スケルツォ第3番
英語表記/番号 | 出版情報 | |
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バラキレフ:スケルツォ 第3番 嬰ヘ長調 | Scherzo No.3 Fis dur | 作曲年: 1901年 出版年: 1901年 初版出版地/出版社: Zimmermann |
ヴォルフ, エドゥアール:スケルツォ 第3番 | Troisième Scherzo Op.188 |
ショパン:スケルツォ第3番 嬰ハ短調
英語表記/番号 | 出版情報 | |
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ショパン:スケルツォ第3番 嬰ハ短調 | Scherzo cis-Moll Op.39 CT199 | 作曲年: 1839年 出版年: 1840年 初版出版地/出版社: Breitkopf & Härtel 献呈先: Adolpho Gutmann |
作品解説
ショパンがピアノ曲に用いたスタイルを観察する方法は幾通りもあるが、抒情的なものと物語的なもの、という分類がひとつ可能だろう。前者の代表は《ノクターン》、《マズルカ》であり、後者の典型が《バラード》と《スケルツォ》である。
抒情的な構成において各フレーズや音型は羅列的で、その連結がきわめて緩やかであるのに対し、物語的な構成では、1曲の中にいわば起承転結を感じることができる。なぜ明確なドラマ性が生じるかといえば、まず、和声の進行が明解で、とりわけドミナント-トニック(転から結へ進む部分)の定型がよく守られるからである。また、各動機は変奏や転回、反復、拡張などの手法を用いて発展することもあり、ヴィーン古典派のソナタのような労作はなされなくとも、複数の主題が複雑に組み合わされて曲が作られている。
つまり、《バラード》、《スケルツォ》、《舟歌》、《ボレロ》など物語的構成を持つ作品では、ダイナミックでドラマティックな、始まりから終わりへ必然をもって突き進むような音楽的時間が生み出されるのであり、こうした要素が鑑賞上のポイントとなっている。(蛇足ながら、抒情的な作品では、わずかずつ変容しながらも留まり続け、戻りも進みもそれほど明確でない、いわば音楽的空間の中に、鑑賞者の耳を遊ばせることになる。)
さて、では、各4曲が残されている《バラード》および《スケルツォ》の違いはどこにあるのか。
これらがジャンルとしてショパンの創作の中で隣接していることは、音楽を見れば何より明らかである。しかも、両ジャンルを形式から明確に区別することはほとんどできないように思われる。ひとつには、これがショパンに固有のジャンルであるからで、それぞれが由来すると思われるジャンルの伝統を調べても、両者を結びつけるものは出てこない。しかし、音楽の外形からは区別できなくとも、それぞれの音楽内容、いわば物語の内容はやや異なっている。
《スケルツォ》はイタリア語で「冗談」を意味し、従来は簡明な形式で明るく軽く小規模な曲を指した。ベートーヴェンがメヌエットに代えてソナタの第3楽章に取り入れた時も、やはり極めて急速でユーモアに富んだ性格が与えられた。ショパンの《スケルツォ》は、一見するとこうした伝統にまったく反し、暗く深刻なうえに大規模である。だが、《バラード》と比べてみると、《スケルツォ》がいかにユーモアを内包しているかがよく判る。4つの《スケルツォ》にはいずれも、きわめて急速でレッジェーロな動機がひとつならず登場し、随所で「合いの手」を入れている。また、各部で激烈なまでの音量のコントラストが指定されている。
こうした手法が《バラード》にはほとんどない。各動機、各音は前後のしがらみに囚われており、逸脱を許されない。沈鬱な主題が次々と現われ、それらは鬱積して怒濤をなし、ついには破滅的な終末を迎える。《スケルツォ》が軽妙な音型や滑稽なまでのコントラストでこの種のストレスを解消するのとは、対照的である。
なお、《バラード》4曲はすべて複合2拍子、《スケルツォ》は3拍子で書かれており、これが唯一の外形的な特徴といえなくもない。が、《スケルツォ》は全篇を通じてほとんどが2小節で1楽句を作るため、やはり2拍子の強烈な推進力を内包している。
《スケルツォ》は第4番を除いてA-B-Aの形式をとる。これはハイドンやベートーヴェンが用いたメヌエット楽章の代替としてのスケルツォを踏襲している。しかし、A部分には2つの対照的な主題が現わること、A部分の後半は前半部分のほぼ完全な反復となっていることから、ソナタ形式を志向することが見て取れる。さらに、ストレッタを含む華々しいコーダが曲の規模をさらに増し、格調を高めている。
このようにみると、ショパンの《スケルツォ》は、ベートーヴェンが完成させたピアノ・ソナタの第3楽章の格式を継ぎ、これを敷衍したものと考えることもできる。一方、自身の《ピアノ・ソナタ》第2番および第3番においてはヴィーン古典派の伝統から一歩を踏み出し、スケルツォを第2楽章に置いた。特に第2番Op.35では、複数主題を持つ規模の大きなスケルツォが用いられている。ショパンはおそらく、キャラクターピースとして《スケルツォ》を書き、そのように命名したのではない。むしろ、彼自身のソナタへの布石だったのである。
もっとも第3番は、前奏とコーダ、また2つの対照的な主題を持つことは自明であるが、どのようなセクション構造を見出すかについて様々な可能性がある。まず一見して、A-B-A-B-Codaという2部形式を考えることができる。
しかし実際には、2つめの主題がいわゆるソナタ形式提示部の第2主題のような印象をあたえる。というのも、第1の主題から第2の主題への移行は、きっぱりとした終止定型を作らない。第1の主題が130小節程度と短く、対して第2の主題は内部で更に3つと結尾部に分けられるほどに長いからである。従って、ソナタ・アレグロ形式のような(A-B)-B'-(A-B)ーCodaとみるならば、展開部は第236小節以降となる。ここから次々と調が変わり、第327小節からは提示部に戻るためのブリッジのように、最初の主題が顔を出し、テンポアップしていく。
とはいえ、このような図式に無理が感じられるとすれば、それはこの曲の基本的な構想がもっぱら「コントラスト」にあるからだろう。ごく小さなレベルでは、最初の主題の中でも音量の対照が効果的に用いられている。また、2番目の主題は低音からゆっくりと上行する動機と、最高音域から急速に下行する動機を組み合わせて作られている。また、大きなレベルでは、2つの主題はあらゆる点で対照的であり、また調も、第155小節以降が変ニ長調(即ち嬰ハ長調の異名同音長調)、2回目の登場となる第448小節からはホ長調(平行調)と、関連の深い近親長調が選ばれている。
このようにみると、A-B-A+B+Coda、という図式が最も自然であるように思われる。つまり、いわゆる2回目のB部分(第448小節以降)は、A-B-Aの基本的な図式とCodaを結ぶとき、Codaをいっそう引き立たせるために取り入れられた。ここでは、スケルツォの原形であるメヌエットとトリオにおけるコントラストの原理が生きている。それは、反復と確保を旨とする2部形式ではなく、また闘争と克服を命題とするソナタ形式ともやや異なっている。そして、他の3曲をみても判る通り、「コントラスト」こそがショパンのスケルツォにおける基本原理なのである。こうした意味で、第3番はきわめて典型的なショパンの《スケルツォ》であるといえよう。
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