アリバイ
★1a.空間の操作。犯行時刻に、犯人が現場から遠く離れた場所にいるように見せかけて、にせのアリバイを作る。
『完全殺人事件』(ブッシュ) リッチレイは、イギリスに住む伯父を遺産目当てに殺す。犯行日の前後、リッチレイは自分によく似た男を雇ってフランスの諸地方を旅行させ、アリバイ工作をする。
『樽』(クロフツ) パリに住むボワラックは、月曜日に近郊のレストランの電話を借りて、自宅と事務所に電話するふりをする。彼は火曜日の同時刻には遠方のカレーにいて、「パリ近郊のレストランから」と偽って、自宅と事務所に電話する。レストランの給仕は、ボワラックが電話を借りたのが月曜か火曜か記憶があいまいであり、ボワラックは「火曜はパリ近郊にいた」と皆に信じさせることに成功する→〔樽〕4a。
『点と線』(松本清張) 昭和32年(1957)1月20日午後、安田辰郎は羽田から飛行機で福岡へ行き、その夜香椎の海岸で人を殺した。翌21日、彼は飛行機で羽田へ戻り、すぐに札幌行きの飛行機に乗り継ぐ。警察の調べに対し安田は、「20日は北海道出張で、19時15分上野発の急行に乗り、翌21日9時9分青森着。9時50分発の青函連絡船に乗り、14時20分函館着」と答える。当時は列車と船による移動が一般的だったので、警察は飛行機の利用に思いいたらず、安田のアリバイをくずすことができない。
*空間を瞬時に移動して、アリバイ作りをする→〔空間移動〕4の『電送人間』(福田純)。
★1b.時間の操作。実際に犯行が行なわれた時刻の数分~数十分後に、見せかけの犯行時刻を設定して、犯人がにせのアリバイを作る。
『偉大なる夢』(江戸川乱歩) 月明かりの夜、五十嵐新一青年と南京子は、五十嵐老博士が何者かに襲われて遠方の窓から救いを求め、倒れる姿を見る。実はそれは、別人が老博士に変装していたのであり、本物の老博士は、それより10数分前に、新一青年の手で瀕死の重傷を負わされ、倒れていた。そうとは知らぬ京子は、「老博士が襲われた時、新一青年は自分の傍にいたのだから、絶対に犯人ではない」と考える〔*犯人あるいは共犯者が、被害者に変装する点で→〔死因〕2bの『英草紙』第8篇「白水翁が売卜直言奇を示す話」と同様〕。
『皇帝の嗅ぎ煙草入れ』(カー) イヴ・ニールの寝室に、前夫がよりを戻すために忍び入る。前夫は窓のカーテンの隙間から向かいの家を見て、「老人が嗅ぎ煙草入れを眺めている」と言う。数分後、再び前夫は窓外を見て「老人が殺されている」と言い、そのさまをイヴに見せる。実は、前夫は老人を殺しておいてからアリバイ工作のためイヴの所へ来たのだが、イヴは前夫の言葉の暗示により、生きている老人を見たように思いこみ、「たった今、何者かが老人を殺したのだ」と錯覚する。
*録音機・蓄音機を使って犯行時刻をごまかし、アリバイ工作をする→〔録音〕2b。
*時計を遅らせてアリバイ工作をする→〔時計〕3aの『化人(けにん)幻戯』(江戸川乱歩)。
『ある商売』(星新一『エヌ氏の遊園地』) エム氏はアリバイ業を営んでいた。誰かが犯罪を行なう場合に、「その時間にはこの場所で、ずっと一緒にいた」との証人になってやるのだ。利用客は多く、十分にもうかる商売だった。ある夜エム氏は、どこかへ泥棒に出かける男に、「事務所で一晩中トランプをしていた」とのアリバイを作ってやる。完璧を期すために、エム氏が男の身になって、仲間2人と事務所で一晩中トランプをするのだ。その間に、男はエム氏の留守宅に侵入し、金庫をこじあけて大金を盗んで行った。
『幻の女』(アイリッシュ) ヘンダースンは妻と喧嘩して夜の街へ出、バーで出会った名も知らぬ女を誘って食事をし、劇場でショーを見て別れる。帰宅すると妻が殺されており、彼は逮捕され死刑の判決を受ける。ヘンダースンにはアリバイがなく、その夜行動をともにした「幻の女」だけが、彼の無実を証言することができる。収監されたヘンダースンに代わって、親友ロンバードが「幻の女」を捜すが、実はロンバードこそ、ヘンダースンの妻を殺した真犯人であり、彼は口封じのため「幻の女」を殺そうとする〔*→〔濡れ衣〕1fの『逃亡者』(デイヴィス)と類似の設定〕。
『証言』(松本清張) 48歳の石野は、西大久保に愛人を住まわせていた。ある夜、愛人宅を出たところで、石野は顔見知りの杉山とすれ違う。同時刻に向島で殺人事件があり、杉山が容疑者として逮捕される。石野が証言すれば、杉山のアリバイは成立するのだったが、石野は愛人との生活を隠すため、「自分は西大久保には行ってない。だから杉山にも会わなかった」と嘘を言う。
★4.ある事件のアリバイを証明すると、別の事件の犯人であることがバレてしまう。
『死刑台のエレベーター』(マル) ジュリアンはビルの一室で殺人を犯した後、エレベーターに一晩閉じ込められる。翌朝、彼はエレベーターから脱出したが、遠方で起こった殺人事件の犯人と間違えられ、逮捕されてしまう。アリバイを証明すれば、自らの犯した殺人が露見する恐れがあるので、ジュリアンは何も言えない。しかし警察の追及に堪えられず、とうとう彼は「エレベーターの中にいた」と言う。ところが警察は「バカバカしい」と言って、取り合わない。
★5.目撃者の愚かな錯覚から、犯人の意図せぬアリバイが成立してしまう。
『断崖の錯覚』(太宰治) 「私」は恋人の雪を、断崖から百丈(=300メートル)下の海に突き落とした。その直後に、山の木こりが来て崖下をのぞき、「女が浪さ打ちよせられている」と言った。木こりは(不思議なことに他の人々も)、「私」が雪を突き落とした、とは考えないようだった。とすると、波打ち際の雪の死体と、山を散歩していた「私」の間には、百丈もの距離があるので、自動的に「私」のアリバイが成立してしまった。
★6.警察の捜査圏から、空間的にも時間的にも外へ出てしまう。
『捜査圏外の条件』(松本清張) 昭和25年(1950)。東京の銀行に勤める「自分」は、「同僚の笠岡を殺さねばならぬ」と決意した(*→〔密会〕3)。「自分」は銀行をやめ、遠い山口県へ引越し、笠岡とまったく無関係な人間になって、7年間待つ。昭和32年(1957)。「自分」は東京へ出て、飲み屋街で笠岡を見つけ、毒入りのビールを飲ませて、周囲に気づかれぬまま立ち去る。しかしその時、笠岡は昔を思い出して、7年前の流行歌「上海帰りのリル(*→〔歌〕5b)」を口ずさんだのだ。飲み屋の女中がそれを捜査官に告げ、警察は、「自分」と笠岡が7年前に同僚だった事実を知った。
*複数の殺人犯たちが互いのアリバイを証明しあって、捜査を攪乱する→〔共謀〕4の『オリエント急行殺人事件』(クリスティ)。
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