群論の応用分野
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/06 05:53 UTC 版)
群論の応用は広く、抽象代数学における殆ど全ての構造は群の特殊なものと見ることができる。例えば環はアーベル群(加法に対応)に第二の演算(乗法に対応)を合わせて考えたものと見ることができる。したがって、それらの代数的構造の理論の多くの部分が群論的な議論を下敷きとして行うことができる。 ガロア理論は群を多項式の根の対称性(もっとちゃんと言えば、根が生成する多元環の自己同型)を記述するのに用いる。ガロアの基本定理は体の代数拡大と群論との関係性を与えるものである。これにより、代数方程式の可解性の効果的な判定法が、対応するガロア群の可解性によって与えられる。例えば、5-次の対称群 S5 が可解でないということから、五次の一般方程式が(低次の方程式で可能であったようには)冪根を用いて解くことができないという事実が従う。ガロア群は歴史的には群論の起源の一つではあるが、未だ類体論などの領域で新しい結果を与えるなどの実りある応用がされている。 代数的位相幾何学(代数トポロジー)は、その研究の対象となるものにはっきりと群が付随しているもう一つの領域である。ここでは、群は位相空間のある種の不変量を記述するのに用いられる。「不変量」というのは、空間がある種の変形を受けてもそれらが変化しないということを示すものである。例えば、基本群は、空間に本質的に異なる道がいくつあるかを「数える」ものである。(2002年と2003年にグレゴリー・ペレルマンによって証明がなされた)ポワンカレ予想はこのような考え方を用いた顕著な応用例であるが、その影響はこの方面に留まるものではない。たとえば、代数的位相幾何学では所定のホモトピー群を備えた空間であるアイレンバーグ-マクレーン空間が用いられる。同様に代数的 K-理論は群の分類空間についての重要な手法を与える。あるいは、(無限群の)捩れ部分群という名称は、群論における古い形の位相幾何学の影響を示すものである。 代数幾何学と暗号理論は、同じように群論を至る所で取り入れている。アーベル多様体は、群作用の存在によって、詳細な調査が可能になる。一次元の場合では、楕円曲線が詳細に研究されている。これらは理論的にも応用的にも興味深いものである。楕円曲線暗号では、非常に大きな素数位数の群が構成され、公開鍵暗号として役に立っている。 代数的整数論は、群論の特殊な場合である。例として、オイラー積の公式 ∑ n ≥ 1 1 n s = ∏ p : prime 1 1 − p − s {\displaystyle \sum _{n\geq 1}{\frac {1}{n^{s}}}=\prod _{p:{\text{prime}}}{\frac {1}{1-p^{-s}}}} は「任意の整数は素数の積にただ一通りに分解される」という算術の基本定理に基づく。これがもっと一般の環では必ずしも成立しないことで、イデアル類群や正則素数の概念が生じた。クンマーがフェルマーの最終定理を扱う際に用いている。 リー群(数学者ソフス・リーの名前にちなむ)は、微分方程式と多様体の研究において重要である。これは、連続幾何的構造および解析的構造の対称性を記述するものである。リー群などの群の解析を調和解析という。ハール測度(リー群の平行移動不変積分)は、これはパターン認識や画像処理に使われている。 組合せ数学においては、置換群や群作用の概念がしばしば使われ、集合の個数を計測する助けになる。バーンサイドの補題も参照。 五度圏には12周期群(巡回群)が現れる。 物理学においては、群は物理の法則に現れる対称性を記述するために使われる。物理学者は、群の表現、特にリー群の表現に興味を持っている。なぜならそれはしばしば、「可能な」物理法則を指し示すからである。物理における群論の応用には、たとえば標準模型、ゲージ理論、ローレンツ群、ポアンカレ群などがある。 化学、材料科学においては、群はおもに結晶構造や分子対称性を分類するのに使われる。構造に対応した点群により、物理的な性質(極性やキラリティ)や分子軌道を決定できる。ラマン分光法や赤外分光法も参照。分子の対称性は、化合物の多くの物理的・分光学的特性に関与しており、分子の対称性により化学反応がどのように起こるかを予想できる。与えられた分子に点群を割り当てるためには、その分子に存在する対称操作の集合を見つける必要がある。対称操作と対称要素は不可分の概念である。物体の位置と配向を、移動が行われる前と後で注目したとき、これら二つの場合の位置と配向が区別できないようならば、その移動が対称操作である。一方で、対称要素とは、幾何学的な意味での、線、面、点などであり、それらに関して一つまたはそれ以上の対称操作が行われるものである。以下で対称操作について詳しく説明する。化学では、以下の5つの重要な対称操作がある。それらは、同一性操作(E)、回転操作または本義回転(proper rotation)(Cn)、反射操作または鏡映(σ)、反転操作(i)、および回転反射操作または転義回転(improper rotation)(Sn)である。同一化操作(E)は、分子をそのままにしておくことからなる。これは、任意の軸を中心とした任意の数の全回転に相当する。つまり同一性操作は、すべての分子がもつ対称操作である。軸周りの回転(Cn)は、分子を特定の回転軸を中心とした角度360°/n(nは整数)を通る回転である。例えば、水分子(H₂O)において、酸素原子と二つの水素原子を含む平面上で二つのO-H結合のなす角を二等分する軸を中心に180度回転した場合は、開始時と同じ構成になる。この場合、n = 2となるので、水分子はC₂の対称要素をもつ。複数の回転軸を有する分子において、nの値が最も大きいCn軸が最高位の回転軸または主軸である。例えばボラン(BH3)の場合、回転軸の最高次数はC₃なので、回転軸の主軸はC₃となる。鏡映(σ)は、分子内に位置する対称面に対し分子を反転する操作である。対称面が回転主軸に対して垂直な場合をσh(水平)といい、回転の主軸を含む他の平面は、σvまたはσdである。例えば、水分子(H₂O)において、対称面は主軸を含むものしかないので、2つの対称要素σvを持つことになる。反転操作(i)は反転中心に対し分子を対称移動する操作である。水分子においては、反転中心が存在しない。回転反射操作または転義回転(improper rotation)(Sn)は回転してから、ついで回転軸に垂直な面内での鏡映という順序の操作を一つあるいはそれ以上繰り返す操作である。水分子においては転義軸を持たない。以上より、水分子は、E,C₂,二つのσvを対称要素として持つことが分かる。これから水分子はC₂vの点群に属することが分かる。
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