炭水化物を含む食事
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/11 02:54 UTC 版)
ヴィルヒャムル・ステファンソンは、食事療法、とりわけ、炭水化物が少ない食事療法に大いに関心を抱いていた。ステファンソンはイヌイットたちの食事について、「全体の90%が肉と魚で構成されている」と記録している。彼らの食事は「Zero Carb」「No Carb」(「炭水化物をほとんど含まない食事」)と見なされるかもしれない(彼らが食べていた魚にはわずかな量のグリコーゲン(Glycogen)が含まれてはいたが、炭水化物の摂取量は全体的にごく僅かであった)。ステファンソンの仲間の探検家たちも、この食事法で完全に健康体であった。イヌイット(ステファンソンの時代には「エスキモー」と呼ばれていた)たちとの暮らしから数年後、ステファンソンは、アメリカ自然史博物館からの要請で、同僚のカーステン・アンダーソン(Karsten Anderson)とともに再び北極圏を訪れた。2人のもとには「文明化された」食料が1年分補給される予定であったが、2人はこれをやんわりと断った。当初の計画は1年間であったものが、最終的には4年間に延長された。北極圏にいた2人がその4年間で食べていたものは、捕えて殺して得られた動物の肉と魚だけであった。4年に亘る肉食生活を送る過程で、2人の身体には異常も悪影響も見られなかった。かのウィリアム・バンティング(William Banting)と同じく、炭水化物のみを制限し、身体が本当に必要としている食べ物を食べ続けた場合、身体は完全に機能し、壮健さと細身を維持できることが明らかとなった。「カロリー」については一切無視された。 肉だけを食べる食事法が続行可能かどうかについての見解をステファンソンが報告した際には多くの懐疑論が出たが、のちに行われた研究と分析で、それは可能であることが裏付けられた。複数の研究結果により、イヌイットたちの食事法は「ケトン食療法」(The Ketogenic Diet)であることが示された。彼らは主に魚や肉を煮込んで食べており、時には魚を生で食べることもあった。この食事療法は、メイヨー・クリニック(Mayo Clinic)の医師、ラッセル・ワイルダー(Russell Wilder)が1920年代前半に開発したもので、元々は癲癇を治療するために開発し、患者に処方していた。砂糖、甘い果物全般、デンプンが豊富なもの全般を避け、各種ナッツ、生クリーム、バターの摂取を増やす。栄養素の構成比率は「脂肪(4):タンパク質と炭水化物(1)」である。脂肪分が90%、タンパク質が6%で、炭水化物の摂取は可能な限り避ける食事法である。 1928年、ステファンソンとアンダーソンの2人はニューヨークにあるベルヴュー病院(en:Bellevue Hospital)に入院し、完全肉食生活が体に及ぼす影響についての実験台となった。実験の期間は1年間であり、コーネル大学のウジェーヌ・フロイド・デュボア(en:Eugene Floyd DuBois)が実験を指揮した。ステファンソンとアンダーソンの2人は、注意深く観察された実験室という設定で、最初の数週間、肉だけを食べ続けても問題無いことを証明する研究の着手に同意し、「食事における決まり事」を確かなものにするために観察者が付いた。スコット・カトリップ(en:Scott Cutlip)による著書『The Unseen Power: Public Relations』によれば、ペンドルトン・ダッドリー(en:Pendleton Dudley)がアメリカ食肉協会(en:American Meat Institute)に対して、この研究に資金を提供してもらえないか、と説得したという。この間にアンダーソンには糖尿病の症状が発現した。糖尿病における病理とは異なり、この研究の過程でアンダーソンの身体に見られた糖尿病の病状の期間は4日間であった。耐性を調べるためにブドウ糖100gを投与させたことと、肺炎の発症はいずれも同時期であった。この時のアンダーソンは、水分と炭水化物が多い食事を取っており、これを排除すると、糖尿病の症状は消滅した。ステファンソンは、研究者から「脂肪が少ない赤身肉だけを食べる」よう依頼された。ステファンソンには脂肪がほとんど無い肉を食べ続けると2-3週間後に健康を損なった経験があり、「脂肪がほとんど無い肉」は「消化不良」を引き起こす可能性がある、と指摘した。この肉を食べ続けて3日目、ステファンソンは吐き気と下痢に見舞われ、そのあとに便秘が10日間続いた。早い段階で体調不良に陥ったのは、自身が以前に食べていたカリブー(トナカイ)の肉と比べて脂肪が少ない肉を食べ続けたのが原因である、とステファンソンは考えた。脂肪が多い肉を食べるようにすると、2日以内に身体は完全に回復した。最初の2日間、ステファンソンが取っていた食事は、脂肪の摂取量が三分の一に減っていた点を除けば、エスキモーが取っていた食事に近いものであった。タンパク質の摂取カロリーは全体の45%を占めており、3日目には腸に異常が見え始めた。次の2日間でステファンソンはタンパク質の摂取量を減らし、脂肪の摂取量を増やした。摂取カロリーの約20%をタンパク質で、残りの80%を脂肪で占めるようにした。この2日間での高脂肪食でステファンソンの腸の状態は投薬無しで正常に戻った。その後、ステファンソンはタンパク質の1日の摂取カロリーが25%を超えないようにした。2人の身体は健康を保ち、腸も正常なままであった。彼らの便は小さく、匂いも無かった。ステファンソンには歯肉炎があり、歯石の沈着が増加するも、実験が終わるまでには消えていた。実験中のステファンソンの摂取カロリーは2000-3100kcalで、そのうちの20%はタンパク質であり、残りの80%は動物性脂肪から得ていた。栄養素の1日の摂取量については、タンパク質は100-140g、脂肪は200-300gで、炭水化物については7-12gであった。1929年に発表された論文では、この時の完全肉食生活について詳述されている。ステファンソンによれば、エスキモーたちは赤身肉(タンパク質)の摂取を制限し、余分な赤身肉は犬に与えて食べさせ、脂肪を確保して食べたという。これらの事例と証拠から、「脂肪が多い肉を食べると癌になる」という主張には説得力が無い。 タンパク質の摂取量が多過ぎ、脂肪の摂取量が足りない食事を摂り続けていると、「タンパク質中毒」(Protein Poisoning)と呼ばれる急性の栄養失調状態に陥ることがある。これは「ウサギ飢餓」「カリブー飢餓」「脂肪飢餓」とも呼ばれる。「ウサギ飢餓」(Rabbit Starvation)という用語は、ウサギの肉は脂肪が少なく、そのほとんどがタンパク質で構成されており、それだけを食べ続けると中毒症状を惹き起こす食べ物である点に由来する。報告されている症状として、最初は吐き気や疲労感に襲われ、下痢を起こし、最終的には死に至る。 1960年代以降、「動物性脂肪を豊富に含む動物性食品は、健康に悪影響を及ぼす可能性がある」と言われるようになると、栄養学者たちは「動物の肉には、生命維持に欠かせない全ての必須アミノ酸、全ての必須脂肪酸、13種類ある必須ビタミンのうちの12種類がたくさん含まれている」という栄養学上の事実の指摘を控えるようになった。ビタミンDとビタミンB12の両方を含む食べ物は「動物性食品だけ」である。 エスキモーとステファンソンによるケトン食療法(炭水化物を徹底的に避け、脂肪を大量に摂取する)は癌の治療や予防に有効である可能性を示している。 1946年、ステファンソンは、エスキモーたちとの食生活について綴った著書『Not by Bread Alone』(『パンのみにあらず』)を出版し、1956年にはこの本の拡張版とも言える内容の著書『The Fat of the Land』(『大地の脂肪』)を出版した。
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