エルサレム公会_(1672年)とは? わかりやすく解説

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エルサレム公会 (1672年)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/10/09 17:59 UTC 版)

エルサレム公会ロシア語: Иерусалимский Собор, 英語: Synod of Jerusalem)は、1672年エルサレムで開かれた、正教会における公会議の一つ[1]ベツレヘムにある降誕教会で開催されたことから、「ベツレヘム公会[1]英語: Synod of Bethlehem)もしくは「ベツレヘムおよびエルサレム公会」(ギリシア語: Ἐν Βηθλεὲµ καὶ Ἱεροσολύµοις Σύνοδος[2][注釈 1])とも呼ばれる。エルサレム総主教ドシセオス2世によって主導され[3]西方教会における宗教改革に対する正教の立場を明らかにした[1]




  1. ^ ギリシア語: Βηθλεέμは、古典ギリシア語再建音からは「ベートゥレエム」等と転写し得るが、現代ギリシア語においては「ヴィスレエム」が近い。
  2. ^ 本項では「かろうじて」という表現を採ったが、ドシセオス2世に対して正教会は肯定的であるものの、その評価の高さ(度合い)は微妙に分れる。高橋保行は、ドシセオス2世より後、18世紀後半に「正教修道精神のリバイバル」が起きたとしており、ドシセオス2世に対する評価としては「かろうじて正教の立場を明らかにしている」という表現を使っている。他方、Энциклопедия Брокгауза и Ефронаでは、ドシセオス2世が主導したエルサレム公会につき「東方正教会の重要かつ象徴的な文書の一つ」(один из важнейших символических документов православно-восточной церкви)が生み出されたと評価しており、「かろうじて」に類する表現はされていない。


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