負傷降板とは? わかりやすく解説

負傷降板

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/11 06:42 UTC 版)

藤岡弘、」の記事における「負傷降板」の解説

当初藤岡本郷猛役だけでなく仮面ライダーコスチューム着用しスーツアクター兼任していた。危険度の高いアクション除きトランポリン使用したアクションオートバイ階段登るバイクアクションなどもこなしている。藤岡はスーツアクションを行うことは特別なことではなく当然だ思っていたが、その苦労までは想像できておらず、後年インタビューでは過酷な撮影ゆえに毎日現場へ向かう際に恐怖感じていたことを明かしている。第1話撮影では、マスクをつけてのアクション自身の息で前が見えなくなり、革製のスーツ動きづらかったが、準備忙しスタッフ申し出ることはできなかったことを述べている。 こうして撮影取り組んでいたが、第9話第10話では下り坂バイク走り下りるシーンコーナーを曲がる際、たまたま工事中だったために砂利が多い場所で、オーバースピードからスリップし曲がりきれないまま電柱支えワイヤー突っ込む。その際ワイヤーに足が引っかかってワイヤー跳ね上がりそのまま反動バイクとともに飛ばされるというアクシデント見舞われる藤岡路上2 - 30メートル転がって動けなくなったが、事故直後はまだ意識があり、背中後ろの方から肩越し見えていた自分の左脚を元の位置戻し、靴が脱げていたために親指が動くかを確認しかすかに動いたことに安心したところで意識失ったという。容体全身打撲のうえに左大腿部の骨が粉砕し筋肉に刺さる複雑骨折の状態で、全治3か月 - 6か月重傷診断され長期休養余儀なくされる。この事故以降仮面ライダーシリーズ主演俳優演出上の一部例外除いてスーツアクター兼務することはなくなり、スーツアクター全面的に大野剣友会ジャパン・アクション・クラブJAC、現・JAE所属スタントマン担当するようになった救急搬送後、最初に手術受けた東京都町田市内の病院は骨の接合手術に関して旧態依然とした技術しか持っておらず、藤岡は同じ病院手術受けた患者から「大腿部複雑骨折して同様の手術受けて1年ほど入院しているが、まだ完治していない」と聞かされ車椅子生活すら覚悟した。この状況知った知人紹介で、東京都渋谷区千駄ヶ谷当時)の前田外科病院転院できることとなったが、当初最初病院転院希望断り転院決定した後も「(転院に関して当院一切保証しない」と、移動のためのストレッチャーなどを用意することなく黙視しカルテレントゲン写真などの必要な情報提供拒んだ前田外科病院行われた再手術では、ベトナム戦争傷痍軍人のために開発されたという方法用いられた。それは筋肉刺さっていた左脚の骨片丹念に全て拾い集め大腿骨骨髄金属パイプ通してその周り骨片を細いワイヤー巻きつけるというものだったそれまで日本ではほとんど実例がなく、当時最新技術だったこの手術は無事に成功したが、『仮面ライダー』第1話放送病室ベッドで観ざるを得なかった。ギプス外れると、看護師の眼を盗んで筋肉がすっかり委縮して痩せ細った左脚の筋力強化のため、周囲寝静まった時間帯トレーニング始めるが、その過酷さゆえに夜ごと床には汗だまりができたほか、時には発熱したため、日中になると疲れきって寝込むという「戦い」の日々を数か月送る。そんな当時のことを、藤岡は「看護婦さんとかに『この人寝てばっかりだなぁ』って思われたのではないかなぁ」と振り返っている。藤岡後年インタビューで、このときの体を動かせない苦痛スタッフ多大な迷惑をかけたという想い気持ち先走っていたが、長い思索心身ともに痛み堪えなければならないという状況精神的な成長遂げることができたと述べている。 放送開始前の大事故主演俳優重傷という事態は、番組存続関わる一大事であり、通常であれば即刻番組降板も止むなしという状況に、緊急企画会議では毎日放送側から本郷猛死亡させる案も出た。しかし、東映プロデューサー平山亨は「子供たちオールマイティーの夢を壊すことはできない」としてこれに強硬に反対すると、代案として2号ライダー登場アイデア取りまとめ主役交代機にこれまでの反省点を一気修正し番組リニューアルすることで継続決めた。これが功を奏し番組第14話から登板した藤岡劇団NLT時代同期である佐々木剛演じ一文字隼人 / 仮面ライダー2号人気社会現象となるほど、大ヒット作と化した『仮面ライダー』での本格復帰は第53話からだが、第40話・第41話にゲスト出演という形で現場復帰果たし1971年末の桜島阿蘇山でのロケ参加する。この時、骨折箇所にはまだ金属パイプ固定用のボルト入っており、傷口絆創膏包帯抑えた状態だった。主治医からは「下手すると脚のパイプ曲がって抜けなくなるばかりか一生歩けなくなるかもしれない」と猛反対されたが、藤岡は「この舞台用意してくれたスタッフのため、それでも構わない」とロケ強行する。ただ、最初の撮影シーンバイク乗るスタントシーンで、目の前に事故起こしたバイク置かれていた時は「頭が真っ白になった」と語っている。撮影中には足から鉄棒が出かかって出血するなどしていたが、東京へ戻ってすぐレントゲン撮影曲がっていないことが確認され無事に除去手術が行われた。回復後の左脚はわずかに長くなってしまい、長年腰痛元になってしまったと自伝述べている[要文特定詳細情報]。

※この「負傷降板」の解説は、「藤岡弘、」の解説の一部です。
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