不安の時代とは? わかりやすく解説

不安の時代

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/07 09:01 UTC 版)

実存主義」の記事における「不安の時代」の解説

新ヘーゲル主義」および「新カント派」も参照 第一次世界大戦終結間もなく詩人ポール・ヴァレリーテュービンゲン大学における講演言った。 「諸君、嵐は終わった。にもかかわらず、われわれは、あたかも嵐が起ころうとしている矢先のように、不安である。」 ダーウィンの『種の起源以降ヨーロッパ古代以来聖書世界から輝かし科学進歩の時代へと向かった。しかし、国民国家という新しい世界体制第一次世界大戦国家総力戦による大量破壊繋がり19世紀以来続いた西欧進歩主義への信仰大きく揺らぐこととなったとりわけ国土直接戦場となった独仏わけても敗戦国としての重い負債背負わされたドイツにとって、進歩主義への信頼崩壊は強い衝撃与えた大陸ヨーロッパ知識人キリスト教精神的伝統進歩主義によって破棄した後の、進歩主義無残な残骸前に途方にくれることとなったこのようなドイツにおいてまず、一時代前の人物であるキルケゴールなどが注目を浴びるうになる。 「主体性真理である」として神から与えられ可能性実現することに生の意義見出したキルケゴール主体志向加えて、さらに、第一次世界大戦において、そのような個人置き去りにした近代思想惨禍目の当たりにして、個人哲学的考察対象にしようという機運盛り上がり神の死(「神は死んだ」)を宣言し能動的なニヒリズム (運命愛) の思想展開したニーチェを、神を否定する実存主義系譜先駆者としつつ、1930年代ドイツマルティン・ハイデッガーカール・ヤスパースらによって「実存」の導入図られた。大事なことだが、ハイデッガーの意味づけの実存は、個人主体実存という本来性から離れて、「民族の」実存になっている各個人が自由な実存のうちに民族実存求めているのであればよい。しかしここでは、民族実存希求して先導するハイデッガーが、先導される個人の私性を否認している。(Martin Heidegger, Logik als die Frage nach dem Wesen der Sprache, VittorioKlostermann, Frankfurt am Main, Gesamtausgabe Band 38. p163.) ここには真の実存ハイデガーしかないのだが、こうした曲折経て実存考え方第二次世界大戦後世界的に広がりをみせることになった第二次大戦後、フランス輸入されサルトルらによって広まった実存主義は、サルトルアンガージュマン(他の実存と共に生きるための自己拘束)の思想見られるようにマルクシストとしての社会参加色が強く、それに呼応しない者には説得力がなかったが、1960年代学生運動思想的バックボーンとなったサルトルの『実存主義とは何か』は実存主義マニフェストであり入門書ともいわれ、1945年10月パリのクラブ・マントナンで行われた講演元になっており、多数聴衆押しかけたため、入りきれない人々入口座り込むほどで、翌日新聞大見出しで「文化的な事件」として伝えられ時ならぬサルトルブームを巻き起こした第二次世界大戦直後ヨーロッパでは、巨大な歴史の流れの中での人間存在小ささ意識され戦前まで近代思想既存価値観崩壊し人々多くが心のよりどころ喪失しかかっていた。サルトル思想は、実存新たな光を当て当時の人々根源的な不安を直視しそれに立ち向かい自由に生きることの意味追求し人間の尊厳取り戻す術として人々受け入れられることになった。 この、支配制度対する被支配的個人重視は、サルトル思想1970年代に入ると、 構造主義などから批判を受け、低調になっていくものの、広く受け入れられている。他者支配管理する実存あり得ないまた、同じく「私」焦点当てる芸術文学心理療法との相性良く、特にカール・ロジャーズらが始めた心理療法には「今、現にここに存在している私」を問題とする実存主義の強い影響見られる実存主義哲学のみならず文学、芸術などにも拡大解釈する場合ボルノウなど) 、パスカルドストエフスキー等も実存主義者だと解される場合もある。 第一次世界大戦敗者であるドイツ戦勝国であっても大きな痛手受けたフランスなどとは異なり勝利者である英米にとって、第一次世界大戦惨事進歩主義への信仰決定的に揺るがすことはなかった。しかし、スペイン内戦参加するなどヨーロッパ情勢積極的に関与したアーネスト・ヘミングウェイを代表とする一群アメリカ知識人また、自らを実存主義者見なした。日本では当時文学者として国際的な評価受けていた芥川龍之介第一次大戦後に「ぼんやりとした不安」という言葉を残して自殺している。 実存親近印欧語構造 森有正自著経験思想』(1977)において、日本語では印欧語とは違って人称依拠代名詞動詞形が作られるという基準がないので、現実の上下関係)が嵌入してしまい構造的に実存至りにくいと書いている。自他区分した西欧実存限定するならば、妥当性のある主張である。西欧実存考え日本人はよく咀嚼するべきである。 禅宗もしくは仏教一般実存 宗教哲学者久松真一は『即無的実存』(1935年)で、禅宗もしくは仏教一般の「即無的実存性」を主張している。有に対す否定としての無を消極的な無と見ている。一方有と無との間の対立を無化する無を積極的な無と見つつ、こちらの無に即すことを実存としている。西欧の非宗教的哲学的実存久松から見れば「即有的実存」だといえる

※この「不安の時代」の解説は、「実存主義」の解説の一部です。
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