『アイーダ』とは? わかりやすく解説

『アイーダ』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/09 09:20 UTC 版)

ジュゼッペ・ヴェルディ」の記事における「『アイーダ』」の解説

1869年ヴェルディ『運命の力』改訂施して久しぶりとなるスカラ座公演行った結末変更し新しい曲を加えた本作成功した。特にソプラノテレーザ・シュトルツ輝きヴェルディ満足した。それでも音楽の世界戻ろうとはしなかった。1871年何度もオファー繰り返していたオペラ座監督デュ・ロクルはエジプトから新しオペラハウス用の依頼持ち込んだ遠隔地でもあり乗り気でなかったヴェルディだが、劇場側はそれならばグノーワーグナーに話を持ちかけるほのめかして焚きつけ彼の受諾引き出した。しかしヴェルディ破格条件をつけ、報酬は『ドン・カルロ』の3倍に当たる15フランカイロ公演監修しない事、さらにイタリアで初演を手にした。 仕事始まればヴェルディ集中する受け取ったスケッチからデュ・ロクルと共同台本制作しエジプト衣裳楽器さらには信仰詳細まで情報手に入れて磨きをかけ『アイーダ』を仕上げた。ところが7月普仏戦争勃発しパリ準備していた舞台装置持ち出せなくなりカイロ開演延期余儀なくされた。一方でヴェルディスカラ座公演準備予定通り進め慌てたエジプト側はこの年クリスマスに何とか開演目処をつけた。わだかまりからマリアーニは指揮断り自身立ち会わないヴェルディ若干不安を覚えたが、初演大好評博した。そして1872年2月アイーダ役のシュトルツのために「おお、我が祖国」を加えた『アイーダ』はスカラ座開演し、大喝采浴びた。なお、『アイーダ』はしばし1869年スエズ運河開通記念するために制作されたという説が述べられるが、これはある有名批評家個人的憶測元になっている俗説に過ぎない。 "おお、我が祖国" 『アイーダ』、1916年出演:マリー・ラポルト(英語版)。 この音声映像がうまく視聴できない場合は、Help:音声動画の再生ご覧ください。 『アイーダ』はヴェルディ集大成と言える作品である。コンチェルタート力強く明瞭な旋律仕上げ、各楽器音色最大限生かした上、「凱旋行進曲」用に長いバルブを持つ特製アイーダ・トランペット開発した長年目指した曲と劇との融合では、「歌」を演劇大きな構成要素仕立てアリアシェーナレチタティーヴォなど旧来のどのような形式にも当てはまらず、劇全体を繋ぐ独唱合唱実現したパリ経験上手く消化しバレエ効果的に挿入された。さらに『椿姫以来となる女性主役としたあらすじは、以前のほとんどの作品にあった悲劇的な死ではない官能的な生との別れ終え観客強く魅了した。 『アイーダ』と改訂版ドン・カルロ』はイタリアから世界各地上演され、どれも好評得たヴェルディナポリ初演立ち会うが、その傍らには妻ジュゼッピーナだけでなくシュトルツ付き添い新聞のゴシップネタとなった。これに対しヴェルディ沈黙し、ジュゼッピーナは悩みつつも醜聞が、既にマリアーニとの婚約解消していたシュトルツの耳に入らないよう気を配った1873年ヴェルディは、亡くなった尊敬する小説家であり詩人であったアレッサンドロ・マンゾーニ讃える『レクイエム』作曲した。これには、ロッシーニ捧げるレクイエム」の一部用いていた。一周忌1874年5月ミラノ大聖堂公演された同曲は3日後にスカラ座再演されるが、そこではよもや死者追悼する曲から劇場のそれに変貌し賞賛非難複雑に飛び交った。それでもヴェルディ栄華最高潮にあったパリではレジオンドヌール勲章とコマンデール勲章授かり作品著作権収入莫大なものとなっていた。 農場経営も順調そのもので、買い増し土地当初の倍以上になり、雇う小作人十数人までになった。父が亡くなった際に引き取った従妹マリア改名し18歳迎えて結婚した相手パルマ名門一家出のアルベルト・カルラーラであり、夫婦サンターガタ同居した。邸宅ヴェルディ自らが設計し増築繰り返して大きな屋敷になっていた。自家製ワインを楽しみ、冬のジェノヴァ旅行恒例となった。 その一方で公の事は嫌い、1874年には納税額の多さから上院議員任命されるが、議会には一度出席しなかった。慈善活動には熱心で、奨学金橋の建設寄付をしたり、病院建設計画にも取り組んだその頃に彼はほとんど音楽手を出さず、「ピアノ蓋を開けない」期間が5年続いた。 彼が音楽の世界に戻るのは1879年になる。手遊び作曲主の祈り「アヴェ・マリア」書き始めたことを聞いたリコルディはジュゼッピーナとともに働きかけシュトルツ引退公演となるスカラ座『レクイエム』指揮引き受けさせた。成功終わった初演の夜、夕食を共にしたジューリオ・リコルディはヴェルディ久しぶり新作打診した後日アッリーゴ・ボーイト持参したシェイクスピア作品台本気に入ったが、いまひとつ踏ん切りがつかずボーイト改訂指示与えサンターガタに送るように言ってその場凌いだ

※この「『アイーダ』」の解説は、「ジュゼッペ・ヴェルディ」の解説の一部です。
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