時制 時制・相・法

時制

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/13 15:33 UTC 版)

時制・相・法

時制は相や法とは異なる文法範疇であるが、複雑に絡み合うことがある。なお相とは、動詞が示す出来事の全体、開始、途中、終了などを示す文法範疇であり、法とは、話者の意図や態度を示す文法範疇である。

動詞の活用の中で時制・相・法が一体の体系となっていることも多い。一般に、時制が豊富なのは直説法であり、他の法では時制が少ないことがある。例えば日本語、英語など多くの言語で、命令法には時制が無い。

時制と相が分離しているときは、相のほうが動詞に近い。以下の日本語と英語の助動詞および複合動詞による相の例において、本動詞と結びついているのは相の標識であって、時制の標識ではない。

  • 食べて いた (動詞「食べる」 + 相「-て いる」 + 時制「-た」)
  • was eating (時制 -ed + 相 be -ing + 動詞 eat)
  • 食べ始めた (動詞「食べる」 + 相「-始める」 + 時制「-た」)
  • started eating (時制 -ed + 相 start -ing + 動詞 eat)

過去

日本語、英語、ドイツ語などでは、過去と非過去を区別する。過去が細かく分けられることもあり、例えばコンゴ語では今日過去、昨日過去、遠過去の 3 時制に分かれる[11]

過去はとの関わりが強い。例えばフランス語を含むロマンス諸語は、過去時制では完結相 (perfective) と非完結相 (imperfective) を区別するが、他の時制では区別しない。日本語や英語では、時制と完結・非完結は独立である。

  フランス語 英語 日本語
完結 非完結 完結 非完結 完結 非完結
過去 il lut il lisait he read he was reading 読んだ 読んでいた
非過去 (現在) il lit he reads he is reading 読む 読んでいる

ヨーロッパ諸言語で特に重要なのは、完了形 (perfect) と過去の関わり合いである。本来、完了とは、動詞の示す出来事の結果を表す相であるが、現在の結果をもたらした出来事は必ず過去であるので、完了と過去は意味が近い[11]。ドイツ語やフランス語では完了が過去を置き換えつつある。ドイツ語では、助動詞を除くと、過去を表すのに非過去の完了がごく普通に用いられる。フランス語では、完結相の過去はもはや口語では用いられない。一方、英語では完了と時制は独立している。従って、フランス語、ドイツ語では現在完了において過去の副詞を使えるが、英語では使えない[12]

  • 仏語: Hier, je suis allé au cinema. (昨日、映画を見に行った。)
  • 独語: Gestern bin ich ins Kino gegangen. (〃)
  • 英語: *Yesterday I have been to the cinema. (不可)

日本語の「タ」も元々完了を表していたが、過去になった[要検証]。完了相の標識が過去時制へと推移する現象は世界の言語でしばしば見られる[13]

未来

未来は、過去・現在と異なり、事実ではなく予測に過ぎない。このため、法と深い関わりがある[14]

フランス語には未来時制があり、時間を表す節の中でも使える。次の文は、主節が未来、従属節が未来完了である。

  • Je vous téléphonerai dès que je serai rentré au Japon. (日本に戻ったらすぐにあなたに電話します。)

しかし、確定した近い未来では、未来時制ではなく現在時制を使うのが普通である。

  • Je pars demain. (私は明日発ちます。)

このように、未来時制は純粋に時間だけ表すのではない。

英語は未来時制を持たないが[15]、未来を表現するには一般に法の助動詞 will を用いる。当然、willは他の法の助動詞とは共起しない。この will を用いた未来表現を未来時制と呼ぶことがあるが、正確には時制ではない。

  • I go to school everyday. (私は毎日学校へ行く。)
  • I will go to school tomorrow. (私は明日学校へ行く。)
  • I can go to school everyday. (私は毎日学校へ行ける。)
  • I can go to school tomorrow. (私は明日学校へ行ける。)

また、確定的な未来では will を用いない。

  • Tomorrow is Sunday. (明日は日曜日。)

