全国中等学校優勝野球朝鮮大会とは? わかりやすく解説

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全国中等学校優勝野球朝鮮大会

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/30 00:09 UTC 版)

全国中等学校優勝野球朝鮮大会(ぜんこくちゅうとうがっこうゆうしょうやきゅうちょうせんたいかい)は、1921年から1941年まで朝鮮に所在する中等学校を対象に行われていた全国中等学校優勝野球大会の地方大会。

沿革

  • 1921年 初開催。
  • 1941年 戦争激化のため全国大会は中止。
  • 1942年 - 1945年 開催されず。その後、日本の敗戦により大会廃止。

歴代代表校

年度 参加校 代表校(出場回数) 決勝スコア 準優勝校 全国大会
1921年(第7回大会 4校 釜山商(初出場) 17x-5 仁川商 ベスト8
1922年(第8回大会 5校 京城中(初出場) 6-0 仁川商 1回戦
1923年(第9回大会 8校 徽文高普(初出場) 10-1 京城中 ベスト8
1924年(第10回大会 6校 京城中(2年ぶり2回目) (棄権) 培材高普 1回戦
1925年(第11回大会 7校 釜山中(初出場) 4x-2 京城中 2回戦
1926年(第12回大会 京城中(2年ぶり3回目) 5-2 釜山一商 ベスト8
1927年(第13回大会 京城中(2年連続4回目) 2-0 京城師範 2回戦(初戦)
1928年(第14回大会 京城中(3年連続5回目) 10-1 平壌中 2回戦
1929年(第15回大会 平壌中(初出場) 5x-0 大邱商 2回戦(初戦)
1930年(第16回大会 大邱商(初出場) 2-0 龍山中 2回戦
1931年(第17回大会 京城商(初出場) 7x-1 平壌中 2回戦(初戦)
1932年(第18回大会 平壌中(3年ぶり2回目) 13x-8 東莱高普 1回戦
1933年(第19回大会 31校 善隣商(初出場) 5x-1 木浦商 1回戦
1934年(第20回大会 34校 京城商(3年ぶり2回目) 6-5[1] 新義州商 ベスト8
1935年(第21回大会 33校 新義州商(初出場) 22x-3 大邱商 2回戦(初戦)
1936年(第22回大会 38校 仁川商(初出場) 8x-4 大邱商 2回戦(初戦)
1937年(第23回大会 37校 龍山中(初出場) 8x-1 裡里農林 1回戦
1938年(第24回大会 31校 仁川商(2年ぶり2回目) 7-0 平壌商 2回戦
1939年(第25回大会 26校 仁川商(2年連続3回目) 1-0 平壌一中 1回戦
1940年(第26回大会 28校 平壌一中(8年ぶり3回目) 3-1 善隣商 2回戦(初戦)
1941年(第27回大会 4校 北鮮大会のみ実施(選出なし) (中止)

脚注

  1. ^ 延長10回

関連項目




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