全国中等学校優勝野球大会 (山陰代表)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/14 01:31 UTC 版)
「全国高等学校野球選手権大会 (鳥取県勢)」の記事における「全国中等学校優勝野球大会 (山陰代表)」の解説
1915年の第1回大会に、県内からは鳥取中 (現・鳥取西)、倉吉中 (現・倉吉東)、米子中 (現・米子東)、鳥取師範の4校が予選に出場している。山陰代表となった鳥取中は開会式直後の第1試合で広島中 (現・国泰寺)を破っている。 鳥取中は第4回大会から第6回大会にかけての3年連続出場、第12回大会から第15回大会にかけての4年連続出場など、中等学校時代だけで15回の出場を数える。その間、ベスト4に4回、ベスト8に3回進出した。 鳥取中の後塵を拝した形になっていた県西部のライバル・米子中も、第11回大会を皮切りに5回の出場を果たしている。 年度 (大会)代表校成績試合結果1915年 (第1回大会) 鳥取中 (初出場) ベスト8 1回戦 ○ 14 - 7 広島中 準々決勝 ● 1 - 7 和歌山中 1916年 (第2回大会) 鳥取中 (2年連続2回目) ベスト4 1回戦 ● 1 - 2 和歌山中 敗者復活戦 ○ 9 - 6 中学明善 準決勝 ● 4 - 5 市岡中 1918年 (第4回大会) 鳥取中 (2年ぶり3回目) (米騒動のため中止) 1919年 (第5回大会) 鳥取中 (2年連続4回目) ベスト8 1回戦 ○ 4 - 3 愛知一中 準々決勝 ● 2 - 4 小倉中 (延長15回) 1920年 (第6回大会) 鳥取中 (3年連続5回目) ベスト4 1回戦 ○ 6 - 2 豊国中 準々決勝 ○ 2 - 0 京都一商 準決勝 ● 3 - 14 関西学院中 1924年 (第10回大会) 鳥取一中 (4年ぶり6回目) ベスト4 1回戦 ○ 10 - 0 京城中 2回戦 ○ 15 - 2 同志社中 準々決勝 ○ 5 - 4 宇都宮中 準決勝 ● 3 - 9 松本商 1925年 (第11回大会) 米子中 (初出場) 2回戦 1回戦 ○ 2 - 0 前橋中 2回戦 ● 4 - 10 第一神港商 1926年 (第12回大会) 鳥取一中 (2年ぶり7回目) ベスト8 1回戦 ○ 4 - 2 長崎商 2回戦 ○ 4 - 1 盛岡中 準々決勝 ● 3 - 9 和歌山中 1927年 (第13回大会) 鳥取一中 (2年連続8回目) 2回戦 1回戦 ○ 9 - 1 茨城商 2回戦 ● 3 - 7 鹿児島商 1928年 (第14回大会) 鳥取一中 (3年連続9回目) 初戦敗退 2回戦 ● 2 - 8 高松中 1929年 (第15回大会) 鳥取一中 (4年連続10回目) ベスト4 1回戦 ○ 12 - 0 秋田師範 2回戦 ○ 2 - 1 敦賀商 準々決勝 ○ 1 - 0 市岡中 準決勝 ● 1 - 5 広島商 1930年 (第16回大会) 米子中 (5年ぶり2回目) 初戦敗退 1回戦 ● 0 - 4 大邱商 1932年 (第18回大会) 米子中 (2年ぶり3回目) 初戦敗退 2回戦 ● 1 - 3 石川師範 1933年 (第19回大会) 鳥取一中 (4年ぶり11回目) 初戦敗退 1回戦 ● 0 - 3 敦賀商 1934年 (第20回大会) 鳥取一中 (2年連続12回目) 2回戦 1回戦 ○ 3 - 1 京都商 2回戦 ● 1 - 8 熊本工 1935年 (第21回大会) 米子中 (3年ぶり4回目) 初戦敗退 1回戦 ● 4 - 5 育英商 1936年 (第22回大会) 鳥取一中 (2年ぶり13回目) 2回戦 1回戦 ○ 3 - 2 鹿児島商 2回戦 ● 1 - 4 岐阜商 1938年 (第24回大会) 鳥取一中 (2年ぶり14回目) ベスト8 2回戦 ○ 3 - 0 青森師範 準々決勝 ● 0 - 3 甲陽中 1939年 (第25回大会) 米子中 (4年ぶり5回目) ベスト8 2回戦 ○ 12 - 7 高岡商 準々決勝 ● 0 - 3 海草中 1947年 (第29回大会) 鳥取一中 (9年ぶり15回目) 初戦敗退 2回戦 ● 4 - 10 志度商
※この「全国中等学校優勝野球大会 (山陰代表)」の解説は、「全国高等学校野球選手権大会 (鳥取県勢)」の解説の一部です。
「全国中等学校優勝野球大会 (山陰代表)」を含む「全国高等学校野球選手権大会 (鳥取県勢)」の記事については、「全国高等学校野球選手権大会 (鳥取県勢)」の概要を参照ください。
全国中等学校優勝野球大会
