突然の番組終了
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「快傑えみちゃんねる」の記事における「突然の番組終了」の解説
2020年7月に番組が25周年を迎えるが、同月22日、24日の放送をもって番組が終了する事が突如、発表された。 最終回では通常通りに番組が進行し、エンディングのナレーションにて番組が終了することに触れながら第1回の映像など過去を振り返るダイジェスト映像が数秒間流され、最後に白背景に赤文字で上沼からのメッセージがテロップで流され番組が終了した。本編は終了が決まる前に収録が終わっていたためか、上沼およびその他の出演者からの肉声での挨拶はされなかった。さらに、当日の関テレの予定表では、翌週の同時間枠は「調整中」とのみ告知されていた。 一部報道では上沼と番組サイドで軋轢が生じ、上沼側から「辞めてやる」と喧嘩別れの形で終了が決まったと報じられていた。関西テレビ側は終了発表に際し「詳細は控える」としていた。 上沼は番組終了から土日を挟んだ翌週月曜日、『上沼恵美子のこころ晴天』(朝日放送ラジオ)にて、「私に対して心配事、お腹立ちもあると思う。正直言っていい? 私は(ネットを見ないため)何が起こっているのか知らんかった」「私のライフワークでした。私と関西テレビさんがけんかしているという記事が出てる。ちょっと違うからビックリした…。これは違うわ、私はキレイ事は言いませんが、関西テレビさんには足を向けて寝られない」とこれらの報道を一切否定したうえで、「コロナの影響、25年、私のわがままが重なった。嘘偽りなく、関西テレビさんには感謝しかありません。ありがとうございました。口も悪いし、乱暴な言葉も使ってイメージも悪かったけど、関西テレビさんを恨んだりはしていない。笑ってるけど、寂しいんですよ。『えみちゃんねる』は一番の宝、好きな番組でした。だからしんどかった。」と感謝と大変さを語った。 上沼はラジオや週刊文春のインタビューで終了の最大の一因として新型コロナウイルス感染症を挙げ、「この番組、25年前の7月からやったんですよ。それで1000回でやめるって言ってた。ところが、視聴者のみなさんがもっと続けてくれって50回、56回を超えたんかな。で……ちょっと私もコロナで……やっぱ2メートル(離す)ソーシャルディスタンスですごいやりにくかった。観客はいない、ゲストは減る。もういろんな悪条件で、『申し訳ないです』と立ち上げてくださった(関西テレビの)常務にお話しまして。そしたら『このへんでお終いにしましょうか』って。申し訳ないんですけど、本当は9月まで務めないといけないんですが、もう7月が始まってるのと、自分でもエンジンをふかせないといけないんで、ソーシャルなんとかでやっていかないといけないのがつらくて、(やめたいと)お話させていただいたんですよ。ものすごいやりづらい。主人が『前のえみちゃんねるの方がずっと面白いねん。話し合いみたいになってる』ってガツンと言われました。そうやんなぁ。距離感あるから『なんでやねん!』と言ってもここにおってくれないと。ちょっと2メートル離れといて、とも言えない。なんか構えちゃう。つらい。これはほんとに申し訳ないんです。(上沼対関テレではなくて)ご期待に添えなくて。これは言ったらいけないことかもしれないけど、番組側も、経費削減があるんだそうです。関テレにおった主人から、ゲストを東京から呼んだりして、普通の番組の経費3倍かかっていると聞きました。その常務の方も困っていらっしゃいました」と語った。その常務には手紙ももらったという。 しかし、番組終了から1年が経過すると一転し、関テレへの批判をさかんに行うようになる。7月にはスペシャルゲストとして参加した映画『キネマの神様』の舞台挨拶で山田洋次監督と対談し、えみちゃんねる終了を通告した局の対応に腹が立ち、本来終了予定であった9月改編まで待たずに降板したと明かした。 その他、「関西テレビさんのことは恨んでます。大嫌いです」「いきなり緞帳を足の上にドーンと落とされた感じです」などと公言したり、打ち切り直前に25周年を記念して社長賞としてもらったクリスタルのトロフィーをたたき割ったなど、複数のメディアにおいて関テレへの批判を繰り返している。
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突然の番組終了
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「どぅんつくぱ〜音楽の時間〜」の記事における「突然の番組終了」の解説
2014年12月12日放送分の番組終盤に放送された「スクリーンセーバー新垣さん」のコーナー内で、新垣がココロくんからの質問に答える形で、突然に番組終了が発表された。理由として「大人のさまざまな事情があります。番組は視聴者に愛されてもやむにやまれず終わる事もあります。みんな、わかってください」と語っている。発表は急だったらしく、2014年12月に発売された各テレビ情報誌では2015年1月の番組表に『どぅんつくぱ』がそのまま記載されていた。 番組の最後および公式サイト・公式ツイッターにて、2015年1月から新たな音楽番組としてリニューアル予定と発表された。事実上2014年内までの期間限定番組となり、2015年1月9日から『音楽の時間 〜MUSIC HOUR〜』を新たに開始する。スタッフは一部継続し、出演者は西内のみMC(案内役)として継続する。 上記のこともあってか、スタジオのセットは次番組『音楽の時間 〜MUSIC HOUR〜』の歌唱時のセットとして流用されていた時期があった。 なお『COOL TV』枠内で「放送回数9回」はワースト記録だが、以前の同時間帯『バラパラ』枠で2010年に放送された『JAPANロッケフェスティバル』の「10回」を下回るワースト記録ともなった。番組最高平均視聴率は第3回の5.8%、最低平均視聴率は第6回の2.0%、全9回の合計平均視聴率は3.8%であった(関東地区、ビデオリサーチ社調べ)。
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突然の番組終了
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「そこが知りたい 特捜!板東リサーチ」の記事における「突然の番組終了」の解説
2012年12月に板東の所属事務所の所得隠し発覚を受け、CBCは2013年元日に放送(翌2日に再放送)予定だった新春特番の放送を中止した。CBCと同日放送予定を組んでいた別の2局のうち、北陸放送ではCBC共々当該時間帯のTBSの番組をTBS同時ネットに変更したが、長崎放送では、代わりの番組が手配できず、元日特番を通常通り放送した(放送時間が15分短いため、異なる編集の素材を事前に受けて自社で送り出し)。 2013年1月14日から当番組は休止される事となり、これまで遅れネットとしていた、一部地域を除くTBS系列で当番組放送時間帯に放送している『私の何がイケないの?』のTBS同時ネットを暫定的に始めた。しかし、同年2月1日にCBCは当番組の打ち切りを正式に表明し、以後同枠は『私の何がイケないの?』を当番組の後枠扱いとして正式にTBS同時ネットとすることになった。これにより1992年10月開始の『名古屋発!新そこが知りたい』時代から20年余り続いていたCBC自社制作の同枠における定時ローカル番組枠は事実上幕を下ろした。 また、同時間枠に提供していたスポンサーが全て降板し、別番組へ移行するスポンサーも居た。
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