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ふうりんかざん ―くわ― 5 【風林火山】

戦国大名甲斐武田氏軍旗一つ孫子の旗」に記された句「疾如風、徐如侵掠如火、不動如山」の略。また、その軍旗通称


映画情報

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風林火山

原題:
製作国:日本
製作年:1969
配給:東宝
スタッフ
監督:稲垣浩 イナガキヒロシ
製作:田中友幸 タナカトモユキ

稲垣浩 イナガキヒロシ
原作:井上靖 イノウエヤスシ
脚色:橋本忍 ハシモトシノブ

国弘威雄 
撮影:山田一夫 ヤマダカズオ
音楽:佐藤勝 サトウマサル
美術:植田寛 
編集:相良久 サガラヒサシ
録音:西川善男 ニシカワヨシオ
スクリプター:飯高鋼 
照明:小西康夫 コニシヤスオ
キャスト(役名
三船敏郎 ミフネトシロウ (山本勘助
佐久間良子 サクマヨシコ (由布姫
大空真弓 オオゾラマユミ (於琴姫
中村錦之助 ナカムラキンノスケ (武田晴信
中村勘九郎 ナカムラカンクロウ (武田勝頼
中村翫右衛門 ナカムラカンエモン (板垣信方
中村賀津雄 ナカムラカツオ中村嘉葎雄 (板垣信里)
田村正和 タムラマサカズ (武田信繁
志村喬 シムラタカシ (飯高虎信)
清水将夫 シミズマサオ (横田備中
山崎竜之助 ヤマザキリュウノスケ (甘利備前守)
中谷一郎 ナカヤイチロウ (内藤修理
土屋嘉男 ツチヤヨシオ (小山田備中
久保明 クボアキラ (馬場美濃守
瑳川哲朗 サガワテツロウ (秋山伯耆守)
堺左千夫 サカイサチオ (山県三郎兵衛
中村梅之助 ナカムラウメノスケ (荻原弥右衛門
緒形拳 オガタケン (畑中武平
久我美子 クガヨシコ (三条氏
平田昭彦 ヒラタアキヒコ (諏訪頼茂)
市原悦子 イチハラエツコ (諏訪岩根
月形龍之介 ツキガタリュウノスケ (笠原清重
戸上城太郎 トガミジョウタロウ (村上義清
石原裕次郎 イシハラユウジロウ (上杉謙信
解説
井上靖同名原作を、「日本のいちばん長い日」の橋本忍と、「大奥\8f\a5\b8物語」の国弘威雄共同脚色にあたり、「佐々木小次郎(1967)」の稲垣浩監督した大型時代劇撮影は「連合艦隊司令長官 山本五十六」の山田一夫担当
ストーリー※ストーリーの結末まで記載されていますので、ご注意ください
群雄割拠戦国時代一介軍師に過ぎない山本勘助にはしかし、壮大な野望があった。名君武田晴信仕官して、天下平定しようというものだった。勘助は暗殺劇を仕組んで武田家老板垣に恩を売り計略通り晴信の家臣になったのだった天文十三年三月、晴信は勘助の進言信濃諏訪頼茂を攻めた。やがて機を見た勘助は和議唱えた。諏訪方が従属を誓うなら戦わない方が得だからだ。新参者勘助の進言諸侯激昂したが、晴信は勘助の言を入れ、和議役目を勘助に任したのだった。無事に和議を整えた勘助は、三度目に頼茂が来城したさい部下に命じて頼茂を斬った。目的のためには冷酷非情手段いとわぬ勘助を、晴信は頼もしく思うと同時に、底知れぬ恐しさを感ずのだった。主を失った諏訪高島城は難なく武田の手におちた。勘助は全滅城内自害を図る由布姫を救った。父を欺し討ちにした人非人と罵られながらも、勘助は類いまれな美貌由布姫を、秘かに愛し始めていたのだ。だが、由布姫は晴信の側室迎えられたのだった武田勢は破竹の勢い周辺勢力下において行った。残る当面の敵は更級郡支配する村上義清のみとなった。天文十五年武田勢は勘助の奇略で、戦わずして義清の属城信州戸石城手中に収めた。その年、由布姫は父の仇晴信の子を生んだ。天文二十二月、晴信は出家し、名を信玄改めた。その頃、同じく天下平定野望を持つ越後の上憲政も名を謙信改め入道になった。天下目指す二人は、相戦う宿命自覚しながら、その機をうかがっていた。四年後、由布姫二十七歳で世を去った。慟哭する勘助の生甲斐は、母布姫の子勝頼の成人を見ることだった。永禄四年八月五日上杉謙信一万三千大軍を率いて川中島戦陣を布いた。一方武田信玄一万八千軍勢指揮して川中島海津城進出した。やがて戦い火蓋切って落とされた。勘助は謙信背後妻女山から攻撃し、敵を追い落とすという作戦をとったが、謙信はこの作戦事前察知し、前夜のうちに軍勢移動し、一気武田本営攻め込んできた。このため武田勢は防戦一方追い込まれた。勘助はこの危機に、自ら決死隊を率いて、敵の本営を目がけて突撃した。決死奮戦で敵の一陣突破した時、雑兵が勘助の脇腹突きささった。アブミを踏張って立ち上る勘肋の目に、妻女山背後に回っていた坂垣信里の軍勢がようやく到着、その一大集団がうつった。安心した勘助だったが、右から左から無数の刃が勘勘を襲いつづけていた。


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風林火山

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/07 09:51 UTC 版)

風林火山(ふうりんかざん)は、甲斐戦国大名武田信玄の旗指物(軍旗)に記されたとされている「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山」(疾(はや)きこと風の如く、徐(しず)かなること林の如し、侵略(しんりゃく)すること(おかしかすめること)火の如く、動かざること山の如し)の通称である。


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