ダブル・イベント: エリザベス・ストライドとキャサリン・エドウッズ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/28 02:42 UTC 版)
「ホワイトチャペル殺人事件」の記事における「ダブル・イベント: エリザベス・ストライドとキャサリン・エドウッズ」の解説
9月30日の午前1時ごろ、ホワイトチャペルのバーナー・ストリート(以降、ヘンリケス・ストリートに改名)40番地の門口の内側にあるダットフィールズ・ヤードで売春婦のエリザベス・ストライド(英: Elizabeth Stride)の遺体が発見された。ストライドは血だまりの中に倒れており、喉が左から右へ切り裂かれていた。ストライドは数分前に殺害されたばかりで、遺体は切り刻まれていなかった。殺人者が遺体を切り刻む余裕ができる前に、誰かがダットフィールズ・ヤードに入ってきて邪魔が入ったことで退散した可能性がある。おそらく、遺体の発見者であるルイス・ディームシュッツ(英: Louis Diemschutz)の存在に気付いて逃走したと考えられる。しかし、ストライドの殺人はほかの事件とは無関係と考える人もいる。その根拠として、遺体が切り刻まれていないこと、この事件だけホワイトチャペル・ロード(英語版)の南で起こっていること、使用された刃物がほかの事件のものより短い別のデザインのものである可能性があることが挙げられる。それでもほとんどの専門家は、同夜のエドウッズの殺害とともに、少なくとも前の2件と関係があると考えるのに十分な類似性があると考えている。 午前1時45分、バーナー・ストリートから歩いて12分の距離にある、シティ・オブ・ロンドンのマイター広場の南西の隅で、キャサリン・エドウッズ(英: Catherine Eddowes)の遺体が巡査のエドワード・ワトキンス(英: Edward Watkins)により発見された。遺体は殺害されてから10分以内の状態だった。喉を左から右に切り裂かれて殺害されていた。凶器は刃渡り15センチ以上の鋭利なナイフである。顔と腹部が切り刻まれており、腸が引きずり出され、胴から左腕の長さに切り取られたうえで右肩にかけられていた。左の腎臓と子宮のほとんども取り除かれていた。10月4日、エドウッズの検死がシティ・オブ・ロンドンの検視官のサミュエル・F・ランガム(英: Samuel F. Langham)により行われた。調査を担当した病理学者のフレデリック・ゴードン・ブラウン(英: Frederick Gordon Brown)医師は、殺人者は臓器の位置に関してかなりの知識があるという見解を抱いた。また、遺体にある傷の位置から、殺人者は遺体の右側にしゃがみこんでおり、作業は単独で行ったことも判別できたという。しかし、犯行現場に最初に訪れた医師である、地元の外科医のジョージ・ウィリアム・セケイラ(英: George William Sequeira)医師は、殺人者に解剖学の技術があるという見解や、特定の臓器を手に入れようとしていたという見解に反論した。シティ・オブ・ロンドンの医官のウィリアム・セジウィック・ソーンダーズ(英: William Sedgwick Saunders)も検死に立ち会っていたが、彼もセケイラ医師と同様の見解を抱いた。犯行現場の位置の都合から、ジェームズ・マクウィリアム(英: James McWilliam)警部の下でロンドン市警察が捜査にあたった。 午前3時、犯行現場から500メートルほど離れた場所にある、ホワイトチャペルのゴールストン・ストリートの108番地から119番地までつながる戸口の通路で、血の染みが付着したエドウッズのエプロンの切れ端が落ちているのが発見された。戸口の壁にはチョークで書かれた落書きがあり、"The Juwes are the men that will not be blamed for nothing"または"The Juwes are not the men who will be blamed for nothing"と読める内容だった。午前5時、ウォーレン警視総監が犯行現場に来て、この落書きを消すように命じた。落書きはユダヤ人に関する記述であり、反セム主義の暴動の発生を恐れてのことだった(詳細はゴールストン・ストリートの落書きを参照)。ゴールストン・ストリートは、マイター広場からストライドとエドウッズが住んでいたフラワー・アンド・ディーン・ストリートへ直接行ける経路だった。 ミドルセックスの検視官のウィン・バクスターは、ストライドは不意を突かれて一瞬のうちに殺害されたと考えていた。ストライドは発見されたとき、左手に息を甘い匂いにする口中香薬の包みを持ったままだった。