経済活動停滞の因果関係
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/23 05:32 UTC 版)
「デフレーション」の記事における「経済活動停滞の因果関係」の解説
デヴィッド・リカードは貨幣的要因が生産・雇用という実物要因に影響を与えると認識していた。貨幣的需要の拡大であるインフレーションにおいて、すべての産業の生産が拡大するのは、貨幣錯覚が起きるからである。一方で貨幣の量は短期的には生産・雇用に影響を与えるが、長期的に物価にしか影響を与えないという説もある(貨幣の中立性)。 円居総一は「デフレの最大の問題は、インフレと違い経済の成長循環を止めてしまうことにある」と指摘している。 経済学者のアーヴィング・フィッシャーは景気循環が一般物価水準の騰落によって引き起こされると考え、物価の騰落は所得分配に不公正な影響を与えるため防止すべき「社会悪」だと述べている。物価の下落は貨幣残高(預金など)実質価値を高め、消費を刺激するとの考え(ピグー効果)に対し、フィッシャーは物価の下落は負債の実質価値を高め、倒産を通して不況を悪化させると反論した。 円居総一は「ケインズ経済学では、賃金の下方硬直性を前提に、貨幣数量の変化が実質GDPに影響を与える、つまり物価の持続的下落と実質GDPの持続的下落という現象が同時に起きることを提示している。その後の実証研究の積み重ねによって10年以上の長期でない限り、ケインズ的見解が成立することがコンセンサスとなっている。また、ニュー・ケインジアンも長期では貨幣の中立性を認めている」と指摘している。 経済学者の田中秀臣、安達誠司は「デフレはマクロ経済学の環境だけでなく、同時にミクロレベルの企業・家計にまで深刻なダメージを与える」と指摘している。田中、安達は「デフレは経済全体の景況が悪いということである。少なくとも企業業績が悪化する可能性が、マイルドなインフレよりも数段も大きい」と指摘している。 物価の下落が、家計の所得・資産の購買力を高め、消費支出を促すという考え方があるが、物価の下落は、家計の消費支出に大きな悪影響を及ぼす。物価の下落は、家計の購買力を高めると同時に、失業増加・賃金削減を通じて個人消費を押し下げる。また、デフレ期待が蔓延している場合、家計は不要不急の支出を先延ばしする。さらに、デフレ期待は先行きの債務返済負担が大きくなることを意味するため、消費を抑制し債務返済を早める動きにつながる。 物価の下落は債権者に益するが、債権者の消費性向に比べ債務者の消費性向の方が平均的に高いため、名目値で見ても物価の下落は有効需要にマイナスの影響を与える。債務デフレによる不況を「バランス・シート不況」と呼ぶ。 田中秀臣は「負債デフレは、借り手から貸し手への資産の再配分を促し、投資を減少させる」と指摘している。 若田部昌澄は「ナチス登場以前のドイツは、家賃を含め名目賃金をどんどん切り下げた。そういったデフレ政策によって国民は塗炭の苦しみを味わい、結果ナチスの台頭を許してしまった」と指摘している。 デフレが不況を伴うことが多い理由として、 名目賃金の下方硬直性 名目金利の下方硬直性 資産デフレ の三つ点が挙げられる。 田中秀臣は「年1-2%のデフレに陥ると、人件費は事実上5%前後増加する」と指摘している。田中は「デフレ不況下では、経営者側にコスト削減のインセンティブが強く働く」「名目賃金が一定で労働時間が増えれば、時間当たりの名目賃金は減少する」と指摘している。 田中は「デフレ不況によって起こる企業のリストラ要求に対して、既存正社員は組合などを通じて交渉力を発揮し、自分たちの待遇を悪化させるよりも新卒採用を縮小させることを企業に要求する。このことが『名目賃金の下方硬直性』を生み出す。既存正社員の既得権が強まると同時に、膨大な失業者、非正規社員が生み出される」と指摘している。 デフレ不況は人々の気持ちをリスクから遠ざけるため、デフレ不況下では人々は新しいことにチャレンジせずに、安全策を取る傾向にある。デフレは企業も消費者もリスクを避けがちになり、消費や投資も伸びない悪循環で経済の活力がどんどん落ちる。 中野剛志はデフレは「物価が将来下がるかもしれない」、「貨幣価値が将来上がるかもしれない」という心理的影響を与え、誰も投資や借金をしなくなる。これは資本主義の心肺停止状態であり、資本主義を望むならば、デフレだけは回避しなければならないとしている。経済構造の産業化が進み高度化すれば、信用制度がなくては大きな投資ができないとしている。資本というものは昔からあったが、産業革命が進むほど市場経済の資本主義の度合いが大きくなる。つまり、実体経済と金融経済のうちの金融の部分が大きくなるが、デフレはその動きを停止させるとしている。また中野はデフレは給与水準・生活水準の悪化、投資を含む需要不足という点から怖ろしい経済現象であるとしている。その理由として、給与水準・生活水準の悪化は現在の人間の心理や幸福感を著しく傷つけ、投資を含む需要不足は自分の国や共同体、家族のために今は抑制して将来に向けて投資する、未来のことを考えて生きるという非常に人間らしいことができなくなるためであるとしている。また中野は、「デフレは貨幣現象であり、デフレの原因は貨幣供給の不足である。そして貨幣供給の不足の原因は資金需要の不足である。すなわちデフレの原因は資金需要の不足である」と述べている。 岩田規久男は「デフレの最大の問題は(物価下落の継続で)モノに比べてお金の価値が上がった結果、企業がお金を使わずにため込んでいることである」「デフレである限り企業が巨額の余剰資金を抱えたままにしていることで設備投資・消費などが動き出さないといった状況から抜け出せない」と述べている。 円居総一は「経済がデフレの状態になると、成長産業・潜在的に成長が期待される産業への移行という産業構造の調整が阻害される」と指摘している。 高橋洋一は「デフレ脱却は、ブラック企業潰しに大きな役割を果たす」と指摘している。 経済学者の深尾光洋は「デフレを止めることによって企業部門の再生が可能になる。売り上げが増えるので、借金が返せるようになるということである。そしてさらに、財政についても引き締めが可能になる。つまり金融政策で緩和ぎみにすれば財政は引き締められ、財政の再建が可能になる。デフレを止めるということが金融再生および財政再建の必要条件になる」と指摘している。 白川方明は「物価下落が起点となって景気を押し下げる可能性は小さい」と指摘している。 経済学者の清水啓典は「仮に貨幣が長期的に経済を活性化させるのであれば、各国は貨幣を増やすだけで経済を成長させることができることになるので、貧困が解消できることになる」と指摘している。 経済学者の飯田泰之は「インフレのほうが、デフレ下の景気回復よりもっとよくなる」と指摘している。
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