「のぞみ301号」の設定とそれをめぐる騒動とは? わかりやすく解説

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「のぞみ301号」の設定とそれをめぐる騒動

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/20 14:33 UTC 版)

名古屋飛ばし」の記事における「「のぞみ301号」の設定とそれをめぐる騒動」の解説

名古屋飛ばし」が大きな話題となった端緒は、1992年平成4年3月14日東海道新幹線で運転を開始した「のぞみ」1日2往復のうち、下り一番列車(「のぞみ301号」)で新横浜駅停車して名古屋駅京都駅通過するダイヤ組まれることが、1991年平成3年11月報じられたことである。 ただし京都駅場合は、かつて東海道新幹線建設計画時点で京都駅自体経由しない案に対す一悶着鉄道と政治#京都駅参照)と比較すると、将来的全ての「のぞみ」通過することへの不安は覗かせたものの、京都観光への影響が殆ど無い早朝の1本のということで、実際に京都府及び京都市周辺官民双方から、反発の声や抗議動きは殆ど見られなかった。新横浜駅停車駅とした理由は、同駅周辺乗客早朝帯に東京駅方面へ出るのが難しかったためである。 「のぞみ301号」は、東京都区内横浜市周辺ビジネス出張利用客早朝出発して大阪市内近辺オフィスへの出社時刻に間に合うように設定された。しかし、当時夜間の保線工事の後、地盤固めるために、早朝数本列車については減速運転をしなければならない事情抱えていたうえ、新大阪駅から大阪中心部までは距離がある。 そのため、「のぞみ301号」を新横浜名古屋京都の各駅に停車させると、登場当時「のぞみ」売り文句であった東京 - 新大阪間2時間半運転」が不可能となり、朝の会議に間に合わなくなる恐れがあるため、苦肉の策として名古屋京都両駅を通過させることで対応しようとしたのである新大阪8:30であれば「9:00会議に間に合う」とアピールできるが、「名古屋着7:40」では、逆に早すぎてビジネスマンへのPR材料にはあまりならない。 また当時「のぞみ」は、東京 - 新大阪間のみの運転であり、名古屋駅から山陽新幹線沿線岡山広島博多方面)へ向かう利用者にとっても、スピードアップメリットはあまり無かった。従って「のぞみ301号」が名古屋駅通過しても、当時の状況では利用者にさほど不便を強いるものではなかった。逆に同時に設定された他の「のぞみ」は、当時最速「ひかり」同じく名古屋京都両駅に停車して新横浜駅通過であったダイヤ検討会議で、営業本部提案したこの名古屋京都両駅通過案と「早朝名古屋発で西に向かう『ひかり』がある。利用客実害はない」と、合理性強調する意見対しJR東海社長当時)の須田寬は「地元反発はあるかもしれないが、丁寧に説明すれば分かってもらえる」と了承した同年夏場にはダイヤ固まったJR東海は、名古屋駅京都駅利用する顧客には、前後列車使用してもらうことで、極力不便を与えないような配慮講じることにしていた。 ところが、須田地元根回し始め前に1991年平成3年11月2日この方針が(前記事情無視して通過するという話だけが)明らかになると、愛知県、特に名古屋市筆頭尾張地方政財界から激し反発続出し中日新聞など地元メディアも「名古屋飛ばし」として批判的な報道行い一カ月の間に国会議員地方議員鈴木礼治知事西尾武喜市長財界団体主要企業トップ百人近くが、JR東海足を運んだ議員たちは超党派議員連盟議連)を作りダイヤ変更求め動き見せる。須田は「ダイヤ精緻編成してあり、修正利かない議連ができたら困る」と焦りを隠さなかった。中日新聞コラム中日春秋」や大学教授などのコラム・社説読者投稿欄などでも反応があった。 愛知県知事鈴木礼治は、JR東海方針対し通過して結構だとは言えんわな」とやんわり指摘したまた、中部経済連合会幹部は「本社のある所(中村区)に止まらないのはどういうことか」と発言した。更に今枝敬雄に対しても、須田今枝上京する際の名古屋駅ホームで、今枝捕まえて実害はないんです」と訴えた騒動の背景には、地元愛知県選出海部俊樹首相退陣したことや、中部通商産業局(現経済産業局)長が名古屋圏低落傾向が目立つことを報告するなどの事情もあり、鈴木知事名古屋圏地盤沈下懸念するとともに地元選出国会議員たちは将来リニア中央新幹線での名古屋駅通過にも至ることを危惧した。さらに「名古屋飛ばし」とは直接関係のない「名古屋学」講座応募者数の増加騒音問題通じて「のぞみ」問題視政治家インタビューでも話題となった。 「早朝の1本だけ」というJR東海側の説明功を奏して次第地元側にも理解広がり当初反発していた地元選出国会議員たちも「1本だけなら」と条件付き容認する議員大勢となった地元通過京都市では殆ど問題視されなかったのとは対照的に名古屋市大きく問題視され背景について2012年平成24年)に『朝日新聞名古屋本社版夕刊連載記事「のぞみ20年」を担当した朝日新聞社記者神田大介は、JR東海地元事前根回しをしていなかったことと、「名古屋飛ばし」をスクープしたのが『読売新聞』だったため、中京圏圧倒的なシェアを誇る中日新聞JR東海批判走らせて地元世論影響したではないか分析している。 後の中日新聞インタビューに対して北川正恭は、議員集会で「民間会社議員口を挟むべきではない」と主張した明かしている。北川は、かつて日本国有鉄道改革委員会所属し政治家利益誘導によるローカル線建設(=我田引鉄)が、国鉄利益圧迫し国鉄分割民営化遠因となった経緯詳しくその上で民営化後も同じでは駄目だと思った」と振り返っている。 懸念した議員連盟結成には至らず今枝強硬派も、将来リニア中央新幹線で「名古屋飛ばし」がないように「今回ダイヤリニア停車駅関係ない」との覚書JR東海に出させ、矛を収める。こうして、騒動主たる中部地方政財界JR東海対立1か月終息した。 須田一連の騒動について、後の中日新聞インタビュー対し名古屋飛ばし批判新幹線大事にしてくれている裏返し民間会社として、地元がいかに大事かを痛感した」と振り返っている。 こうして1992年平成4年3月14日に「のぞみ301号」が運転を開始した同列車が名古屋駅通過する瞬間は、地元メディア中心に大きく報じられた。なお名古屋京都両駅は、いずれも列車停車前提とした駅構造配線となっているため、70km/hの速度制限が行われ、新幹線列車としては非常に低速での通過となっていた。翌1993年平成5年3月18日「のぞみ」規格ダイヤ組込に合わせたダイヤ改正では、この列車続行する新横浜駅通過名古屋京都両駅停車」の「のぞみ1号」が設定された。

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