これはストライドに自分の身を守る時間がなかったことを示唆している。食料雑貨商のマシュー・パッカー(英: Matthew Packer)はホワイトチャペル自警団に雇われた私立探偵に、ストライドと殺人者にブドウを売ったと語った。しかし、警察には店を閉めており怪しいものは何も見ていないと述べた。検死審問の際、病理学者たちは、ストライドはブドウを持ってもいなかったし食べてもいなかったと語気を強めた。病理学者たちによれば、ストライドの胃にはチーズやジャガイモ、(小麦粉などの穀物の)デンプン質の粉末が入っていたという。それでもパッカーの話は新聞に掲載された。パッカーが見たという男の説明は、ほかの目撃者がストライドが殺される直前にストライドと一緒にいた男として証言したものとは一致していなかった。しかし、ほかの目撃者による説明の内容もすべて異なっていた。ジョセフ・ラヴェンダ(英語版)(英: Joseph Lawende)は、エドウッズが殺害される直前に、2人の男と一緒にマイター広場を通り過ぎていた。ラヴェンダはエドウッズが30歳ほどの男性と一緒にいるのを目撃した可能性があるという。その男はみすぼらしい服を着ており、ひさしのある帽子を被り、立派な口髭を生やしていた。スワンソン警部は、ラヴェンダの説明は、ストライドが殺人者と一緒にいるのを見たという別の証言にも近いと記している。しかし、ラヴェンダはその男をもう一度見分けることはできそうもないと述べ、一緒にいた2人の男性は殺人者と思しき人物の格好を説明できなかった。 捜査にほとんど進展がなく、ロンドン警視庁やヘンリー・マシューズ(英: Henry Matthews)内務大臣への批判の声が募っていた。ロンドン市警察とロンドン市長は犯人逮捕につながる情報を求めて500ポンド(2020年の約57,000ポンドに相当)の懸賞金をかけた。ブラッドハウンドという品種の犬を使って新たに事件が発生したときに殺人者を追跡させるという案が構想され、ロンドンで試験も行われたが、結局、この案は採用されなかった。活気のある都市で臭いを区別するのが難しかったことや、犬が都市の環境に不慣れだったことがその理由である。また、スカーブラの近くのWyndyate(現在のScalby Manor(英語版))に住んでいたエドウィン・ブラッフ(英: Edwin Brough)という人物が犬の飼い主だったが、犬に犯罪探知という役目があると知られて犯罪者に毒を盛られることをブラッフが懸念したことも計画が頓挫した原因である。 9月27日、セントラル・ニュース・エージェンシー(英語版)にこれまでの殺人事件の犯人を称する人物からの手紙が届いた。手紙は"Dear Boss"という文から始まり、"Jack the Ripper"(ジャック・ザ・リッパー)と署名されていた。10月1日、同社に再び"Jack the Ripper"と署名されたハガキが届いた。そのハガキには、最近発生した9月30日の殺人はどちらも自分のしわざであると書かれており、この2件の殺人を"double event"(ダブル・イベント)と呼称していた。「ダブル・イベント」という呼称はその後も使用され続けることになる。 10月2日、建築中だったニュー・スコットランドヤード(英語版)の地下で、身元不明の女性の胴体が発見された。報道ではこれまでのホワイトチャペル殺人事件と関係があるとされたが、ホワイトチャペル殺人事件の捜査資料には含まれていなかった。現在では、ホワイトチャペル殺人事件と関係がある可能性は低いと考えられている。この事件は「ホワイトホール・ミステリー(英語版)(英: Whitehall Mystery)」として知られるようになった。同日、超能力者を称するロバート・ジェームズ・リーズ(英語版)(英: Robert James Lees)がスコットランドヤードを訪れて、超常的な力を使って殺人者を追跡することを申し出た。警察はリーズを追い払った。 10月6日、CIDのアンダーソン刑事部長がとうとう休暇から戻り、スコットランドヤードの捜査の責任をもった。10月16日、ホワイトチャペル自警団のジョージ・ラスクが、殺人者を称する人物からの新しい手紙を受け取った。筆跡や文体は前に送られた手紙やハガキとは似ていなかった。手紙と一緒に小さな箱も送られ、アルコール中に保存された人間の腎臓の半分が入っていた。手紙の送り主は、この腎臓はエドウッズの遺体から抜き取ったものであり、残りの半分は油で揚げて食べたと主張した。腎臓や手紙が本物だったのかという謎については見解が分かれている。10月末までに、警察は2,000名以上に対して尋問を行い、300名以上を捜査、80名を拘留した。
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