両性具有
★1a.男でも女でもある存在。
『セラフィタ』(バルザック) スウェーデンボルグの従弟セラフィッツ男爵の妻が、天使霊セラフィタ(セラフィトゥス)を身ごもったのは、1783年のことだった。セラフィタは人間の肉体を持ち、ノルウェーで生まれ育ったが、美少年とも美少女とも見られる容姿だった。牧師の娘ミンナはセラフィタを男性と思い、野心家の青年ウィルフリッドはセラフィタを女性と思って愛した。しかしセラフィタは2人の愛をしりぞけ、19世紀の最初の夏のある日、地上の肉体を捨てて昇天した。
『捜神記』巻7-17(通巻195話) 恵帝の時、洛陽に両性具有者がおり、きわめて淫乱だった。このような奇形が生ずるのも、天下に戦乱が起こるのも、そのもとは、男の陽気と女の陰気との混乱によるのである。
『メトロポリス』(手塚治虫) ロートン博士が人造細胞から創った人間は、世界一美しい顔の大理石像「ローマのエンゼル」を、モデルにしていた。ロートン博士は、性を持たぬ人造人間に、男とも女ともつかぬ「ミッチイ」という名前をつけた。ミッチイの喉の奥にはボタンがあり、これを押せばミッチイは少年から少女に、また少女から少年に変った。
『変身物語』(オヴィディウス)巻4 水の精である少女サルマキスが、美少年ヘルム=アプロディトスを恋する。彼女は、泉で泳ぐヘルム=アプロディトスに抱きついて、「神様、永遠に私を彼から引き離さないで」と願う。神は彼女の願いを聞き入れ、2人の身体は融合して1つになる。ヘルム=アプロディトスは泉に入る時は男だったが、出て来た時は「男女(おとこおんな)」になっていた。
★1c.誕生時は女と見なされたが、年頃になって両性具有者と判明する。
『灰燼』(森鴎外) 東京中学に籍を置く、17歳の相原光太郎は、以前は「相原みつ」という女児だった。高等小学校を卒業しかかる頃、特別に仲好しの友達がいるのを、相原の母親が不審に思って注意していると、女と女の間ではあり得ない場面に遭遇した。「みつ」は大学の附属病院で身体検査をし、戸籍の訂正をして、「光太郎」となった〔*光太郎は、女学生の種子(山口節蔵が寄宿している谷田家の1人娘)につきまとったので、節蔵が追い払った〕→〔下宿〕1d。
『陽物神譚』(澁澤龍彦) 19歳の青年皇帝が、アレクサンドリアの医方博士7人を招いて、秘密裡に、身体に女陰を穿つ手術を受け、両性具有者となった。百年に1度の世紀祭、3日間続く饗宴と殺戮の最後の夜、皇帝は女装してそぞろ歩きする。血に酔った親衛隊の将校がそれを見て、「高貴な上臈か、王宮出入りの娼婦だろう」と思い、短剣で刺す。皇帝は致命傷を負って倒れる。
*女装した将軍を、臣下がそれと知らず斬り殺す→〔女装〕8の『頼朝の死』(真山青果)。
『ブリハド・アーラニヤカ・ウパニシャッド』 一切は、原人プルシャの姿をとったアートマンのみであった。彼は第2のものを欲し、自己を2等分して、そこから夫と妻が生じた。彼は彼女を抱き、人類が生まれた。彼女は「彼は自身から私を産んだのに、なぜ私を抱くのか? 私は隠れよう」と考え、牝牛になる。彼は牡牛になって彼女を抱き、牛たちが生まれた。同様にして彼らは家畜を作り、さらに、神々をはじめとする一切のものを創造した。
『人間ども集まれ!』(手塚治虫) 人工授精によって、男でも女でもない第三の性、無性人間が大量生産される。無性人間は労働力となり、また、人間の代わりに兵士となって戦場へ行く。やがて無性人間たちは反乱を起こし、人間を捕らえて次々に去勢する。無性人間の1人が、反乱の犠牲者を弔うため、仏門に入って僧となる。僧は言う。「去勢された人間は怒らなくなる。万物すべて平和に、仏の世界に近づく。なぜ今まで人間は、このことに気づかなかったのでしょう」。
*平和な世界を作るもう1つの方法→〔戦争〕9の『鉄腕アトム』(手塚治)「ZZZ総統の巻」。
*癌の手術によって、男でも女でもない存在になる→〔癌〕2の『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「めぐり会い」。
『網膜脈視症』(木々高太郎) 精神病学の教授・大心地(おおころち)先生の患者に、「自分は神だ」と考える男がいた。男は21歳の時に遊郭へ行ったが、正常のアクトができなかった。してみると自分は男じゃない。そんなら女かというに、形態は女じゃない。つまり、男でも女でもない。だから神だ、というのである。
『死面(デス・マスク)』(川端康成) 多くの男から愛された「彼女」が死んだ。以前の恋人だった美術家が、「彼女」の顔に石膏をかぶせて死面(デス・マスク)を作る。「彼女」の最後の恋人である「彼」の目には、その死面は女のようにも男のようにも見えた。美術家は、「一般に死面は、これは誰のだと知らずに見ると、性別はわからないものです」と説明した。「あれほど女らしかった『彼女』も、死には勝てませんでした。死とともに、性の区別も終わるんですよ」。
『ふたなり』(落語) 夜道を歩く猟師が、若い女と出会う。女は「不義の子を身ごもったので、死なねばなりません」と言う。猟師は同情しつつも、女が首を吊る手伝いをしてやるうち、誤って自分が縊死してしまう。女はそれを見て、死ぬのがこわくなり、持っていた書置きを猟師の懐に入れて、どこかへ行ってしまう。翌日、検死の役人が「不義の子を身ごもり」という書置きを見て仰天し、猟師の息子に問う。「世に『ふたなり』と申して男女両性の者があると聞くが、お前の父は男子か?女子か?」。息子「りょうしでございます」。
『精神科学から見た死後の生』(シュタイナー)「精神科学から見た死後の生」(1) 人間の身体は、物質体(肉体)と、それに浸透するエーテル体(生命体)から成っている。エーテル体の頭・肩・胴は、物質体とほぼ同じ姿である。下部に向かうほど、エーテル体の形は物質体と異なってくる。物質体とエーテル体のもっとも大きな相違は、男性のエーテル体は女性的であり、女性のエーテル体は男性的である、ということだ。
*原始時代の人間には、男・女・両性具有の3種の性があった→〔人間〕1bの『饗宴』(プラトン)。
*女として生まれ育ったが、18歳の時に両性具有者であることがわかり、それ以降は男として生きる→〔ウロボロス〕6の『輪廻の蛇』(ハインライン)。
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