  1. ^ a b c 亀井孝; 河野六郎; 千野栄一, eds. (1995), “時称”, 言語学大辞典, 6, 東京: 三省堂, pp. 635-638, ISBN 978-4385152189 
  2. ^ オットー・イェスペルセン「文法の原理」(1924)第20章
  3. ^ a b Nordlinger & Sadler 2004.
  4. ^ 石塚 2015.
  5. ^ Bybee & Perkins 1994.
  6. ^ Velupillai 2012, p. 194.
  7. ^ a b Jespersen, Otto (1933), Essentials of English Grammar, Routledge, ISBN 0415104408 
  8. ^ 樋口万里子「英語の時制現象に関わるSOAの意味役割」『九州工業大学情報工学部紀要 人間科学篇』第15巻、九州工業大学、2002年3月、49-70頁、ISSN 13439405NAID 110000080388 
  9. ^ 東郷雄二「Je t'attendais.型半過去再考」『フランス語学研究』第41巻第1号、日本フランス語学会、2007年、16-30頁、doi:10.20579/belf.41.1_16ISSN 0286-8601NAID 110009509866 
  10. ^ 早稲田みか (1995), ハンガリー語の文法, 東京: 大学書林, ISBN 4-475-01818-8 
  11. ^ a b 亀井孝; 河野六郎; 千野栄一, eds. (1995), “過去”, 言語学大辞典, 6, 東京: 三省堂, pp. 211-214, ISBN 978-4385152189 
  12. ^ 樋口万里子「英語の時制と現在完了形」『九州工業大学情報工学部紀要 人間科学篇』第18巻、九州工業大学、2005年3月、17-66頁、ISSN 13439405NAID 120002440901 
  13. ^ 松本克己 (2006), “言語圏として見たヨーロッパ”, 世界言語への視座 —歴史言語学と言語類型論—, 東京: 三省堂, ISBN 4-385-36277-7 
  14. ^ 亀井孝; 河野六郎; 千野栄一, eds. (1995), “未来”, 言語学大辞典, 6, 東京: 三省堂, pp. 1323-1324, ISBN 978-4385152189 
  15. ^ Pullum, Geoffrey K. (2008), “The Lord which was and is”, Language Log, http://itre.cis.upenn.edu/~myl/languagelog/archives/005471.html 2008年6月13日閲覧。 
  16. ^ 東郷雄二 (2005), “フランス語の隠れたしくみ 17. 時制を支えるふたつのゾーン”, ふらんす (白水社) 80 (8), http://lapin.ic.h.kyoto-u.ac.jp/france/cache17.pdf 
  17. ^ 東郷雄二 (2005), “フランス語の隠れたしくみ 18. 複合過去と単純過去の単純ではない関係”, ふらんす (白水社) 80 (9), http://lapin.ic.h.kyoto-u.ac.jp/france/cache18.pdf 
  18. ^ 亀井孝; 河野六郎; 千野栄一, eds. (1995), “大過去”, 言語学大辞典, 6, 東京: 三省堂, p. 870, ISBN 978-4385152189 
  19. ^ a b c Aikhenvald 2003, p. 183.
  20. ^ a b c Aikhenvald 2003, p. 185.
  21. ^ 伴映恵子「時制交替と述語 : 「テイル / テイタ」 と 「ル / タ」」『ことばの科学』第14号、名古屋大学言語文化部言語文化研究会、2001年12月、5-22頁、doi:10.18999/stul.14.5ISSN 1345-6156NAID 120000974544 
  22. ^ 樋口万里子「ル/タ、テイルの意味機能試論:認知文法の見地から」『九州工業大学情報工学部紀要 人間科学篇』第13号、九州工業大学、2000年3月、1-40頁、ISSN 13439405NAID 110000080374 
  23. ^ 寺村秀夫 (1984)『日本語のシンタクスと意味 II』p.76,くろしお出版.
  24. ^ a b 山口明穂; 鈴木英夫; 坂梨隆三; 月本雅幸 (1997), 日本語の歴史, 東京大学出版会, ISBN 4-13-082004-4 





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