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/13 01:26 UTC 版)
「全国高等学校野球選手権大会 (島根県勢)」の記事における「全国中等学校優勝野球大会」の解説
第1回大会(1915年)、県内から松江中(現・松江北)、杵築中(現・大社)の2校が予選(山陰大会)に出場。 第3回大会(1917年)、杵築中が島根県勢として初出場。準決勝まで勝ち上がる快進撃を見せた。その準決勝では大会優勝校の愛知一中に惜敗した。 島根県勢は、第29回大会までに8回出場(鳥取県勢は20回)。ベスト4進出が2度あるなど、全国大会成績は8勝8敗だった。 年度代表校全国大会成績備考1917年(第3回大会) 杵築中(初出場・山陰代表) 1回戦 6 - 3 長崎中(九州・長崎)準々決勝 4x - 3 長野師範(北陸・長野)準決勝 2 - 3 愛知一中(東海・愛知) ベスト4進出 1921年(第7回大会) 杵築中(4年ぶり2回目・山陰代表) 2回戦 8 - 17 釜山商(朝鮮) 初戦敗退 1922年(第8回大会) 島根商(初出場・山陰代表) 1回戦 7 - 5 佐賀中(九州・佐賀)準々決勝 0 - 2 神戸商(兵庫) ベスト8進出 1923年(第9回大会) 松江中(初出場・山陰代表) 2回戦 9 - 3 仙台一中(東北・宮城)準々決勝 5 - 4 函館商(北海道)準決勝 3 - 7 和歌山中(紀和・和歌山) ベスト4進出 1931年(第17回大会) 大社中(10年ぶり3回目・山陰代表) 2回戦 12 - 11 京城商(朝鮮)準々決勝 4 - 22 小倉工(北九州・福岡) ベスト8進出 1937年(第23回大会) 大田中(初出場・山陰代表) 1回戦 5 - 9 呉港中(山陽・広島) 初戦敗退 1940年(第26回大会) 松江商(18年ぶり2回目・山陰代表) 1回戦 3x - 2 北海中(北海道)2回戦 1 - 3 東邦商(東海・愛知) 2回戦進出 1946年(第28回大会) 松江中(23年ぶり2回目・山陰代表) 2回戦 11 - 8 敦賀商(北陸・福井) 準々決勝 0 - 2 下関商(山陽・山口) ベスト8進出
※この「全国中等学校優勝野球大会」の解説は、「全国高等学校野球選手権大会 (島根県勢)」の解説の一部です。
「全国中等学校優勝野球大会」を含む「全国高等学校野球選手権大会 (島根県勢)」の記事については、「全国高等学校野球選手権大会 (島根県勢)」の概要を参照ください。
全国中等学校優勝野球大会
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/16 20:39 UTC 版)
「全国高等学校野球選手権大会 (徳島県勢)」の記事における「全国中等学校優勝野球大会」の解説
徳島県初の野球部は1898年にできた徳島中(現:城南高)野球部である。翌1899年には香川県の高松中や丸亀中に遠征している。中等学校野球時代の徳島県では徳島中と徳島商の対戦が「徳島の早慶戦」と呼ばれ大変な盛り上がりを見せていた。 中等学校野球時代の全国大会出場権は四国四県の学校による全国中等学校優勝野球大会四国大会の優勝校1校に与えられていた。県勢は当時レベルの高かった香川・愛媛の北四国勢に阻まれ続け、全国大会への出場は2回のみで、いずれも初戦で敗退している。しかし戦時中の1942年に特別ルールで行われた文部省主催の全国大会では徳島商が四国代表として全国優勝している(詳細は1942年の全国中等学校野球大会を参照)。 大会(年度)代表校試合結果成績第23回大会(1937年) 徳島商(初出場) 2回戦 ● 0 - 1 海草中 初戦敗退 第26回大会(1940年) 徳島商(3年ぶり2回目) 1回戦 ● 2 - 3 松本商 初戦敗退
※この「全国中等学校優勝野球大会」の解説は、「全国高等学校野球選手権大会 (徳島県勢)」の解説の一部です。
「全国中等学校優勝野球大会」を含む「全国高等学校野球選手権大会 (徳島県勢)」の記事については、「全国高等学校野球選手権大会 (徳島県勢)」の概要を参照ください。
全国中等学校優勝野球大会(山陽代表)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/07 01:36 UTC 版)
「全国高等学校野球選手権大会 (岡山県勢)」の記事における「全国中等学校優勝野球大会(山陽代表)」の解説
岡山県は山陽大会で広島県および山口県(第2回大会から)と争い、優勝校が山陽代表として出場した。第7回大会で岡山一中(現:岡山朝日)が県勢初出場。 年度(大会)代表校試合結果成績1921年(第7回大会) 岡山一中(初出場) 1回戦 ○ 4 - 3 函館中 ベスト8 2回戦 ○ 19 - 7 長岡中 準々決勝 ● 7 - 16 大連商
