ロール安定制御器の開発
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安定器(ロール安定制御器)が導入される以前の九一式航空魚雷の初期型は、当時の他の航空魚雷がもっていたのと同じ、ある深刻な問題を抱えていた。荒っぽく高速で射出されると、魚雷は空中で2回転以上することがあった。大波の立つ荒れた海面に突入するとき、魚雷はさらに激しい衝撃を受け、スピン回転を受けることがあった。そのような魚雷は走行方向が曲がってしまったり、浅い湾では海底に突き刺さったり、100mを超える水深にもぐって水圧で壊れたり、水中から飛び上がったり、水面を飛び跳ねたりし、反対方向に走り出すものも出た。確実な雷撃は、本当の精鋭航空パイロットだけが静かな海で行うことができた。 くるくると回転している魚雷は制御を失う。ジャイロスコープや深度計が正常に動作していても、そのような激しい外乱を受けた状態の魚雷は、それに比較して緩やかな軌道修正動作を目的に作られた尾部の舵では走行方向を制御することができない。いったん魚雷が長軸まわりの速い回転を起こすと、水平舵と垂直舵があるべき位置から外れたり、上下反転したりの「転動」を起こし、その結果として暴走を引き起こした。 エンジニアと科学者たちは1939年に、数年にわたるテストと数値解析の結果から一つの結論を導き出した。航空機の射出速度に対する要求が130ノットから180ノット以上に引き上げられたからには、どのような航空魚雷であっても、単なる安定板による減衰方式ではなく、加速度制御機能をもつある種のロール安定制御システムが必要とされる。加速度制御、つまり「当て舵」機能の実現は、当時としては不可能と思われた。この問題が解決されないまま、2年間が経過した。 1940年(昭和15年)秋には、雷撃隊は海軍大演習に参加した。 編隊による雷撃発射法の戦技は、1940年10月11日に横浜沖で艦艇98隻、航空機527機が参加した紀元2600年記念特別観艦式の海軍大演習で示され、旗艦の戦艦長門の艦橋で見ていた海軍軍令部の三代一就中佐らは、包囲的に来襲した九六式陸上攻撃機隊の雷撃を長門が回避することは不可能だと思った。その場にいた山本連合艦隊司令長官は同じ感想をいだいた様子で、以後、陸上攻撃機の雷撃に信頼を置いた。ただし、この当時の九一式魚雷改2には、まだ軍港内の浅海面雷撃を、海軍から要求された180ノット以上の高速では実施できないという課題が残っていた。 浅海面雷撃の実験研究では、緒戦期〜大戦前半期の空母雷撃隊を指揮した村田重治少佐(海兵58期)が知られた。日米開戦前に第一航空艦隊所属の九七式艦上攻撃機雷撃隊による浅海面雷撃訓練を担当し、1941年12月、日米開戦冒頭の真珠湾攻撃において浅海面雷撃作戦を成功させた。 1940年(昭和15年)末当時、横須賀航空隊の分隊長だった村田少佐は浅海面魚雷発射で横空と空技廠との共同実験研究に従事していた。安定器、安定舵はまだ開発されていず、框板付きの九一式魚雷改2で浅海面雷撃を実施する射法を研究した。 工廠の家田工長は、1941年の春に、初期のころの加速度制御機能をもつ新しい安定器(ロール安定制御システム)を発明した。続いて、海軍技師の野間はそのあと別のシステムを作り出し、1941年夏に最終テストされた。その装置は、単なる小さな機械式の空気バルブ構造物が、魚雷本体後部両側にある小さな安定舵(ロール・ラダー)を制御しているだけのように見えたが、実際は魚雷技術界の技術革新であり、航空魚雷技術のブレークスルーだった。九一式航空魚雷ははじめて、荒れた海で使えるようになった。 1941年(昭和16年)夏、村田は、鹿児島に集結した南雲機動部隊の全雷撃隊隊員たちに窮屈な湾内での浅海面雷撃訓練として100ノットの低速・低空飛行で雷撃実施する「第二射法」を指導していたが、8月中旬に鹿児島湾でのサンプル試射で安定器付き九一式魚雷改2の実施部隊への導入見込みを判断し、直ちに訓練内容を160ノットで雷撃する「第一射法」に切り替えた。1941年9月付で正式に南雲機動部隊の「集団指揮官」として全雷撃隊隊長を担当した。 九七式艦上攻撃機が1機7万円の当時、九一式魚雷は1本2万円の貴重な航空兵器だった。真珠湾攻撃への出撃前に鹿児島湾で新型の安定器付き九一式魚雷改2を試射経験できた雷撃隊隊員はごく限られた少数で、赤城雷撃隊の後藤大尉は鹿児島湾で一度だけ雷撃試射を経験できた。しかし、第一機動部隊雷撃隊の大半の雷撃隊搭乗員たちにとっては、真珠湾攻撃の実戦が初めての浅海面雷撃の実射になった。
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