日本の原子力潜水艦保有の検討と議論
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「原子力潜水艦」の記事における「日本の原子力潜水艦保有の検討と議論」の解説
1958年に帝国海軍時代より通常動力潜水艦の建造実績を積み重ねてきた川崎重工業は、原子力潜水艦を建造した場合のコスト・必要な設備などについて81ページのレポートをまとめ、後年にこれが明らかとなった。このレポートによれば、当時の試算では後の攻撃型原子力潜水艦に相当する艦1隻を建造するためには通常動力艦10隻分の資金を要すると結論されたという。 1960年3月11日に衆議院内閣委員会において当時の中曽根康弘科学技術庁長官は、アメリカが豊富な原子力推進艦艇の建造実績をもって商業原子力船「サヴァンナ」を建造していることと比較して「日本は原子力潜水艦なんかを作る力も意思もありません。従ってやはり商業採算ベースに合うということが非常に大事」と答弁しており、商業化によってコストの問題が解決されない限りは「(原子力潜水艦を建造する、しないという)政治力が働く余地がない」としていた。作家の谷三郎は、1986年に出版された著書で「ソ連海軍力の伸長が続けば1990年代には必要性が高まる一方、日本には建造する能力があり、1950年代よりは通常動力艦と比べたコストを5倍程度まで低減させることが可能」であると主張していた。 1986年に海上自衛隊は原子力潜水艦の導入について具体的な検討に入っており、原子力潜水艦導入の意向をアメリカ海軍にも非公式に打診し、昭和66年度(平成3年度)以降の中期防衛力整備計画に組み込もうとしていた。核ミサイルや核魚雷搭載型ではなく、非核の攻撃型原潜を検討対象としていた。当時、日本周辺にいる外国の潜水艦の大半が原子力潜水艦という状況の中で、海自内には「作戦行動をとるには通常型ではもう限界」との声が強まっていた。さらに、海自は1986年の5月から6月にかけて中部太平洋で行われたリムパック86(環太平洋合同演習)に初めて「たかしお」を派遣したが、アメリカ海軍の原潜に比べて足が遅く「通常型の限界が明白になった」(海自幹部)との声が出ていた。このため、海上幕僚監部は原潜導入を検討すべき時に来ていると判断したという。原潜の導入にはアメリカの同意が重要となるため、海幕幹部がアメリカ海軍の幹部に原潜導入の意向を伝え、非公式に意見を求めたが、アメリカ海軍側は海自に対して具体的な反応を示さなかった。日本初の原子力船「むつ」が膠着状態に陥っている中で国内での原潜開発は難しい状況にあるため、海幕は原子力推進の部分だけを外国から購入し、海自の潜水艦に組み入れる方法も検討していた。原子力の利用については、原子力基本法で「平和目的に限る」と定められているが、防衛庁は「推進力として原子力が普遍的になれば使っても同法に違反しない」との考え方をとっており、海幕は「原潜は世界的にも主流となっており、推進力として使うだけなら問題ないはず」と判断している。海自は昭和65年度(平成2年度)までの中期防ではイージス艦(こんごう型護衛艦)を2隻導入することを計画しており、次期中期防で原潜の導入を盛り込みたい考えであった。ただし、防衛庁内局は「船舶の推進力として原子力が普遍的になったとはまだいえない。今は原潜導入を考えていない」として海幕の動きをけん制している。以前にも海自が原潜導入の検討を開始した際にも、国会で問題になり、原潜導入計画が中止になっていた。そのため、海幕は今回の原潜導入計画を表立って検討することを避けていた。海幕による原潜導入計画について、毎日新聞の取材を受けた軍事アナリストの小川和久は、「海上自衛隊は(昭和)40年代ごろまでは原潜の技術的検討をしてきたが、最近は導入の実現可能性について検討を始めている。防大出身者が指導的立場に立ってから防衛面での独立志向が強まったためと思う。わが国が原潜を導入するには米国との関係と国民の核アレルギーの問題があるが、最大のネックは日米関係。海自は戦後ずっと米国の戦略に組み込まれ、対潜能力と掃海機能を充実してきた。しかし最近は米国内にも日本の主体性を一定程度認めようという機運ができつつある。原潜は対潜能力の一環でもあるので米国を説得しやすいのではないか。同日選での自民圧勝で防衛面でも独立国家の姿勢をとろうという意識が強まりつつあり、原潜導入の可能性はかなり高まってくると思う」と指摘していた。 2004年の防衛計画の大綱の策定時に、防衛庁の「防衛力の在り方検討会議」において、中国が潜水艦戦力の近代化を急ピッチで進めていることに対抗するため、海上自衛隊の原子力潜水艦保有の可否が検討されていた。平成16年12月に防衛大綱を策定するのに合わせ、防衛庁では平成13年9月に「防衛力の在り方検討会議」が設置され、その際に「日本独自の原子力潜水艦保有の可能性」が検討された。検討対象となったのは、SLBMを搭載して「核抑止」を担う「戦略原潜」ではなく、艦船攻撃用の「攻撃型原潜」であり、日本が自主開発する案や、アメリカから導入する案が俎上に載せられていた。防衛庁幹部によると、「防衛力の在り方検討会議」では、原子力の平和利用を定めた原子力基本法との法的な整合性や、日本独自で潜水艦用の原子炉が開発できるかといった技術論に加え、運用面にも踏み込んだ議論が行われたとされる。16大綱では潜水艦は16隻態勢を維持することになったため、その上限内で原潜を保有した場合に海自の潜水艦戦力全体の警戒監視任務に与える影響や、乗員の確保策や訓練方法なども総合的に検討した結果、原潜の導入は時期尚早と判断したという。 2008年に自由民主党の石破茂農林水産大臣が、大臣在任中に「日本は原子力潜水艦を持つべきである」との論文を発表していた。 2022年、国民民主党の玉木雄一郎代表は、近年の切迫する安全保障政策に関連し、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)による攻撃に対応するには、長期間の潜水航行ができない自衛隊のディーゼル型潜水艦では不十分だと指摘し、同程度の潜水航行ができる原子力潜水艦の保有を検討するべきとの意見を述べた。
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