沸点 溶液の沸点

沸点

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/09/11 03:00 UTC 版)

溶液の沸点

液体に不揮発性の物質[注 8]溶けているとき、この溶液の飽和蒸気圧は、一般に元の純粋な液体の飽和蒸気圧よりも低くなる。この現象を蒸気圧降下という。これに伴って、圧力を縦軸としたときの溶液の蒸気圧曲線は、元の蒸気圧曲線から下にずれる。そのため、外圧が同じであれば、この溶液の沸点は一般に元の純粋な液体の沸点よりも高くなる。この現象を沸点上昇という。例えば食塩水ショ糖水溶液の沸点は、食塩やショ糖が不揮発性なので、純粋な水の沸点よりも高くなる。それに対して、液体に揮発性の物質[注 9]や気体が溶けているときの溶液の沸点は、元の液体の沸点より低くなることもあれば高くなることもある。例えば、水にアンモニアを溶かしたアンモニア水の沸点は水よりも低く、水に塩化水素を溶かした希塩酸の沸点は水より高い。

純物質の沸騰と同じ理由により、一定の外圧の下で沸騰しているときの溶液の温度は、溶液の沸点とほぼ等しい。ただし純物質のときとは違って、大抵の場合は沸騰し続けるうちに溶液の温度が少しずつ上昇していく[注 10]。これは、沸騰により液体の組成が変化していくからである。溶媒溶質が同じでも濃度が違えば溶液の沸点は違うので、沸騰により溶液の濃度が変化すると沸点も変化し、その結果として溶液の温度も変化する。例えば、NaCl質量パーセント濃度が 14 wt% のNaCl水溶液を 1 気圧の外圧の下で加熱していくと、103 ℃ で沸騰が始まる。この温度が 14 wt% 食塩水の 1 気圧における沸点である[7]。沸騰により溶液から水が水蒸気として逃げていくのに対して、食塩は不揮発性だから溶液中にとどまる。そのため、水の量が気化して減るにつれて塩分濃度が高くなる。沸点は濃い食塩水ほど高くなるから、したがって、沸騰し続けると食塩水の温度は 103 ℃ から少しずつ上昇する。食塩水の量が初めの量の半分くらいになると飽和食塩水になり、水に溶けきれなくなった食塩が固体として析出してくる。このときの温度は 109 ℃ で、これが飽和食塩水の 1 気圧における沸点である[7]。固体が析出し始めた後は、気化する水の量と同じ割合で食塩が溶液から析出する。そのため塩分濃度はそれ以上変わらず、よって沸点も変わらないので、沸騰中の溶液の温度は一定に保たれるようになる。

1 気圧における水とアンモニアの混合物の沸点図。赤い実線は沸点を表し、黒い破線が露点を表す。

溶液の濃度が変化したときに、溶液の沸点がどのように変化するかを表した図を沸点図という[8]。沸点図は相図の一種であり、通常は沸点を表す曲線[注 11]とともに露点(混合気体が凝縮しはじめるときの温度)を表す曲線[注 12]が描かれている。例として、水とアンモニアの混合物の沸点図を示す。この図で横軸はアンモニアの質量パーセント濃度であり、グラフの左端 (0 wt%) は純水な水、右端 (100 wt%) は純粋なアンモニアである。赤い実線は沸点を表し、黒い破線は露点を表す。あるいは赤い実線が沸騰のはじまる温度を表し、黒い破線が沸騰の終わる温度を表すと考えてもよい。このグラフから、例えば25 wt% のアンモニア水の 1 気圧における沸点が 37 ℃ であり、アンモニアガスと水蒸気の質量比が 25 : 75 の混合気体の露点が 91 ℃ であることが読み取れる。食塩水の場合とは異なり、アンモニア水は沸騰が始まってから終わるまで液温が一定になることなく常に上がり続ける。25 wt% のアンモニア水を 1 気圧の外圧の下で加熱すると 37 ℃ で沸騰が始まり、液体が少なくなるにつれて液温が上昇し、最後の一滴が気化する直前の液温は、理論上は 91 ℃ になる。また、沸点が 91 ℃ になる濃度を沸点図から読み取ると 2 ないし 3 wt% であり、この最後の一滴の質量パーセント濃度が 2-3 wt% であることも分かる。

水と塩化水素の混合物の沸点図。20 wt% を少し超えた濃度で沸点と露点が一致している。

塩酸の沸点図は、アンモニア水の沸点図と比べると、少し複雑である。沸点を表す曲線が低濃度側で大きく持ち上がり、20 wt% で露点を表す曲線に接している。また、露点を表す曲線も少し持ち上がっていて、沸点と露点が一致する濃度において、沸点も露点も極大値となっている。溶液の沸点と露点が一致するということは、沸騰が始まってから終わるまで溶液の組成と温度がどちらも一定に保たれるということを意味する。一般に、沸騰する際の混合物の組成が液相と気相で同じになる現象を共沸という。共沸する溶液を共沸混合物という。水と塩化水素の混合物である塩酸では、1 気圧の下では塩化水素の濃度が 20.22 wt% のとき共沸混合物となり、108.6 ℃ で沸騰する[9]。この温度は 1 気圧の水-塩化水素系の沸点の極大値であり、純水の沸点よりも高い。他の共沸化合物の例としては水とエタノールの混合物がよく知られている。1 気圧の水-エタノール系では、エタノールの質量パーセント濃度が 96.0 wt% のとき沸点が極小となって共沸する。このときの沸点は、純エタノールの沸点よりもわずかに低く、78.15 ℃ である[9]


注釈

  1. ^ 液体の表面にかかる圧力のこと。
  2. ^ 100.00 ℃ではない。水の性質#物理的性質を参照。
  3. ^ 炭酸飲料を開栓してグラスに注ぐと、気泡が発生する。この現象も気化の一種であるが、気泡の主成分は溶質が気化したもの(二酸化炭素)であり溶媒の蒸気(水蒸気)はわずかしか含まれないため、通常は沸騰とは言わない。
  4. ^ 過加熱ともいう。
  5. ^ 平衡蒸気圧ともいう。飽和蒸気圧は単に蒸気圧と呼ばれることが多いが、液体と気液平衡になっていないときの蒸気の分圧を指して蒸気圧ということもある。コトバンク『蒸気圧』
  6. ^ 熱力学的には、クラウジウス・クラペイロンの式で説明できる。
  7. ^ 鍋の外の圧力ではなく、鍋に入れた液体の表面にかかる圧力である。
  8. ^ 気体になりにくい物質のこと。
  9. ^ 気体になりやすい物質のこと。
  10. ^ 気化した蒸気を逃さず凝縮させて元の液体に戻すなら温度は一定に保たれる(還流)。
  11. ^ 気液平衡にある液相の組成を表す線なので液相線という。
  12. ^ 気液平衡にある気相の組成を表す線なので気相線という。

出典

  1. ^ a b c アトキンス第8版 p. 122.
  2. ^ 特記ない限り本文中の沸点は次のサイトに依る: Thermophysical Properties of Fluid Systems”. NIST. 2016年9月30日閲覧。
  3. ^ 竹内 (1996) p. 117.
  4. ^ 理科年表では約99.974 ℃としている。理科年表、平成26年版、p.397注)、丸善出版、2013年11月30日発行。
  5. ^ デジタル大辞泉『沸点』
  6. ^ 甲藤 (2005) p.16.
  7. ^ a b Clarke and Glew (1985) p. 523, TABLE 18 B.
  8. ^ バーロー第5版 p. 421.
  9. ^ a b 「共沸」『岩波理化学辞典』、第5版CD-ROM版、岩波書店、1999年。


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