こう‐かいぎ〔‐クワイギ〕【公会議】
こうかいぎ 【公会議】
公会議
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/20 10:22 UTC 版)
公会議(こうかいぎ、ギリシア語: Οικουμενικές σύνοδοι, ラテン語: Concilium Oecumenicum, 英語: Ecumenical council)とは、キリスト教において全世界の教会から司教(主教)等の正規代表者が集まり、教義・典礼・教会法などについて審議決定する最高会議[1]。
- ^ a b 『キリスト教大辞典』(660頁、教文館、昭和48年改訂新版第二版)
- ^ 第7回までは正教会でも有効性が認められる。正教会は、「第8回」以降全地公会議として認められる公会は存在せず地方公会があるのみである、とする。
- ^ 正教会は、カトリック教会の称する「第8回」以後は(全地公会としての要件を欠いた)カトリック教会の地方的会議であると捉えている。また正教会は、「第8回」は後に追放されたフォティオスが復権するなどして一旦棄却されたという歴史的事実があるので、(全地にせよ地方にせよ)公会議として扱うこと自体を不当とする。
- ^ 1438年にフェラーラ、1439年にフィレンツェと移動したため、バーゼル・フェラーラ・フィレンツェ公会議などとも呼ばれる。
- ^ 会議には正教会も参加しているが、承認できる内容ではないとして全地公会と認めていない。
公会議
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/19 02:39 UTC 版)
カトリック教会では21の公会議に特別な権威を付与している。21の公会議とは年代順に、第1ニカイア公会議、第1コンスタンティノポリス公会議、エフェソ公会議、カルケドン公会議、第2コンスタンティノポリス公会議、第3コンスタンティノポリス公会議、第2ニカイア公会議、第4コンスタンティノポリス公会議、第1ラテラン公会議、第2ラテラン公会議、第3ラテラン公会議、第4ラテラン公会議、第1リヨン公会議、第2リヨン公会議、ヴィエンヌ公会議、コンスタンツ公会議、フィレンツェ公会議、第5ラテラン公会議、トリエント公会議、第1バチカン公会議、そして第2バチカン公会議である。 公会議の位置付けはキリスト教各教派によって異なっており、東方正教会(ギリシャ正教)では最初の7つの公会議のみを認めており、東方諸教会のうち非カルケドン派では最初の3つのみを認めている。さらにネストリウス派の諸教会(アッシリア東方教会など)は最初の2つしか認めていない。 特に第2バチカン公会議は、現代のカトリック教会の方向性を大きく変えた重要な公会議だったといえる。この公会議を機にカトリック教会は典礼の改革を行い、エキュメニズムの推進を目標に掲げた。カトリック教会は、この第2バチカン公会議において「本人の側に落ち度がないままに、キリストの福音と教会を知らずにいて、なおかつ、誠実な心を持って神を求め、良心の命令を通して認められる神の意志を、恩恵の働きのもとに、行動をもって実践しようと努めている人は、永遠の救いに達することができる」という従来とは異なる見解を示した。
※この「公会議」の解説は、「カトリック教会」の解説の一部です。
「公会議」を含む「カトリック教会」の記事については、「カトリック教会」の概要を参照ください。
公会議
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/15 03:45 UTC 版)
アレクサンドロス、アタナシオス、および他のニカイア公会議に出席した教父たちによる〈父と子は同質で、永遠に共存した〉という教えが、最終的に正統の教義と定義された。
※この「公会議」の解説は、「受肉」の解説の一部です。
「公会議」を含む「受肉」の記事については、「受肉」の概要を参照ください。
公会議
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/25 08:52 UTC 版)
「宇宙英雄ペリー・ローダン」の記事における「公会議」の解説
3459年に銀河系に存在を現した汎銀河規模の勢力。「七種族の公会議」、「七種族のヘトス」、「七銀河同盟」と呼ばれる事もある。七つの銀河を代表する相互に全く異質な権力グループによって構成されていると自称する。ラール人、ヒュプトン、マスティベック人、グライコ人、ケロスカー、ツグマーコン人、コルトン人の7種族から構成される。中心世界は5次元と6次元の狭間の空間である「ダッカル・ゾーン」内にある新アルヤド星系の惑星グロジョッコで、ツグマーコン人が実質的な指導種族。ブラックホールを利用した次元トンネルにより各種族の銀河間を連絡する。銀河系に侵攻する以前は5つの銀河を支配下に治めていた。
※この「公会議」の解説は、「宇宙英雄ペリー・ローダン」の解説の一部です。
「公会議」を含む「宇宙英雄ペリー・ローダン」の記事については、「宇宙英雄ペリー・ローダン」の概要を参照ください。
「公会議」の例文・使い方・用例・文例
- 【カトリック】 (ローマ教皇の召集する)公会議.
- 787年の最初の7回の会議はまでのみが公会議であるとカトリック教会と東方正教の両者で考えられているが、次の14回の会議はカトリック教会のみで公会議であると考えられている
- 381年の第二回の公会議で、聖霊に対する文言をニカイア信条に加えた
- キリスト、神、そして人間における2つの意志を定義することによってキリスト単意論を非難した680年から681年に行われた第6回目の公会議
- 1225年のラテラン公会議は中世において最も重要な会議であった
- 権威によって話す時の、ローマ法王の絶対確実性を宣言した1869年−1870年のバチカン公会議
- 1962年−1965年のバチカン公会議で、普遍的なラテン語の典礼および定評あるエキュメニズムを放棄し、他の改革を行なった
- イタリア人の1958年から1963年までの教皇で、第2バチカン公会議を召集した(1881年−1963年)
- イタリア人の1534年から1549年までの教皇で、作品が1538年にイングランドのヘンリー8世を破門し、1545年にトレント公会議を始めた
- バチカン公会議という,カトリック司教の国際会議
- 公会議のページへのリンク