※この「全国中等学校優勝野球大会(山陽代表)」の解説は、「全国高等学校野球選手権大会 (岡山県勢)」の解説の一部です。
「全国中等学校優勝野球大会(山陽代表)」を含む「全国高等学校野球選手権大会 (岡山県勢)」の記事については、「全国高等学校野球選手権大会 (岡山県勢)」の概要を参照ください。
全国中等学校優勝野球大会
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/11 09:30 UTC 版)
「全国高等学校野球選手権大会 (宮崎県勢)」の記事における「全国中等学校優勝野球大会」の解説
1915年に全国中等学校優勝野球大会が始まったが、1953年までの35回連続で、宮崎県勢の選手権出場はない。
※この「全国中等学校優勝野球大会」の解説は、「全国高等学校野球選手権大会 (宮崎県勢)」の解説の一部です。
「全国中等学校優勝野球大会」を含む「全国高等学校野球選手権大会 (宮崎県勢)」の記事については、「全国高等学校野球選手権大会 (宮崎県勢)」の概要を参照ください。
全国中等学校優勝野球大会
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/13 22:53 UTC 版)
「全国高等学校野球選手権大会 (愛媛県勢)」の記事における「全国中等学校優勝野球大会」の解説
中等学校野球時代は四国四県による四国大会優勝校が四国代表として全国大会に出場していた。愛媛県勢として初の全国大会出場は第4回大会の今治中(現:今治西)であったが、米騒動で中止になったため試合はしていない。第21回大会で松山商が県勢初優勝を達成。 大会(年度)代表校試合結果成績第4回大会(1918年) 今治中(初出場) (中止) 第5回大会(1919年) 松山商(初出場) 1回戦 ○ 12 - 4 竜ヶ崎中 ベスト8 準々決勝 ● 0 - 1 盛岡中 第6回大会(1920年) 松山商(2年連続2回目) 1回戦 ○ 10 - 1 鴻城中 ベスト4 準々決勝 ○ 19 - 0 明星商 準決勝 ● 3 - 4x 慶応普通部(延長16回) 第7回大会(1921年) 松山商(3年連続3回目) 2回戦 ○ 5 - 4 明倫中 ベスト8 準々決勝 ● 1 - 7 京都一商 第8回大会(1922年) 松山商(4年連続4回目) 1回戦 ○ 8 - 5 市岡中 ベスト4 準々決勝 ○ 3 - 0 広島商 準決勝 ● 1 - 2x 神戸商 第9回大会(1923年) 松山商(5年連続5回目) 2回戦 ● 2 - 3 甲陽中 初戦敗退 第10回大会(1924年) 松山商(6年連続6回目) 2回戦 ○ 13 - 1 秋田中 ベスト8 準々決勝 ● 2 - 5 松本商 第16回大会(1930年) 松山商(6年ぶり7回目) 1回戦 ○ 8 - 1 甲陽中 ベスト8 2回戦 ○ 4 - 2 大邱商 準々決勝 ● 2 - 4 諏訪蚕糸 第17回大会(1931年) 松山商(2年連続8回目) 2回戦 ○ 3 - 0 第一神港商 ベスト4 準々決勝 ○ 3 - 0 桐生中 準決勝 ● 1 - 3 中京商 第18回大会(1932年) 松山商(3年連続9回目) 2回戦 ○ 2x - 1 静岡中 準優勝 準々決勝 ○ 8 - 0 早稲田実 準決勝 ○ 3 - 0 明石中 決勝 ● 3 - 4x 中京商(延長11回) 第19回大会(1933年) 松山中(初出場) 2回戦 ○ 10 - 1 嘉義農林 ベスト4 準々決勝 ○ 3x - 2 栃木中 準決勝 ● 0 - 4 平安中 第21回大会(1935年) 松山商(4年ぶり10回目) 2回戦 ○ 3 - 0 海草中 優勝 準々決勝 ○ 5 - 4 嘉義農林(延長10回) 準決勝 ○ 4 - 0 愛知商 決勝 ○ 6 - 1 育英商 第22回大会(1936年) 松山商(2年連続11回目) 1回戦 ● 4 - 5x 京阪商 初戦敗退
※この「全国中等学校優勝野球大会」の解説は、「全国高等学校野球選手権大会 (愛媛県勢)」の解説の一部です。
「全国中等学校優勝野球大会」を含む「全国高等学校野球選手権大会 (愛媛県勢)」の記事については、「全国高等学校野球選手権大会 (愛媛県勢)」の概要を参照ください。
Weblioに収録されているすべての辞書から全国中等学校優勝野球大会を検索する場合は、下記のリンクをクリックしてください。

- 全国中等学校優勝野球大会のページへのリンク