表的な物質であり、強誘電状態では右図のようにNO2双極子の向きが整列して自発分極が生じる。なお、高温では熱エネルギーによってNO2がランダムに配向するため、巨視的な分極は0になる。
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チタン酸バリウムの相転移時の結晶構造変化
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NaNO2の強誘電状態での結晶構造
相転移の機構

強誘電体は温度が上昇すると相転移し、自発分極が消滅して常誘電体となる。これはエネルギー的には以下のように考えられる。
自由エネルギーを G、分極を P とすると、
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変位型強誘電体の誘電率の温度依存性 キュリー温度以上の温度領域では、誘電率はキュリー・ワイスの法則に従って下記のように変化する。
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強誘電性
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/19 01:18 UTC 版)
外部電界の非存在下でも分極(自発分極)が生じており、かつ分極方向が外部電界で変化する物質を強誘電体という。強誘電体の分極には分子双極子によるものとイオンによるものとがあるが、ポリマーの場合、共有結合が主であるため、その強誘電性は分子双極子による。また、ポリマーの強誘電体はポリマー結晶、液晶および溶液で見いだされている。 強誘電性の発現は結晶または液晶構造が秩序性と不秩序性の両方を持つことを条件とする。ここでの秩序性とは、双極子が規則的に配向した分極構造が安定していることである。不秩序性とは、この分極構造の安定性が絶対ではなく、ある分極構造から別の分極構造に転移し得ることである。この不秩序性ゆえに、強誘電体において分極の反転および高温による分極の消失が起こり得る。ポリマーは、融点以下では非晶領域と10nm程度の厚さのラメラとの混合系であり、微視的には分極構造はラメラに限られる。従って、ポリマーの自発分極は結晶化度に比例する。 ポリフッ化ビニリデン(PVDF)は(-CH2CF2-)の繰り返しから成り、単位当たり約2デバイの双極子能率を持つ。分子鎖がトランスコンフォメーションと平行なパッキングをとると、双極子は一方向に配向し、PVDFはⅠ(β)型と呼ばれる分極構造の強誘電性結晶を形成する。Ⅰ(β)型は多くの結晶型を持ち、不秩序性の内包を示唆する。PVDFの結晶型はTT型、T3GT3G型、TGTG型の3種類のコンフォメーションで構成される。水素原子とフッ素原子の大きさはあまり変わらないため、どのコンフォメーションも安定である。 PVDFは主鎖との直角方向に双極子モーメントを持つ。双極子の反転は結晶全体の回転ではなく、鎖方向(長軸方向)に沿った主鎖の回転ではなく、個々の分子鎖の主鎖周りの180度回転によって起こる。このように、双極子を主鎖に直角に持つ高分子では、鎖方向(長軸方向)が共有結合で制限されて回転自由度がないため、鎖周りの回転による自由度が強誘電性の発現に関係する。この回転運動は、構成原子の大きさが適度であり、分子鎖の形が円柱に近いために可能となる。PVDFを含むポリマーの強誘電性に原子や官能基の大きさが重要であることは、ファンデルワールス力による近距離相互作用がポリマーの強誘電性の主因であることを意味する。一方で、PVDFの双極子におけるローレンツ係数と局所電場は結晶化度に関わらず0に近く、自発分極に対するクーロン力による寄与は小さい。このことは、低分子物質の強誘電性において、クーロン力による遠距離相互作用が本質的に重要な役割を果たすと考えられている点と対照的である。 ポリマー全体での分極の反転の過程は、低分子誘電体と同様に核生成成長モデルで理解されている。このモデルでは、自発分極と反対方向の電界が与えられたときに、物質全体の分極が同時に反転するのではなく、物質内に局所的に分極を反転させた分子が現れ、それが核となって周囲の分子の分極を反転させ、最終的に反転現象を物質全体に拡大させる。PVDF系高分子の場合、この核生成と成長は次の3つの過程に分けられる。最初は、反転分子から非反転分子へのキンクの伝搬である。PVDFではこの伝搬速度は10m/s以上であり、10nmの分子鎖は1ns以内に反転する。次は、分子鎖の反転のラメラ内での伝搬である。この伝搬はラメラの分子鎖の長軸方向に垂直な二次元の面内で起こる。この過程が分極反転の律速段階であると考えられている。最後はラメラ間での伝搬である。 強誘電性ポリマーは、外部電場に対する抗電場が強く、分極の反転に必要な電場が非常に大きいという特徴を持つ。PVDFの場合、室温で50MV/m、ガラス転移点で100MV/mを要する。核の発生場所は結晶と非晶の界面であると考えられている。ガンマ線照射により非晶部が架橋されると分極反転時間が長くなる。 フッ化ビニリデンとトリフルオロエチレンの共重合体P(VDF/TrFE)は強誘電性を示す。PVDF単体では最安定なコンフォメーションはTGTG型であったが、共重合体ではTT型となる。キュリー点以上では共重合体でTT型、T3GT3G型、TGTG型の3種類のコンフォメーションが不規則に混在する。 以下の表に強誘電性の高分子を示す。 強誘電性高分子高分子D-E履歴曲線強誘電体への転移点圧電性・焦電性強誘電体の形態PVDF有り 無し 有り 結晶 P(VDF/TrFE)有り 有り 有り 結晶 奇数ナイロン有り 無し 有り 結晶 ポリウレタン有り 無し 有り 結晶 ポリ尿素有り 無し 有り 結晶 シアン化ビニリデン共重合体有り 無し 有り 非晶 ポリマーの強誘電性において層法線方向に対する分子長軸の傾き角、螺旋ピッチ、応答時間、自発分極は重要な物性である。低分子物質と異なり、ポリマーの傾き角は、スメクティックA相(SA)とカイラルスメクティックC相(SC*)の転移領域で温度に強く依存する(エレクトロクリニック (EC) 効果)。ポリマーでEC効果が顕著である理由は、分子量分布が大きいため、相の共存領域が広いためであると考えられている。外部電界の印加から自発分極への応答はポリマー液晶において低分子結晶と3桁以上遅い。また、低分子結晶と比べてポリマー液晶の応答速度の温度依存性は大きい。高温から低温まで応答速度はミリ秒から秒へと3桁以上変化する。
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