御嶽山の人間史とは? わかりやすく解説

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御嶽山の人間史

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/02 15:51 UTC 版)

御嶽山」の記事における「御嶽山の人間史」の解説

702年大宝2年6月 - 役小角開山し、高根道基が山頂剣ヶ峰御嶽神社奥社創建したとされている。 774年宝亀5年) - 信濃国司の石川望足石川朝臣)が勅を受けて登頂し大己貴命少彦名命二神祀り悪疫退散祈願した925年延長3年) - 白河少将重頼が登拝し御嶽神社奥社神殿建造したとされている。 928年延長6年) - 醍醐天皇勅使により、黒沢口御嶽神社里宮建造された。 1161年応保元年)- 後白河天皇勅使登山参拝されたと伝えられている。 1177年-1184年治承元年-寿永3年) - 木曾義仲打倒平氏祈願するために登ったと伝えられている。 室町時代 - 修験者の登拝が盛んになった。 1492年-1500年明応-大永年間) - 木曽義元小笠原氏打倒し藪原峠に御嶽遥拝鳥居建造した1503年文亀3年) - 王滝村祚宜彦五郎が『王御嶽登山清女行法巻』の祭文書写1507年永正4年) - 王滝村祚宜彦五郎が『王御嶽蔵王権現祭祀祝詞』を書写1560年永禄3年6月13日 - 木曽義昌従者と共に武運祈願するために登頂した1591年天正19年) - 王滝村祚宜滝六郎右ヱ門が『嶽由来記』を記す。 1593年文禄元年) - 王滝村祚宜滝六郎右ヱ門が『御嶽山縁記』を書写1716年-1735年享保年間) - 本草学者丹羽正伯らが山域で生薬採集調査行った1719年享保4年6月15日 - 「山村家給人古畑助三郎以下四十一名」の道者が登拝した記録されている。 1785年天明5年) - 尾張覚明行者によって黒沢口開かれた御嶽信仰の山として江戸時代に、一般に開放されるようになった1791年寛政3年) - 小坂口開かれた1792年寛政4年) - 代官山村良喬により御嶽山の軽精進登山許可され武居家から「登山に付谷中通達の事」が通達された。6月 - 武蔵普寛行者王滝口開いた1849年嘉永2年) - 普寛行者弟子である寿光行者御嶽山霊草百種を採り集め煎じて生薬としたと伝えられている。 1861年文久元年) - 剣ヶ峰御嶽神社奥社の祠の石垣改修が行われ、700ほどの大観通宝出土した1872年明治5年) - 太政官通達により神社仏閣地の女人禁制解かれた。 1907年明治40年) - 御嶽山上に御嶽夏季郵便局開設された。 1925年大正14年) - 御嶽自動車商会現在のおんたけ交通)が開業1952年昭和27年3月3日 - 長野県側の山域が御岳県立公園指定される1954年昭和29年3月 - 王滝口自動車道路建設開始8月8日 - 山頂直下八丁ダルミに、御嶽教斎場である「御嶽山頂上祭場」(日本で最高所火葬場)が造られ毎年御嶽山大御神火祭」が斎行されるようになった1961年昭和36年)- 南山麓に牧尾ダム完成し中京圏水がめとして上水道工業用水かんがい用水供給している。 1966年昭和41年)- 王滝口有料道路林道黒石線現在の村道41号線)が田の原まで全線開通1971年昭和46年)- 黒沢口有料道路白崩林道中の湯まで全線開通1979年昭和54年10月28日 - 南西側斜面水蒸気爆発発生し有史以来噴火となった1984年昭和59年9月14日8時4849秒 - 御嶽山直下震源としたM6.8の長野県西部地震発生し剣ヶ峰南南東の伝上川上流で山体崩壊発生し岩屑なだれ流れ下った王滝川沿いの山麓多大な被害もたらしたこの際濁川温泉現存せず)が流失し経営者一家が行不明になった。 1985年昭和60年)- 東南東山腹おんたけスキー場現在のおんたけ2240)が開業1989年平成元年) - 御岳ロープウェイ開業し通年運行され、冬はスキー場その他のシーズンは、観光客登山者利用されている。 1996年平成8年) - 東山腹に開田高原マイアスキー場開業1997年平成9年4月1日 - 有料道路林道黒石線無料開放化。 1998年平成10年)- 北岳山腹にチャオ御岳スノーリゾート開業1999年平成11年4月1日 - 岐阜県側の山域が御嶽山県立自然公園指定される2004年平成16年3月1日 - 麓の小坂町及び萩原町下呂町金山町馬瀬村合併して下呂市誕生した2005年平成17年2月1日 - 麓の朝日村高根村及び高山市丹生川村清見村荘川村宮村久々野町国府町上宝村の1市2町7編入合併新し高山市となった11月1日 - 麓の開田村三岳村及び木曽福島町日義村合併して木曽町となる。 2007年平成19年11月13日-11月14日 - 木曽町日本山岳修験学会木曽御嶽学術大会)が開催される2014年平成26年9月27日 - 南東斜面水蒸気爆発発生し多数登山客が巻き込まれる2014年の御嶽山噴火)。

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