新口村
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「封印切」のはなやかな茶屋場から、場面は変わって雪の「新口村」となる。この場は最後の部分を除けば『冥途の飛脚』、『けいせい恋飛脚』と内容はおおむね同じであるが、場面は『けいせい恋飛脚』と同様雪が降っている。もっとも江戸での豊後節系浄瑠璃による「新口村」では、『冥途の飛脚』と同じく雨(春雨)にしたこともある。『日本戯曲全集』の台本では幕開きに、巡礼や物売りに変装した追手たちが出てひとくさり台詞があって引っ込み、浅葱幕を切って落とすと雪景色に新口村の藁葺き家、そこに花道から忠兵衛と梅川が、「落人のためかや今は冬枯れて、すすき尾花はなけれども…」という浄瑠璃で出る段取りとなる。ちなみにこの浄瑠璃の語り出しは、のちに文句を少し変えて『道行旅路の花聟』に転用されている。 忠兵衛と梅川の格好は、黒地に梅の裾模様で比翼紋の付いた揃いの着物というのが通常であるが、初代鴈治郎が演じたときには忠兵衛が縞、梅川が小紋とそれぞれ違う着付けにした事があったという。忠兵衛たちが新口村で訪ねるのは忠三郎の家であるが、『日本戯曲全集』の台本ではどうした都合か「久六」という人物になっている(上のあらすじでは敢えてそのままとした)。また家に居るのは忠三郎の女房であるのを変えて、忠三郎の妹とすることも古くにはあった。 孫右衛門が忠兵衛たちの潜む家の近くで転び、それを見た梅川が出てきて孫右衛門を介抱する。近松の作ではそれが、そのまま読めば表でのことのように見えるが、『けいせい恋飛脚』では梅川は孫右衛門を「マアマアこちへと手を引いて、内へ伴ひ上り口」と、家の中へ入れて孫右衛門を介抱するように書かれている。十一代目仁左衛門が忠兵衛と孫右衛門の二役を替って見せたときは、『けいせい恋飛脚』のように梅川が孫右衛門を家の中に入れる段取りであったが、現在の型では家には入れず表でのやりとりとするのが普通である。 古くは幕切れに、忠兵衛と八右衛門の立回りを見せたという。『日本戯曲全集』でも幕開きに出た追手たちがふたたび現われ、忠兵衛との立回りがあって幕となるが、現行の演出では梅川と忠兵衛が次第に遠のき、孫右衛門がこれを見送る雪中での別れで幕となる。降りしきる雪に三人が涙ながらにわかれる抒情性豊かな場面は人気が高い。このとき孫右衛門から遥か遠く離れた様子をあらわすため、忠兵衛と梅川をそれぞれ子役に替えて出すこともある。 昭和57年(1982年)12月の京都南座顔見世では、「新口村」が二代目鴈治郎の忠兵衛、二代目扇雀の梅川、十三代目仁左衛門の孫右衛門で演じられたが、鴈治郎は翌年初めに没したのでその最後の舞台でもあった。のちに仁左衛門は、このときの幕切れ近く親子が別れるくだりについて、「鴈治郎さんの忠兵衛が、私の孫右衛門にしがみついて離れない。それを思い切って、さらに突きやる…親子一世の別れ一刻でも永くしがみついていたいという忠兵衛の子の情と、それを突き放す、つまり息子を早く逃がしてやりたいという親の情とのせめぎあいが、二人の間に生まれたのです」と述懐している。 なお歌舞伎の「新口村」には、古くはひとりの役者による「七役早替り」という演出があった。これは享和3年(1803年)9月、大坂中の芝居で初代浅尾為十郎が七役早替りとして出したのが最初である(ただしこのときは為十郎は病気休演し、代役を初代浅尾工左衛門が勤めた)。これはのちに三代目中村歌右衛門も天保2年(1831年)に中の芝居で演じている。そのときの台本の一部が『伝奇作書追加』(西沢一鳳著)に残っているが、それによれば歌右衛門は亀屋忠兵衛、萬歳才蔵、馬子仕合せよし蔵、大和屋ほう六、願人坊主、娘お福の六役を勤め、まず最初に中村松江の梅川とともに忠兵衛で出て、そのあと馬子やそのほかの人物にそれぞれ早替りして所作事を見せ、それらがすむとふたたび忠兵衛となっていつも通りの孫右衛門との別れになるというものであった。歌右衛門は孫右衛門も演じて七役とするつもりだったが、このときの座組の都合で孫右衛門の役はほかの役者に譲ったという。 また十一代目仁左衛門が大正7年(1918年)のころに忠兵衛と孫右衛門の二役を替ったときには、その替るあいだのツナギとしてこれもいろいろな者を舞台に出しており、竹馬に乗った大人の役者が扮する子供だとか、下男を連れた医者、最後は相撲取りとその父親というのが出てくるが、この父親が子役で、息子の相撲取りに鼻をかんでやろうしてその体に梯子を立てかけ、鼻をかんでやるのが大いに受けたという。ただしこのツナギは十三代目仁左衛門が仁左衛門襲名で忠兵衛と孫右衛門を早替りで演じたとき、萬歳だけを出すのに変えて以来、この演出が通例となった。
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