乳房
『乳房になった男』(ロス) 「ぼく」はニューヨーク州立大学の比較文学科の教授で、38歳になる健康な男性だ。その「ぼく」が突然、巨大な乳房に変身してしまった。全身が性感帯だ。「ぼく」は「乳頭をペニス代わりにして、女性と交わりたい」と願う。でも、ひょっとしたら「ぼく」は、自分を「乳房だ」と思い込んでいるだけかもしれない。これまで教室で、ゴーゴリの『鼻』やカフカの『変身』を熱心に教えてきた。そのため気が狂ったのではなかろうか。しかし医者は、「君は乳房だ」と言う。
『赤毛のエイリークのサガ』 幻の地ヴィーンランド(=北アメリカ大陸と考えられている)を求め、航海を続けるヴァイキングたちが、ある河口に着いて上陸する。原住民スクレーリンギャルとの戦いになって、ヴァイキングたちは敗走する。赤毛のエイリークの娘フレイディースが踏みとどまり、服の下から乳房を引き出して、抜き身の剣でたたく。スクレーリンギャルはそれを見て恐れ、逃げ去った。
★3.乳房を恐れる。
『聊斎志異』巻12-487「李象先」 李象先の前世は僧だった。死んだ時、魂は僧坊の上に出て、その後、1軒の家へ飛んで行った。門に着くと、赤ん坊の身体になっていた。赤ん坊は、母の乳房を恐れた。はじめは目を閉じて乳を吸ったが、3ヵ月余りたつと乳房をこわがって泣きわめき、もう乳を飲まなかった。この赤ん坊が李象先で、彼は山東省の名士である。彼は老人になっても、女の乳房をこわがった。
『暗夜行路』(志賀直哉)前篇第二の14 時任健作は自分の出生を知って(*→〔出生〕2c)、惨めな気持ちになった。接するものすべてが、屈辱の種だった。彼は娼家へ上がり、女のふっくらとした重みのある乳房を柔らかく握ってみる。軽く揺すると、気持ちのいい重さが掌に感ぜられ、彼は「豊年だ!豊年だ!」と言った。それは彼の空虚を満たしてくれる唯一の貴重な物、その象徴と感ぜられた。
『因果ばなし』(小泉八雲『霊の日本』) 大名の奥方が、重病で死の床につく。奥方は、19歳の側室・雪子を憎み、両手で雪子の乳房をつかんで息絶える。外科医が奥方の両手を手首から切断するが、手は黒ずみ干(ひ)からびても、乳房から離れない。毎晩、丑の刻から寅の刻まで、両手は乳房を締めつけて、雪子を苦しめる。雪子は出家して名を「脱雪」と改め、奥方の位牌を持って諸国を巡礼する。しかし両手は、いつまでも彼女を責めさいなんだ。
★5.乳房を手術する。
『華岡青洲の妻』(有吉佐和子) 「乳房を切れば、女の命は絶える」と言われ、乳房の病気には有効な治療法がなかった。江戸時代末期、蘭方(=オランダ医学)を学んだ華岡青洲は、長年の研究の末、漢方の生薬をもとに麻酔剤「通仙散」を完成させた。文化2年(1805)、彼は、60歳の乳癌の女性に全身麻酔を施し、手術を成功させる。それは欧米よりも40年ほど先行する、世界最初の全身麻酔手術であった。
★6.乳房榎。
『怪談乳房榎』(三遊亭円朝)28~36 練馬の赤塚村に、松月院という寺がある。その寺の榎には、乳房のような瘤がいくつもあり、その先から甘い露が垂れる。乳の出ない女が、この露を乳首につけると、乳が出るようになる。下男に育てられた真与太郎(まよたろう)は、母乳代わりにこの露を飲み、5歳の時に、父・菱川重信の敵(かたき)である磯貝浪江を討った。
『熊野の御本地のさうし』(御伽草子) 五衰殿の女御は山中で王子を産み落とし、その直後に斬首された。武士たちが首を劒(つるぎ)に刺して持ち帰り、女御の胴体と王子が山中に放置された。年月が経(た)つに連れ、遺骸の手足の色は変わっていったが、乳房は変わることなく、乳を出し続け、王子は亡母の乳を飲んで成長した〔*類話の『神道集』巻2-6「熊野権現の事」では、王子の3年目の誕生日に母の髑髏が水となって消えた、と記すなど小異がある〕。
『今昔物語集』巻5-6 隣国の5百人の武士が、般沙羅国王の城を取り囲んで攻める。ところがその5百人は、実は、かつて般沙羅国王の后が産み棄てた子供たちだった(*→〔出産〕4)。后は高楼に登って、5百人の武士に「汝らは皆、私の子である。疑うのなら各々口を開け。私の乳が汝らの口に入るであろう」と告げる。后の乳房からは乳がほとばしり、同時に5百人の口に入った。5百人の武士は后を母と知り、畏(かしこ)まり敬って還り去った。
女の乳房の起源 昔は、男が乳房を持ち、女がひげを持っていた。ある日、男と女が競走して、女が勝った。すると精霊が「これではいけない」と言って、男がひげを持ち、女が乳房を持つようにした。この変更がなかったら、今にいたるまで、女が子供を産んでも、男が子供を育てねばならなかっただろう(メラネシア、アドミラリティ諸島)。
★10.女の乳房と男の乳首。
『女がた』(森鴎外) 温泉宿へ来た好色な老富豪をこらしめようと、男性俳優が女中に変装して寝間に侍(はべ)る。まもなく老富豪は、「乳がない。けしからん」と怒り出す。俳優の仲間が女中の親戚に扮して、「乳首なら確かに2つあります」と保証する。老富豪「あっても小さい。まるで男じゃ」。仲間「男でも横綱梅が谷のように乳の大きい者もあれば、女でも・・・・」。老富豪は、「こんな宿はいやじゃ」と言って帰って行く。
『ゲスタ・ロマノルム』279 ローマのオリンプス帝の妃が、ある貴婦人を憎み、呼び寄せて、「2人の子供に授乳してほしい」と頼む。貴婦人が承知すると、妃は2匹の蛇を見せ、「この2人の子供を、そなたの乳で養いなさい」と命ずる。妃は蛇を貴婦人の胸に置き、蛇は毒牙を乳房に突き立てる。妃は貴婦人に「衣服を着け、帰宅しなさい」と言い、貴婦人は帰宅したが、3日後に蛇の毒で死んだ。
★12.アマゾンの乳房。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第5章 闘う女族アマゾンたちは、槍を投げる邪魔にならぬよう右の乳房を取り除き、子供を養育するために左の乳房だけを残した。他国の男と交わって、生まれたのが女児であれば養育した〔*男児は殺すか不具にした、という。 a =否定辞、mazos =乳で、Amazon は「乳なし」の意〕。
★13.乳房が三つある女。
『パンチャタントラ』第5巻第12話 3つの乳房を持つ王女が、盲人を夫とした。王女は傴僂(せむし)と情を通じ、夫を殺そうと毒蛇を煮る。ところが、毒蛇を煮る蒸気にあたって、夫は眼が見えるようになった。夫は、王女と傴僂が戯れているのを見て怒り、傴僂の体をふりまわして、王女の心臓めがけて投げつける。その衝撃で、乳房の1つが胸の中に入り込み、王女の乳房は2つになった。傴僂は、ふりまわされたために体が真っ直ぐになった。めでたしめでたし。
*処女の乳房→〔処女〕5bの『潮騒』(三島由紀夫)第13章。
*7尺もある乳房→〔星〕5bの『捜神記』巻4-2(通巻72話)。
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