祇園祭礼図巻とは? わかりやすく解説

祇園祭礼図巻

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/21 16:47 UTC 版)

横山華山」の記事における「祇園祭礼図巻」の解説

上下2巻全長30m余りもの長さにわたり、上質な紙と絵の具用いて表面には雲母撒き祇園祭一部始終描き尽くすそうとする他に類を見ない絵巻物祇園祭題材にした作品は、近世だけでも100点弱、祇園会点景として描く洛中洛外図などを含めれば200点を下らないが、山鉾巡行以外の行事まで描いた作品少ない上に、絵自体の質や場面周到さ、考証緻密さなどで傑出した出来栄えを示す。上巻稚児社参から宵山前祭山鉾23基の巡行を、下巻後祭山鉾10基の巡行から、神輿還幸四条河原の納涼経て祇園ねりもので終わる。無款記ではあるものの、制作当初のものと思われる内箱に「京都祇園会真図/花山筆」とあることや、紅花屏風との細部比較により、華山の筆であることに疑いない。なお、上下巻とも冒頭に無屋道人なる人物の漢詩記されているが、年期弘化3年1846年)で本図とは直接には関係ない。 順に場面見ていく。稚児社参神事の無事を祈願するため、稚児祇園社詣でること。現在の祭りでは稚児は馬に乗って社参するが、本図では駕籠乗る。続く宵山では、菊水鉾中心に3基の鉾を並べることで、そこが「鉾の辻」出ることを暗示するまた、先の祇園社並置することで、昼と夜、社の厳粛さと街の喧騒という対比作っている。前祭山鉾巡行は、本来最後尾船鉾先頭に、先頭長刀鉾上巻末に表し最後尾から先頭向かって追いかけるように表されており、本作大きな特徴である。なお途中月鉾は、山鉾巡行見どころ一つ辻回し行っている。下巻巻頭から始まる後祭山鉾巡行は、前祭異なり先頭から表される山鉾は鉾頭を描いていないものが複数あるものの、精緻描かれ装飾品などから全て特定でき、鉾の間に山3基の原則忠実に守られている。むしろ、鉾頭を巧みにトリミングする事で、装飾品祭りを楽しむ人々強調し山鉾がただ並ぶだけの単調な画面陥るのを避けている。なお山巡行順番は、籤取らず山鉾以外クジで決まるため毎年異なるが、本図と同じ順番の年は存在せず特定の年の巡行描いたわけではない事がわかる。神輿還幸御旅所から祇園社への3基の神輿還幸するさまを、下巻のほぼ半分占めて描かれる最後の2場面夕闇変わり、まずは四条河原川床夕涼みする人々鴨川浅瀬床几所狭しと並べられ寿司西瓜甘酒屋台が軒を連ね、「仮名手本忠臣蔵」の看板確認できる。「祇園ねりもの」とは、祇園芸妓たちが仮装して花街練り歩く行事で、神輿洗合わせて5月晦日6月18日(共に旧暦)に行われた仮装テーマ毎年異なり本図では牛若丸扮し芸妓から天保6年1835年)、後祭山鉾巡行の後に描かれていることから、5月晦日ではなく6月18日ねりものだと特定できる見物客パンフレットのようなものを持っているが、これは「ねりもの番付」で、芸妓たちが練り歩く順番記した摺物である。祇園ねりもの芸妓たちの晴れ舞台で、旦那衆たちはは贔屓芸妓のためにライバル芸妓負けまい豪華な衣装しつらえ番付一つでも上げよう競い合った。しかも、練り歩く道すがら贔屓筋の旦那衆から声がかかると、芸妓その場で舞や踊り披露したという。そのたびねりもの中断するため、終わるのは明け方になることも珍しくなかった。なお、江戸時代までは衣装その日限り使い捨てで、裾は地面を引きずっていたという。このように現代では実施困難な行事ということもあり、昭和35年1960年)を最後に祇園ねりもの開催されていないこうした事情のため祇園ねりもの資料少なく歴史資料としても貴重な画証といえる末尾高札立ち並ぶ祇園社西門終わり祇園社正門から始まる冒頭との対比となっている。 制作年は、先述天保6年6月18日から、華山没する天保8年3月16日までの2年弱まで絞り込め華山晩年代表作と言える。ただし、制作期間短期間ながらも、準備期間には相当な日数要した想像されるそもそも山鉾町の山鉾が、完成された状態で実見する期間は限られている。他流派絵師ならば、師匠らから受け継いだ粉本や、『祇園会細記』や『都名所図会』といった祇園祭描いた版本用いて型通り作品仕上げることもできるだろうが、華山風俗画対す姿勢からは想定し難い上に、そのような作品満足するような注文主ならば華山制作依頼しないであろう実際本作下絵一部である「祇園祭調巻(祇園祭礼図巻下絵)」(京都市立芸術大学芸術資料館)には、懸装品や金工品、御神体などについて、事細かに記されている。内箱の「祇園会真図」という文言は、決し誇張ではないといえよう本作依頼主不明だが、祇園祭知悉ていない楽しめない表現多数盛り込まれていることから、山鉾の上町衆、または祇園花街支え旦那衆、および両者兼ね備えた人物想定される候補としては「紅花屏風」と同じく伊勢屋右衛門挙げられるが、確証はない。 なお、「祇園祭礼図巻」の下絵とされる祇園祭調巻」は、縦約30cm、長さ約9mの作品で、前祭(さきまつり)巡行描いている。2000年3月京都市立芸術大学寄付受けたが、2022年5月行方不明になっていることが判明した

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