第2リヨン公会議とは? わかりやすく解説

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第2リヨン公会議

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/08/28 06:19 UTC 版)

第2リヨン公会議(だい2リヨンこうかいぎ)は、1274年リヨン(現在のフランス南東部の都市)で行われたキリスト教公会議十字軍の派遣、正教会との和解、教皇選挙(コンクラーヴェ)制度の見直しが話し合われた。イスラム教徒への対抗上招かれたクビライの使節が参加していたことが、後にフランシスコ会ジョヴァンニ・ダ・モンテコルヴィーノ大都へ赴いて中国に初めてカトリックを伝えるきっかけとなった。




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第2リヨン公会議 (1274)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/27 07:07 UTC 版)

フランクとモンゴルの同盟」の記事における「第2リヨン公会議 (1274)」の解説

1274年教皇グレゴリウス10世2回目リヨン公会議招集したアバカは13-16人のモンゴル代表団送り、特にメンバーのうちの3名が公開洗礼受けた際、大きな物議引き起こしたアバカラテン語通訳だったリカルドゥス英語版)は会議において、アバカの父フレグの下で以前西欧イルハン朝の関係を概説した中で、フレグキリスト教国の使節彼の宮廷迎え入れた後、彼はハーン対する彼らの崇拝引き換えに、東方正教会キリスト教徒に対して税と賦役免除同意したことを示す報告書提出したリカルドゥスによると、フレグまた、西欧諸国公館使節対す嫌がらせ禁止し西欧諸国エルサレム返還することを約束したフレグの死の後についても、彼の息子アバカもまだシリアからマムルーク朝追い出す固く決心していたことを、リカルドゥス会議の中で保証した会議で、グレゴリウス10世は、彼の信仰熱意のための章典」における大いなる計画整備し、以下の4つの要素を含む、モンゴル連携した新たな十字軍実行発布した。すなわち、3年新しい税を課すこと、サラセン人 (この時代イスラム教徒全般を指す) との貿易禁止イタリア海洋共和国英語版) (この時代以降台頭するジェノヴァヴェネツィアピサラグサ等に代表される海上貿易主要な収入源としたイタリア共和国群)による船舶補給協定西方教会諸国ビザンチン帝国パレオロゴス家、モンゴルイルハン朝のアバカとの同盟締結、の4つである。それから、アバカジョージアのヴァサリ兄弟によって案内され別の使節送り西欧君主達に軍の準備状況通知したグレゴリウス10世は、十字軍彼の教皇大使同行させ、イルハン朝との軍事作戦調整担当させるつもりであると応えた。 しかし、教皇計画は他の西欧君主らには支持されず、十字軍対す熱意失われていった。ただ1人西欧君主の中で初老アラゴンハイメ1世だけが直ち十字軍編成して派遣する事を主張したが、会議を動かすことは出来なかった。新たな十字軍派遣のための資金調達計画されたが、完遂されなかった。この計画1276年1月10日グレゴリウス10世死によって基本的に停止された。そして、この遠征融資するために集められ資金は、代わりにイタリアで分配された。

※この「第2リヨン公会議 (1274)」の解説は、「フランクとモンゴルの同盟」の解説の一部です。
「第2リヨン公会議 (1274)」を含む「フランクとモンゴルの同盟」の記事については、「フランクとモンゴルの同盟」の概要を参照ください。

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